一月三日 吾郎 / 第2話

第1話:ウサギの巣穴

賢い俺は考えました。 手っ取り早く獲物を集めたいなら、ウサギを養殖すればいいんじゃない? 問答無用で最初の一匹を殺してしまっておいてなんだが、 あの時は転生したてで頭が回っていなかったのだから仕方がない。 俺は失敗から学べる男なのだ。 そんなわけで、さっそくゴブ蔵にウサギを捕まえてくるよう念じてみた。 だがゴブ蔵は洞窟から出ようとしなかった。 俺が強く念じれば、しぶしぶ外へ出ていく。 しかし、ほんの数歩進んだところで、熱湯風呂から逃げるように洞窟へ戻ってきてしまう。 どうやら俺が呼び出した魔物は俺から離れられないようになっているようだ。 不便だが仕方ない。 無理に外に出してそのままどこかに行かれても困るしな。 ウサギを探しに行かせるのをあきらめた俺は、ゴブ蔵がどこまで指示に従うのか確認することにした。 (ゴブ蔵、右手を上げろ) ゴブ蔵は右手を上げた。 (ゴブ蔵、左足を上げろ) ゴブ蔵は左足を上げた。 よしよし、このくらいは余裕だな。 では次だ。 (歌え) ゴブ蔵はぐぎゃぐぎゃと喚きだした。 なるほど。指示に従う気はあるようだが、出来ないことは出来ないらしい。 じゃあ、最後だ。 (壁を軽く棍棒で殴れ) ゴブ蔵は棍棒で軽く壁を殴った。 洞窟にゴンという鈍い音が響く。 いった……くはないな。 なんか背中をつつかれたような感覚だ。 実際、壁は何ともなっていない。 触覚はあるが、痛覚はあっても鈍そうだ。 これなら多少人間に採掘されることがあっても、いきなりショック死する心配はないな。 それよりも重要なことが分かった。 フレンドリーファイヤは有効だ。 ゴブ蔵はその気がなくても、うっかり俺を傷つけてしまう可能性がある。 今回は「壁を軽く殴れ」と命令しただけだからよかった。 だが、敵と戦闘になったらどうだ? ゴブ蔵が全力で棍棒を振り回し、間違って俺の本体を殴ったら……。 俺はダンジョンだから、死ぬことはないのだろうか? ……危ない気がする。 試そうという気にもならない。 ダンジョンって、本体を壊されたら崩壊するのがお約束だ。 俺だけ例外とは限らない。 本体を危険にさらすような行動は避けた方がいいだろう。 (ゴブ蔵、俺が指示しない限り二度と壁を攻撃するな) ゴブ蔵はこっくりと頷いた。 これで良し。 とりあえず自分で呼び出した魔物に壊されるという不名誉な死に方は回避できそうだ。 ……頭を使ったら腹が減ったような気がする。 ウサギが食べたい。 早く来ないだろうか。 俺がそわそわしているとゴブ蔵も落ち着かない様子だ。 俺の感情が、言葉にならない指示となってゴブ蔵に伝わっているのだろうか。 言葉は交わせないが心は通じている。 ちょっとほっこりした気分になった。 ◇◇◇◇◇ どれだけ待っただろうか。 一日か二日か。 眠ることもできない身の上なのでよくわからないが、 そのぐらい待ったところで、お待ちかねのウサギがやってきた。 ゴブ蔵は指示していた通り、奥の間から動かず様子を見守っている。 耳をぴくぴくさせながらおっかなびっくり入って来たウサギは、 奥まで進むと何かを確認するようにキョロキョロした後、また出て行ってしまった。 ゴブ蔵が追いかけたくてうずうずしていたが、俺は放っておくように指示した。 気に入らなくて出ていったという感じではなかった。 それならまた戻ってくるかもしれない。 あわよくば仲間を連れてきてくれると嬉しい。 待てよ、ウサギって群れで生活する動物だったっけ? オーストラリアだったか? なんか外国で環境問題になるぐらい増えまくってるというイメージがあったけど……。 自信なくなってきたな。 それに餌の問題もある。 残念ながら俺はウサギの餌を出せない。 ゴブ蔵に世話をさせたくてもゴブ蔵は外に出られない。 あれ?これ詰んでないか? さっき入って来たウサギを殺しておいた方がよかったかもしれない。 ウサギ養殖計画は思ったより問題が多いぞ。 ◇◇◇◇◇ 開始早々に暗礁に乗り上げたと思われたウサギ養殖計画だったが――。 あれから数か月。 ウサギ養殖計画は、大成功を収めていた。 俺の心配をよそに、群れを連れて戻って来たウサギが定住してくれたのだ。 わははは、見ろ。 洞窟がウサギカフェのようだ。 ウサギは繁殖力が強いという話は知っていたがこの世界のウサギはけた違いだ。 一度に十匹ぐらい産むし、生まれた子ウサギは一ヶ月もすれば大人になって子供を作る。 よくこれで世界がウサギで埋もれていないものだ。 まあ、俺としてはありがたい。 これだけいれば、食料には困らない。 ……問題は、増えすぎて洞窟が狭くなってきたことだ。 そろそろ間引かなくてはいけない。 とはいえ、そう簡単な話でもない。 罪悪感とかではなく純粋に先々のことを考えてのことだ。 仮にゴブ蔵に命じてウサギを殺した場合、他のウサギがどう出るかだ。 一番あり得そうなのは文字通り脱兎のごとく逃げ出す、だろう。 仲間を殺されて平然とそのまま住み続ける方がおかしい。 次は自分が殺されるかもしれないと考えるのが普通だ。 さて、どうしたものかと考えていると一匹のウサギが後ろ足で立ち上がり、 入口の方を見ながらキーキーと鳴きはじめた。 何事かと見守っていると一匹のオオカミが洞窟に入って来た。 ……なるほど、オオカミに気づいて警告したのか。 だが、遅すぎる。 ウサギたちはオオカミを恐れて奥に集まってくるが、 オオカミの方は焦りもせずにゆっくりと歩を進めてきた。 ウサギたちは右往左往しているが、 入口をオオカミにふさがれては逃げ場がない。 洞窟は一本道でオオカミをすり抜けて逃げることもできない。 完全に万事休すだ。 ……ウサギだけならな。 だがこちらにはゴブ蔵がいる。 体格はオオカミの方が大きい。 だが、ゴブ蔵には棍棒がある。 特殊効果などないただの棍棒だが武器には違いない。 狭い洞窟なら、オオカミの俊敏さも多少は殺せるはずだ。 当たり所次第で倒せるかもしれない。 ……たぶん。 ゴブ蔵、頼んだぞ。 俺の思念を受けたゴブ蔵は、腰みのから棍棒を取り出すと、勢いよくオオカミに襲いかかった。 ……大丈夫だよな、これ? 「ぐぎゃあ!!」 両手持ちにした棍棒を思い切りオオカミの頭めがけて振り下ろした。 ゴブ蔵の渾身の一撃。 しかし、そんな大ぶりの攻撃が俊敏なオオカミに当たるはずもない。 ゲームじゃないんだから、必殺技を黙って受けてくれたりはしないのだ。 「ガァッ!!」 オオカミは身体をひねって簡単にかわすと反撃してきた。 鋭い爪がゴブ蔵のポッコリと出っ張った腹を切り裂く。 間一髪でゴブ蔵が身を引いたが、その腹には線が走り緑色の血が滴った。 「ぐぎゃぎゃぎゃあ—っ!」 傷を負って頭に来たのかゴブ蔵が駄々っ子のように棍棒を振り回す。 さしものオオカミもこれはたまらんと距離をとるように下がった。 ……やはりゴブ蔵よりオオカミの方が一枚上手だな。 というかこのオオカミ、頭よすぎじゃないか? ゲームのオオカミなんて「かみつく」と「ひっかき」くらいしかしてこないのに。 現実というのは厳しいな。 俺がそんなどうでもいいことを考えている間もオオカミとゴブ蔵の攻防は続いていた。 じりじりと洞窟の奥に追い詰められるゴブ蔵。 ウサギたちは壁の端に重なるようにして身を縮めている。 ……ここまで頑張って育ててきた養殖場も今日で終わりか。 せめてウサギに命令できたら援護ぐらいできるのに……。 その時だった。 「キィ——ッ!」 壁の隅で震えていた一匹のウサギがオオカミの後ろ脚にかみついた。 オオカミは予想外の攻撃に一瞬動きを止めた。 俺も何が起きたのかわからなかった。 だが、この好機を見逃すほど俺は間抜けじゃない。 (ゴブ蔵、ゴルフスイングだ!!) 「ぐぎゃあ—っ!!」 噛みついてきたウサギを振り払おうとした隙に、 ゴブ蔵の下から掬い上げるような一撃がオオカミの顎を捕らえた。 ゴギッ。 オオカミは大きくのけぞりながらひっくり返った。 しかし、ゴブ蔵の追撃は止まらない。 ウサギを仕留めた時のように、これでもかと頭を滅多打ちにしていく。 オオカミはついに動かなくなった。 ゴブ蔵が周囲を見守る中、オオカミの死骸は地面にずぶずぶと沈んでいった。 ウサギに続いて二度目の食事だ。 ……おおっ、すごい、すごいぞ! ウサギの時よりも大きな充足感があった。 これはレベルアップしたんじゃないか?知らんけど。 ステータス 種族 :【ウサギの巣穴】 スキル:魔物召喚     ……種族が変わってるな。 しかし、ウサギの巣穴って……。 確かに今の状況はそうだけれども。 大物を倒したんだから、ここは中型の洞窟とかになるんじゃないのか!? 誰が決めているのか知らないが、そこはかとなく悪意が滲む成長だった。

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