NAWOMIDOU / 第3話

第8話:短歌一首。志賀直哉より饒舌な指先

 火照った肌を夜風に晒しながら、私は大谿川(おおたにがわ)沿いのベンチに座り、手帳を開いた。 『湯上がりの うなじをなぞる 指先は 志賀直哉より 饒舌なりき』  さらさらとペンを走らせる。  その時、「綺麗な歌ですね」と背後から声をかけられた。  振り返ると、そこには同じく一人旅風の、少し知的な雰囲気を纏った青年が立っていた。  彼の目は、私のうなじから零れる後れ毛と、ドレスの襟元から覗く鎖骨に、隠しきれない熱を送っている。 「……あ、ありがとうございます。文学部なもので、つい」  私は、お決まりの「丁寧な標準語」の仮面を被り直す。  青年は私の隣に座り、お互いの読んでいる本の話を始めた。けれど、私は気づいている。彼の言葉が熱を帯びるたびに、視線が私の「ノーブラ」のドレスへと吸い寄せられていることを。 「城崎の夜は、少し……魔力がありますね」 「そうですね。言葉よりも、肌が感じるものの方が多いかもしれません」  私はわざと、彼の方へ身体を寄せた。  ドレス越しに伝わる、柔らかな胸の感触。青年は息を呑み、言葉を失った。  彼の指先が、私のうなじを、そして背中の開いた部分を、恐る恐るなぞり始める。 (……いいよ。続きは、あなたの指先で書き込んで)  城崎の夜風が、柳を揺らしている。  私のアンソロジーに、新しい「恋歌」が刻まれようとしていた。

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