Tihoo / 第44話

第四十四話 「新勇者一行が来たが、ピエロ仮面の魔法使いがヤバすぎる」

その日の昼下がり。 俺は屋敷のバルコニーから、眼下に広がる惨状(日常)を眺めていた。 「はーっはっは! 私の竜の炎を見るがいい!」 ドゴォォォォン!! ミリムが庭で巨大な肉を焼こうとして、森の一角を消し飛ばした。 「あら、焼き加減が雑ですわね。私が『王家流・精密レーザー』でカットして差し上げますわ!」 ジュッ、ジュッ、ジュッ! シャルロットが指先から高出力の光線を乱射し、岩をチーズのように切り裂く。 「……周囲の気温が上昇しています。冷却プロセスを開始。絶対零度(アブソリュート・ゼロ)展開」 パキキキキッ……! アリアが無表情で冷気を放出し、燃え盛る森を一瞬で凍りつかせた。 「……」 俺は無言でコーヒーを啜った。 アリアの出力強化、シャルロットの精神共有、ミリムの野生解放。 三人が揃うと、ここはもはや魔王城よりも危険な「災害指定区域」だ。 『警告(アラート)。マスター、敷地境界線に侵入者あり』 オメガの無機質な声が脳内に響く。 「……また野盗か? それとも魔物の群れか?」 『いいえ。高密度の魔力反応を検知。識別コード……『王国公認・勇者パーティー』です』 「……は?」 俺はカップを置いた。 勇者? なんでそんな面倒くさい連中がここに。 ……ああ、そうか。こいつらが毎日毎日、魔力を垂れ流して大暴れしているから、「新たな魔王出現か!?」と勘違いされて派遣されたのか。 「……追い返すぞ。俺の平穏が脅かされる」 俺はため息をつき、三人が暴れている庭へと降り立った。 ◇ 正門の前。 そこには、いかにも「正義の味方」といった風情の四人組が立っていた。 輝く鎧を着た金髪の青年(勇者)。 大きな杖を持った聖職者の少女(僧侶)。 軽装の盗賊風の男(斥候)。 そして――最後の一人。 黒いローブを目深に被り、顔には不気味な「泣き笑いのピエロ」の仮面をつけた小柄な魔導士。 「出たな、魔王軍の幹部め!」 金髪の勇者が剣を抜き、俺に切っ先を向けた。 「この地から放たれる禍々しい魔力……貴様が元凶か!」 「……人違いだ。ここはただの隠居人の屋敷だ。帰れ」 俺は手を振った。 面倒だ。アリアたちが気づく前に処理しないと、また「私が倒します!」とか言い出して戦争になる。 「問答無用! 行くぞみんな! 正義の鉄槌を!」 勇者が地面を蹴った。速い。 だが、俺の「演算」の前では止まって見える。 ――【物理演算:摩擦係数ゼロ】 俺は指をパチンと鳴らす。 勇者の足元の地面が、氷以上の滑りやすさに変わる。 「うおっ!? す、滑るぅぅ!?」 ズデーン! 勇者は派手に転倒し、そのまま回転しながら背後の木に激突した。 「レオン様!?」 僧侶が悲鳴を上げる。 「何をした……魔法の詠唱もなしに……!」 盗賊が警戒してナイフを構える。 所詮はこの程度か。 俺は興味を失い、背を向けた。 「怪我がしたくなければ帰るんだな。ここは子供の遊び場じゃな――」 ゾクリ。 背筋に、氷柱を突き刺されたような寒気が走った。 殺気ではない。もっと異質な、「解析される」感覚。 俺は反射的に振り返り、防御障壁を展開した。 ――【全方位防御演算(オール・シールド)】 カァァァァン!! 見えない何かが、俺の障壁を叩いた。 いや、叩いたのではない。「こじ開けようとした」。 「……ほう?」 立っていたのは、あのピエロ仮面の魔導士だった。 彼女(体つきからして女だ)は、杖も構えず、ただブラブラと両手を下げて立っていた。 「……私の障壁(コード)に干渉したな? 何者だ」 俺は警戒レベルを最大に引き上げた。 今の攻撃、魔法ではない。俺と同じ「術式への直接介入」だ。しかも、俺の演算速度に追いついてきた。 「キキッ、キキキッ……」 仮面の奥から、歪んだ笑い声が漏れる。 女はゆらりと一歩踏み出した。 「面白い処理(ソース)ね。……物理法則の書き換え? 随分と『効率的』なオモチャを使っているじゃない」 声が変調されている。だが、その喋り方には、どこか人を小馬鹿にしたような、絶対的な自信が滲んでいた。 「オモチャだと?」 「ええ。……見せてあげるわ。『本物』の演算を」 女が右手を軽く上げた。 指先が、黒く歪む。 ――【事象改変:重力反転(インバート)】 詠唱破棄。予備動作なし。 俺の足元の重力が、一瞬で「上」に向いた。 「なっ!?」 俺の体が空へ弾き飛ばされる。 まずい。俺は即座に【重力制御】で相殺しようとする。 だが―― 「遅い」 俺が演算を完了するよりも速く、女はすでに次の術式を組んでいた。 ――【空間固定(ロック)】 ガギィッ! 俺の四肢が、見えない万力で空中に縫い留められた。 動けない。魔力による拘束じゃない。空間そのものの座標を「固定」された。 (馬鹿な……! 俺の演算速度(クロック)を上回っているだと!?) 俺は冷や汗を流した。 この世界に来て、初めての感覚。 「勝てない」。 魔力量の問題じゃない。技術(スキル)の次元が違う。俺が「数式」を解いている間に、こいつは「答え」を書き込んでいる。 女は空中を歩くようにして、俺の目の前まで浮遊してきた。 不気味なピエロの仮面が、至近距離で俺を覗き込む。 「……ふうん。素材は悪くないわね。でも、まだ『青い』わ」 彼女は俺の頬を、冷たい指先でツツッとなぞった。 「その力、誰に教わったの? ……それとも、独学? ま、どちらでもいいけれど」 「……ぐっ、目的はなんだ」 「観光よ。……ここ最近、面白いデータ(・・・・・)が観測されたから見に来ただけ」 女は屋敷の方を一瞥した。 そこには、まだ騒いでいるアリアたちの気配がある。 「あの娘たち……いいオモチャね。貴方が改造(いじ)ったの? 趣味が悪いわねぇ、キキッ」 彼女は笑いながら、スッと手を引いた。 それだけで、俺を縛っていた拘束が霧散した。 ドサッ。 俺は地面に着地し、膝をついた。 息が上がる。 たった数秒の攻防。だが、俺の演算リソースは枯渇寸前まで削られていた。 「おい、クロエ(・・・)! 何をしている、撤退だ!」 復活した勇者が叫んだ。 どうやら彼らは、俺が「手加減して遊んでやっている」ことには気づかず、ピエロ女が勝手な行動をしていると思っているらしい。 「はいはい。……じゃあね、ボウヤ」 ピエロ女――クロエと呼ばれた魔導士は、俺に背を向けた。 そして去り際、俺の脳内にだけ届く念話(テレパス)を残した。 『(精進なさい。……その程度じゃ、世界の理(わたし)には届かないわよ)』 勇者たちは捨て台詞を吐いて去っていった。 だが、俺はその場からしばらく動けなかった。 「……なんだ、あいつは」 恐怖。そして、強烈な既視感。 あの理不尽なまでの演算能力。物理法則を「お願い」ではなく「命令」で従わせる傲慢さ。 まるで、かつて俺に魔法の基礎を叩き込んだ、あの……。 「……いや、まさかな」 俺は首を振った。 あの人はとっくに死んだはずだ。 それに、あんなふざけたピエロの仮面をつけるような人じゃなかった。もっとこう、厳格で、冷徹で……。 「師匠ー! 誰か来てたのー?」 ミリムの声がして、俺は我に返った。 三人が庭に出てくる。 「……いや。ただの訪問販売だ。追い返した」 俺は立ち上がり、砂を払った。 震える手を握りしめ、ポケットに隠す。 「ふーん? あ、師匠! お肉焼けたよ! 一緒に食べよ!」 「ヴィクトル、私のレーザーの精度を見てくださいまし!」 「……師匠、顔色が悪いですが?」 無邪気な彼女たちを見て、俺は少しだけ安堵した。 だが、心には重い影が落ちていた。 世界には、まだ俺の知らない「怪物」がいる。 そして、あのピエロ女は、間違いなく俺の魔法のルーツに関わる何かを知っている。 「……ああ、腹が減ったな。飯にするか」 俺は努めて明るく振る舞った。 まだ、彼女たちには悟られるわけにはいかない。 俺が、「最強」じゃなかったなんてことは。
「ピエロ女、強キャラ感すごい」「師匠の師匠……?」 とワクワクしていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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