Tihoo / 第67話

第六十七話 「静寂の反動、銀の双花に溺れる夜、そして完璧なメイドの秘め事」

嵐の前の静けさ、とはよく言ったものだ。 穏やかすぎた午後の反動か、その日の夜、俺の寝室はかつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。 時刻は深夜。 俺の広いベッドの上には、二人の銀髪の少女がいた。 「……今日こそは、譲りませんよ。クロエ」 俺の右側で、アリアがいつになく強い瞳で、ネグリジェのリボンを解いている。その白い頬は、興奮と羞恥で朱に染まっていた。 「あら、奇遇ね。私も、今日のボウヤは独り占めしたい気分なの。……ねえ、ボウヤ?」 俺の左側では、クロエが猫のようにしなやかにシーツを這い、俺の首筋に熱っぽい吐息を吹きかけてくる。 右を見ても、左を見ても、同じ顔。 一番弟子の清廉な美貌と、恩師(中身)の妖艶な知性。その二つが、今夜は示し合わせたように俺の理性を削りに来ていた。 「お、おい……二人とも、少し落ち着け。物理的に狭いし、熱力学的に室温が上がりすぎだ……」 「問答無用です、師匠。いつもクロエばかりずるいではありませんか。今日こそ、一番弟子としての……女としての『熱量』を、師匠に直接お伝えします」 アリアが俺の上に乗りかかってくる。普段の冷静沈着な彼女からは想像もできない、切羽詰まったような積極性。彼女の震える指先が、俺の寝間着のボタンを一つずつ外していく。 「キキッ、可愛いこと言うじゃない。でも、ボウヤの扱いなら『年上』の私の方が上よ?」 クロエが対抗するように、俺の耳たぶを甘噛みした。電撃のような痺れが背筋を駆け抜ける。彼女の手は、すでに俺の腰周りを弄っていた。 「っ……!」 「ふふっ、いい反応。アリア(あのこ)にはまだ早い『大人の物理実験』、始めましょうか」 二人の手が、唇が、同時に俺を責め立てる。 アリアの口付けは不器用で、ひたすらに真っ直ぐで、熱烈だった。俺を繋ぎ止めようとする必死さが、痛いほど伝わってくる。 対するクロエのそれは、余裕と技巧に満ちていた。俺がどこを感じるのか熟知しているかのような、絡め取るような愛撫。 「んっ……師匠、私を、見てください……っ」 「ボウヤ、こっちよ。……ほら、もっと熱くなって」 右耳と左耳から交互に囁かれる甘い声。視界いっぱいに広がる、月明かりに照らされた二つの白い肢体。 シーツが擦れる音と、熱を帯びた三人の吐息が部屋を満たしていく。 俺の思考能力は、とっくに飽和状態を超えていた。 抗うことなど不可能だ。俺はただ、この甘美で背徳的な、銀色の熱の渦に溺れていくしかなかった。 ◇ ――数時間後。 深夜の屋敷は、深い静寂に包まれていた。 そんな中、音もなく廊下を進む人影があった。完璧なメイド、エリスだ。 「ヴィクトル様、喉が渇いてお目覚めになるかもしれませんね。新しいお水をお持ちしました」 彼女は銀の盆に水差しとグラスを乗せ、主人の寝室の扉を音もなく開けた。 「……失礼いたしま――」 エリスの言葉が、途中で凍りついた。 月明かりが差し込むベッドの上。 そこは、祭りの後のような独特の熱気と、甘たるい匂いが充満していた。 乱れに乱れたシーツの海の中で、ヴィクトルが深い眠りについている。 そして、その両脇には――はだけた姿のアリアとクロエが、彼に絡みつくようにして幸せそうな寝顔を浮かべていた。 「…………」 エリスは、見てはいけないものを見てしまった。 普段は鋼鉄の理性で感情を制御している彼女だが、その光景のあまりの『濃厚さ』に、完璧なメイドの仮面がヒビ割れた。 彼女は顔を真っ赤にして、逃げるように扉を閉めた。 ◇ エリスは、自身の狭い自室に逃げ帰った。 心臓が、早鐘のようにうるさく鳴っている。 「……はぁっ、はぁっ……。いけません、エリス。あのような破廉恥な光景を見て、動揺するなど……メイド失格です……」 彼女はベッドに腰掛け、自身の胸元をギュッと握りしめた。 だが、まぶたの裏に焼き付いて離れないのだ。 乱れたシーツ。主人の汗ばんだ首筋。アリアとクロエの、満ち足りたような、とろけた寝顔。 「……ご主人様……」 エリスの体温が、急激に上昇していく。 彼女は知らず知らずのうちに、自身のメイド服のボタンに手をかけていた。 熱い。体の奥が、疼いてどうしようもない。 彼女はベッドに横たわり、震える手をスカートの中へと滑り込ませた。 「んっ……ふぅ……っ」 漏れそうになる声を、枕に顔を押し付けて必死に殺す。 頭の中は、敬愛する主人の姿でいっぱいだった。普段は冷静沈着な彼が、あの二人に乱されていた姿。もし、自分があの場にいたら――。 妄想が、彼女の指の動きを加速させる。 「あっ……ご主人、さま……っ!」 その時だった。 ギィィ……。 わずかに開いていたエリスの部屋の扉が、風のいたずらか、きしんだ音を立てた。 「――ッ!?」 エリスは弾かれたように顔を上げた。 扉の隙間。そこに、信じられない人物が立っていた。 「……あ」 喉の渇きで目を覚まし、水を求めて廊下を彷徨っていたヴィクトルだった。 彼は、見てしまった。 普段は完璧で隙のないメイドが、ベッドの上で顔を真っ赤にし、スカートをまくり上げ、涙目で固まっている姿を。 「…………」 「…………」 永遠とも思える数秒の沈黙。 ヴィクトルの顔が、みるみるうちに沸騰したヤカンのように赤く染まった。 「す、すまん! 俺は、何も見てない! これは光の屈折による幻覚だ!」 彼は裏返った声で叫ぶと、バタン! と扉を閉め、脱兎のごとく自室へと逃げ帰っていった。 「……あぅ……ぅぅ……」 残されたエリスは、枕に顔を埋め、あまりの羞恥心に足をバタバタとさせるしかなかった。 この夜、屋敷の住人たちは、それぞれの部屋で、眠れぬ熱帯夜を過ごすことになったのだった。
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