一月三日 吾郎 / 第4話

第3話:腹ペコダンジョン

ゴブ彦が加入したので俺は試したいことがあった。 ゴブ蔵同様ダンジョンの外に出られないゴブ彦だが、ゴブ彦には弓がある。 ウサギたちに入口から狙える距離に獲物を誘い出してもらったところをゴブ彦が弓で仕留めるのだ。 俺はウサギたちに大きな生き物を洞窟まで追い立ててくるように命じた。 森に散らばったウサギたちの気配を探っていると、こちらへ戻ってくる気配があった。 思ったより早いなと感心していると洞窟の入口で衝撃を感じた。 ウサギたちが誘い込んだのはトラかライオンほどもあるでかいシカだった。 誘い込んだというかウサギたちは穴に飛び込むように逃げ込んできた。 これではどちらが追われる側かわからない。 幸いシカはでかすぎて、入口に頭を突っ込んだところで動けなくなっていたが、こちらは入口をふさがれた形だ。 外の気配が薄くなる。 どうやら入口をふさがれると外にいる配下の気配が感じにくくなるらしい。 新発見ではあるが今はそれどころではない。 シカは草食動物とは思えないほど荒れ狂っており首を動かすたびに洞窟が揺れる気がする。 入口近くで控えていたゴブ彦も予想外の獲物に腰が引けている。 頭が自分と同じくらいの大きさの生き物を見れば俺でもそうなる。 弓を持つ手が震えている。 頑張れゴブ彦、相手は入ってこれない。 俺が念じるとゴブ彦は意を決して矢をつがえた。 だがそれよりも早く動いたのはゴブ蔵だった。 洞窟の奥から勢いよく飛び出し入口につっかえているシカの頭部を棍棒で殴りつけた。 ガッ。 鈍い音が洞窟に響いた。 ヒュン。 遅れてゴブ彦の矢が放たれたが、角に当たって弾かれた。 シカはうっとうしそうに身をよじると、入口から頭を引き抜いて走り去ってしまった。 ゴブ彦は慌てて二本目の矢を放ったが、シカの背にはかすりもしなかった。 ゴブ彦は握った弓を見つめたまま、呆然としていた。 その手は小刻みに震えている。 悔しそうにシカを見送るゴブ彦の肩に手を置くゴブ蔵。 ゴブ蔵の顔も悔しげに歪んでいた。 二匹とも、しばらくシカが去ったほうを見つめたまま動かなかった。 俺も何も言えなかった。 まさか、あれだけ有利な状況から逃げられるとは思っていなかった。 これまでは危ないところもありながらも全戦全勝だったが、初めての敗北だ。 被害はなかったが、こちらから仕掛けておいて、まんまと逃げられたのだから、敗北だろう。 ほとんど無防備な状態の相手に一方的に攻撃を仕掛けたのに、逃げられるという体たらく。 作戦を考えた俺としても自分の見通しの甘さが情けなかった。 戦力を正しく把握できていれば罠を張るという方法も考えられていたはずだ。 入口に頭が引っかかっているから簡単に倒せると思った。 だが、実際にはあれだけ図体が大きければ、こちらの攻撃など大して効かない。 攻撃できさえすれば勝てるという浅はかな思い込みがあった。 俺たちは強者ではない。 貧弱なゴブリンと数が多いだけのウサギの群れだ。 もっと頭を使わなければいけない。 動けない俺ができることはそれだけなのだから。 ……それにしても腹が減った。 結局、何も食べていない。 こうなったら贅沢言わずにその辺の虫を集めさせよう。 ◇◇◇◇◇ 腹が減った。 以前はそうでもなかったが、ここのところはっきりわかるぐらい腹が減っている。 ウサギたちを使って小さなネズミや虫を誘い込んでもらっては、 ゴブ蔵に叩き潰させて吸収しているが一向に満腹にならない。 しかも困ったことに、食べれば食べるほど腹が減っているような気さえする。 最初はネズミ一匹でも少しは満足感があった。 だが、時間が経つにつれ徐々にネズミ程度では食べた気がしなくなってきた。 食べないよりはましだが、豆粒を一粒一粒つまんでいるようなもどかしさを感じる。 もっと口いっぱいに頬張るようにして食べたくて仕方がない。 人間だった頃なら、これだけ食べれば腹が減るどころか間食を後悔しているところだ。 それなのに今の俺は、もっと欲しいと思っている。 もっと。 もっと食べたい。 虫やネズミじゃなくて、もっとでかい獲物が。 ……シカ。 逃げられたでかいシカを思い出す。 あれを食べていたら、少しは満たされたのだろうか。 でもあれ以来警戒されてシカがやってくることはなかった。 ならば他の獲物を狙えばいい。 そう考えてウサギたちを森中に散らしてみた。 だが、シカやイノシシのような大型の獲物は警戒心が強い。 ウサギを何匹送り込んでも、洞窟まで追い込む前に逃げてしまう。 ならば罠を――と思ったが、ウサギにできるのは穴を掘ることぐらいだ。 ウサギの掘った穴に落ちる間抜けな野生動物はいない。 もっと成長して強い魔物を召喚できれば状況も変わるだろうが、今は打つ手がない。 このまま虫とネズミを吸収していても時間稼ぎにしかなっていない気がするが、 それでも腹が減ってどうにかなってしまいそうでやめられない。 もっと抜本的な解決方法を考えないといけないのに腹が減りすぎて頭が回らない。 なんかどんどん思考が短絡的になってきている気がする。 どうしてこんなに腹が減るんだ。 最近、食うことしか考えていない。 明らかにおかしい。 ゴブ蔵やゴブ彦は何も食わずに平然としているのになぜダンジョンである俺がこんなに腹が減るんだ。 召喚した魔物には空腹というものがないらしい。 ゴブ蔵は今日も何も食べずに壁際で寝ている。 ゴブ彦も弓の手入れをする以外は基本寝ている。 腹を空かせてウサギに手を出すようなこともない。 ウサギたちは外で何かを食べている気配があるので、同じ魔物でも違いはあるのだろう。 気にはなるが、今はそれどころではない。 重要なのは俺だけが腹を空かせているということだ。 なんなんだ、この理不尽な仕様は。 おかしいだろう。 おかしいといえばウサギたちだ。 あいつらの増え方は前からおかしかったが、最近は輪をかけて増えるのが早くなった気がする。 途中までしか数えていないが、千匹以上は確定だ。 ウサギたちは交代で洞窟の拡張を続けてくれているが、 もはや全てのウサギを洞窟に収納するのはとうてい不可能に思える。 洞窟の外に出たやつの気配は何となくでしかわからないが、 相当遠くまで散らばっていても密度を感じる。 右を向いても左を向いてもでかいウサギがいる。 多分、都内の自販機より多いだろう。 人間からすれば恐怖でしかない光景だ。 たまにウサギの気配が消えるときがある。 おそらく狩られているのだろう。 図体がでかくてもウサギはウサギ。 食物連鎖でいえば下の方だ。 だがそれでも増えるスピードの方が速い。 遠からずこの山はウサギ山と呼ばれるようになるに違いない。 そしたら俺も大きなウサギの巣穴とかになるだろうか。 魔物の巣穴だと駆け出しの冒険者とかが攻略しに来そうで怖い。 ここから種族を軌道修正できればいいのだが、何かいい方法はないかな。 ないか。 法則がさっぱりわからないもんな。 多分、魂かなんかを吸収して、空腹が満たされれば ついでに成長するみたいなんだけど……成長先の傾向がわからない。 オオカミを殺したらウサギの巣穴になるのに、人間を殺したら魔物の巣穴になるのはなんでだ? 吸収した獲物の多寡とか種類で決まるのか、それともその時の洞窟の状態で決まるのかが判然としない。 このまま一生俺は魔物の○○なんだろうか。 ……いや、それより今は腹だ。 考えてたら腹が減った。 何か食べたい。 食べたい。 食べた……い。 ……あ。 ……これやばいかも。

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