一月三日 吾郎 / 第1話

プロローグ:目覚めたら小さな洞窟だった

気が付いたらダンジョンになっていた。 壁が耳であり目であり身体だった。 口と鼻はないから味や臭いはわからない。 人間だった時はけっこう食にはこだわりがある方だったので残念だ。 ……いや、いまはそれどころじゃないな。 いったい何が起きたんだ? あまりにもいきなり過ぎる。 どうしてこうなったのか分からない。 トラックにはねられた記憶も、白い部屋で神様みたいな存在に会った記憶もない。 目が覚めたらこうなっていた。 責任者がいるなら説明してほしい。 ……まあ、考えても仕方ない。 こうなってしまった以上、やれることを確認すべきだ。 うん?なんだか妙に落ち着いてるな。 自分はこんな性格だっただろうか? ……思い出せない。 生まれ変わって性格も変わったんだろうか。 性格まで無機物のように冷たくなってしまったようだ。 ……無駄にパニックになるよりはいいか。 取り合えず、確認だ、確認。 人間の時のように身体を動かそうとしてみたが上手くいかない。 ダンジョンなのだから当たり前か。 今の俺はただの洞窟のようなものなのだ。 文字通り手も足も出ない状態だ。 何かできることはないのかと頭の中でうんうん唸っていたら、変化があった。 脳裏にゲームのようなUIが浮かんだのだ。 ステータス 種族 :【小さい洞窟】 スキル:魔物召喚 おお……ゲームみたいなステータスだ。 種族が……小さい洞窟。 ……小さい洞窟か。 俺は意識を集中させ、自分の身体を確認した。 動かすことは出来ないが、どこまでが自分なのかは感覚的に分かる。 高さも幅も一メートル。 小さな子供ならまだしも、大人じゃ這って入るのがやっとだろう。 これなら大きな生き物が入ってくることもなさそうだ。 全長は……十メートル程度。 小さいと言えば小さいか。 まあ、生まれたてみたいなものだし、こんなもんだろう。 小動物が掘って作った巣穴といった方がしっくりくるかもしれない。 俺の自己認識はともかく、とてもダンジョンという感じではない。 まあ、生まれてすぐ地下百階の大迷宮とかだったら管理しきれないだろうし、 最初はこのくらいの大きさの方がやりやすい。 少しずつ成長すればいいんだ。 成長……するよな? ちょっと不安になってきた。 そんなことよりもスキルの確認だな、魔物召喚を試してみるか……。 ……魔物召喚。 俺が念じると洞窟の最奥部がまばゆい光に包まれた。 光が収まる。 そこには三歳児くらいの背丈の緑色の人型生物が立っていた。 ゴブリンだ。 ゴブリンはきょろきょろとあたりを見回すと腰みのから棍棒を取り出し、素振りを始めた。 どうやら体の感覚を確かめているようだった。 こいつ、いまどっから出した? 明らかに棍棒は腰みのに隠せるような大きさではない。 まあ、ダンジョンに意識がある時点で、細かいことを気にしても仕方ないか。 そういうものだと思おう。 しばらくして、洞窟の入口から一匹の動物が飛び込んできた。 中型犬ほどもある巨大なウサギだった。 お、ウサギか? やたらデカいけどウサギだよな、多分。 耳長いし。 意外な闖入者にほっこりしていると、俺が召喚したゴブリンは即座に行動を開始した。 ウサギに駆け寄り、棍棒をふりおろす。 ガッ、ガッという嫌な音が洞窟に響く。 しばらく叩き続けた後、ゴブリンは攻撃をやめた。 ウサギの血や毛やらで汚れた棍棒を腰みのでさっとぬぐうと、あたりを警戒しだした。 残心か? ゴブリンのくせにまるで武人みたいだ。 今後はこいつを"ゴブ蔵"と呼ぶことにしよう。 一方、ウサギは頭を棍棒で勝ち割られ、ぴくぴくと痙攣していた。 多少大きくてもウサギはウサギ、ゴブリンの敵ではなかった。 もう敵はいないと判断したのか、ゴブリンはせっかくの獲物を食べるでもなく、 洞窟の奥に引っ込んでいった。 まるで役目を終えたと言わんばかりだ。 ほどなくして動かなくなったウサギは地面にずぶずぶと沈み込み吸収されていった。 存在しない胃袋が、わずかに満たされたような感触を得た。 なるほど、こうやって死んだ生き物を吸収するのが俺の食事なのか。 腹が減っている感覚はないが、もっと食えそうだ。 というかもっと食いたい。 これがダンジョンの本能というものなのだろう。 ダンジョンに転生して間もないこともあり、自分自身の生態さえろくに把握できていない。 だが、不運なウサギのおかげで俺は少しだけ自分のことを理解することができた。 生き物を吸収すれば自分の中に何かが溜まる。 いっぱいになればきっと何か起こるだろう。 新しいスキルが増えるのか、もっと大きな洞窟になれるのか、それはわからない。 人生もゲームみたいにスキルや経験値が可視化されればいいのにと 考えながら生きてきた俺にとっては、最高にワクワクする展開だ。 状況は意味不明だが、これから何が起こるのか楽しみで仕方がない。 どうやら俺は、身も心も人間をやめてしまったようだ。

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