一月三日 吾郎 / 第3話

第2話:魔物の巣穴

カリカリカリ……。 洞窟の壁が削られる音が響く。 ただのまっすぐで短い一本道だった洞窟は、 いまや最奥にボス部屋と言っても差し支えない空間ができていた。 具体的には六畳ぐらいの広さだ。 今まで畳一畳分の幅しかない極狭物件だったが、見事に生活できる空間になっていた。 俺の種族が「ウサギの巣穴」となったことで、ウサギたちが壁を掘れるようになったらしい。 ゴブ蔵も大の字で眠れるようになって満足そうだ。 出来れば天井も高くしたいところだが、ウサギに天井は掘れない。 多少、意思疎通ができるようになったとはいえ、体格的に無理なものは無理だ。 そのおかげで今も俺の指示通りに洞窟の拡張を進めてくれている。 ゴブ蔵が暇そうに見ていたので天井を削るように指示してみたが駄目だった。 ウサギは固そうな岩壁を簡単そうに削っていくのに、 ゴブ蔵がいくら棍棒でガリガリやっても一向に削れない。 "ウサギの巣穴"だから、ウサギにしか掘れないということだろうか。 これでますますウサギを食料として殺すわけにはいかなくなったなと思っていた矢先、新しい発見があった。 なんとウサギたちはゴブ蔵と違って、洞窟を自由に出入りできるのだ。 拡張はできるようになったし、限定的ではあるが外にも出られるようになったというわけだ。 ついでに圧倒的な数を誇るウサギ軍団という手駒まで手に入れてしまっている。 オオカミが襲ってきた時はどうなるかと思ったが終わってみれば万々歳だ。 ——だが手放しで喜んでもいられない。 ウサギを食料ではなく戦力にするのなら、別の食料を調達する必要がある。 今は怪我や病気で死んだウサギを吸収しているが、なんか満たされない感じがする。 以前、ゴブ蔵に殺されたウサギを吸収した時とは明らかに違う。 自然死ではなくダンジョン内で戦って殺す必要があるのだろうか。 法則がよくわからないが、死にかけの獲物を連れてきても駄目な気がする。 ゴブ蔵が倒せそうな獲物を、ウサギたちにおびき寄せてもらえればいいが、そんなに都合のいい獲物がいるだろうか。 とはいえ身内同士で殺し合いをさせるのも気が引ける。 今すぐどうなるわけでもないが、放っておいてどうにかなるものでもない。 ……またしても問題発生だ。 鹿が迷い込んできたりしないだろうか。 小鹿ならゴブ蔵でも勝てそうな気がする。 ゴブ蔵が任せろと言わんばかりに素振りを始めた。 ……暇なんだな。 わかるよ。 敵が来ないと、お前することないもんな。 俺もだよ。 さて、ウサギにさっき考えた作戦をやらせてみるか。 外の世界のことは俺よりウサギの方が詳しい。 うまいことゴブ蔵が倒せそうな獲物を連れてきてくれるかもしれない。 ◇◇◇◇◇ どうしよう。 どうしよう。 どうしよう。 ダンジョン生最大のピンチだ。 ウサギたちにいい感じの獲物を連れてくるように命令したら一時間もしないうちにえらいのを連れてきた。 人間だ。 人間の猟師だ。 まずい。 まずい。 まずい。 今のところ猟師は入口のところでうろうろしているがいつ入ってくるかわからない。 ウサギたちにはすでに作戦中止の指示を飛ばして奥に引っ込むように言いつけた。 もっと慎重に行動するように言えばよかったと後悔しても、もう遅い。 お客さんはもう入口の前だ。 こうしている間にも入ってくるかもしれない。 入ってきて俺のコアを見つけたらどうするだろう。 決まっている。 壁から抉り取って持ち帰るだろう。 見た目はきれいな宝石だ。 これで家族に美味い物を買ってやれるとか思うかもしれないな。 冗談じゃない。 確認したわけではないが、そんな真似をされたら死ぬ気がする。 心臓を抉り出されたら死ぬ。 それと同じだ。 単純に殺すのもまずい。 必ず人が探しに来る。 そいつらを殺せば、さらに次が来る。 ゴブ蔵が殺しきれない連中が来たところでゲームオーバーだ。 何とかしなくてはいけない。 なんとか。 ……どうやら猟師は入ってくることにしたようだ。 俺も覚悟を決めなくてはならない。 ◇◇◇◇◇ 俺は決断した……のだろうか。 ……無理やり選択させられた気もする。 なんというか他に選択肢がなかったのだ。 予想外のことは何もなかった。 予想通り入ってきた猟師が、 予想通り俺のコアを見つけ、 予想通り掘り出そうとしてきた。 結局、その時になっても俺はどうすればいいのかを考えていた。 そして気づけば、ゴブ蔵に背後から脳天をフルスイングするよう指示を出していた。 おそらく猟師は何が起こったのかもわからなかっただろう。 ウサギに誘われて巣穴に入ってみたら奥できれいな宝石を見つけた。 そして、手に取ろうとしたら死んだ。 感想が聞けたとしたら、きっとそんな感じだろう。 それぐらいあっという間の出来事だった。 この一戦だけ見れば完封だ。 ゴブ蔵の誇らしげな顔も納得の、非の打ちようのない圧勝だった。 だがこれは破滅の幕開けだ。 手を出してはいけない相手に手を出してしまった。 ここから先はもうなりふり構っていられない。 のんびりウサギたちと戯れながらスローライフなんてやっている暇はない。 俺の命が懸かっている。 一刻も早く力を手に入れなければならない。 猟師を吸収したことでまた俺は成長した。 ステータス 種族 :【魔物の巣穴】 スキル:魔物召喚(ゴブリン、ゴブリンハンター) 魔物の巣穴となった洞窟の最奥には、 ゴブ蔵とは比べるべくもないほど戦士然としたゴブリンが、壁に寄りかかっていた。 猟師が持っていたものとよく似た弓と矢を装備している。 ただし、明らかにゴブリンの体格に合わせて作り直されていた。 ……殺した相手の装備まで利用するのか。 しかも、なんだか妙に品質がいい。 ゴブ蔵の粗末なこん棒とは雲泥の差だ。 だが、ゴブリンハンターという種族名はどうなんだろう? まるでゴブリンを狩るものみたいな響きだが、それでいいのか? 同じ種族だろうと容赦しないとでも言いたげな雰囲気だ。 そんなゴブ彦の態度にゴブ蔵はどことなくライバル心を抱いているようだ。 一方のゴブ彦は、そんなことなど気にもしていない。 これはあれだな、かっこつけてるだけだな。 中二病だ。 頼むから仲良くやってくれ。 ただでさえ緊迫した状況なのに仲間内でもめ事とか洒落にならん。 俺の感情が伝わったのかゴブ蔵は睨むのをやめてゴブ彦に手を差し出した。 ゴブ彦もそれに素直に応じる。 ……これならなんとかなるか? 戦力は大幅に強化されたが、これからのことを思うと素直に喜べない。 俺はもうただの洞窟ではない。 危険な魔物の住むダンジョンとなったのだ。

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