芦名 雅 / 第8話

第8話 うちが第一志望って言ったよね。処理します

 採用部長は、学生の進路を一本に絞ろうとした。  だから会社は、採用部長の進路を一本に絞った。  行き先は、出口だった。 「で、うちが第一志望なんだよね?」  午後四時十分。株式会社サンライト企画、採用面談室。  大学四年生の佐々木美咲は、三十分前から同じ質問を角度だけ変えて浴びせられていた。  正面に座る採用部長・長谷川修一は四十九歳。学生へ内定を出した瞬間、その人生に会社名の所有権表示がつくと思い込む男である。 「志望度は高いです」 「高いじゃなくて、第一志望?」 「選考中の会社もありますので、結果を比較して決めたいです」 「じゃあ、今ここで辞退して」 「何をですか」 「他社。全部」  長谷川は机へスマートフォンを置いた。画面には、辞退メールの例文まで表示されている。 「この文章をコピーして、今すぐ送って」 「まだ選考を受けています」 「うちから内定、欲しいんでしょ?」 「内定をいただけた場合も、家族と相談して――」 「社会人になるのに家族?」  長谷川は笑った。 「自分の人生くらい、自分で決めようよ」 「だからこそ、自分で比較して決めます」 「比較?」  長谷川の笑顔が消えた。 「うちを他社と比べるの?」 「就職先なので、比べます」 「こっちは君のために、内定枠を一つ使うんだよ?」 「まだ内定をいただいていません」 「出すつもりだった。でも、その態度なら考え直すよ」 「他社の選考を辞退しなければ、内定を出さないという意味ですか」 「そこまで言わせる?」 「確認のためです」 「最近の学生って、本当に察しが悪いなあ」  佐々木は膝の上で指を組み直した。それでも、スマートフォンには触れなかった。 「辞退の連絡はしません」 「じゃあ、内定取り消しでもいいの?」 「まだ出ていないものは、取り消せません」 「理屈っぽいな」  長谷川は椅子へ深く座った。 「君が辞退するなら、大学のキャリアセンターにも連絡するから」 「何をですか」 「来年から君の大学の学生は採らないかもしれないって」 「私一人の判断で、後輩まで不利益にするんですか」 「そうならないように、君が正しい選択をすればいい」 「選択肢が一つしかないなら、選択とは呼びません」 「確認します」  面談室の隅から、淡々とした声がした。  黒いスーツ。銀色のバッジ。手には、いつものタブレット。  社内ハラスメント撲滅課、黒瀬。  その足元には、駅員が使うような転轍機のレバーが立っていた。 「うわあっ! またお前か!」 「はい」 「いつからいた!」 「『第一志望なんだよね』の一回目からです」 「最初からじゃねえか!」 「本日は三回目です」 「回数まで数えるな!」 「正確には、面談開始前の採用動画でも一回ありました」 「四回じゃねえか!」  長谷川は転轍機を指差した。 「それは何だ!」 「進路切替器です」 「面談室に線路はない!」  床下で、金属が組み上がる音がした。 「今、作るな!」 「総務部は待機済みです」 「あいつら、最近ずっと待機してないか!?」  壁の向こうから総務部員の声がした。 「通常業務です」 「通常にするな!」  黒瀬は佐々木へ向いた。 「他社選考の辞退を希望していますか」 「していません」 「サンライト企画への入社を、現時点で確約していますか」 「していません」 「長谷川氏の要求を断ったことで、選考上の不利益を受けると感じましたか」 「はい。大学の後輩にも影響すると言われました」 「承知しました」  黒瀬は長谷川へタブレットを向けた。 「その場で他社へ辞退メールを送らせようとしましたね」 「入社意思の確認だ」 「応じなければ内定を出さないと示唆しましたね」 「採用には会社の裁量がある」 「辞退した場合、大学全体へ不利益を与えると告げましたね」 「プレッシャーに弱い奴は、社会でやっていけないんだよ」 「過去二年の面談記録から、同様の発言を二十三件確認しました」 「録音してたのか!?」 「応募者の同意を得た採用記録です」 「だったら問題ない!」 「記録への同意は、圧力への同意ではありません」 「入社を承諾した学生もいる!」 「辞退強要を受けた十五名のうち、入社後一年以内の退職者は九名です」 「根性がなかっただけだ!」 「大学三校から抗議も受けています。報告書は長谷川氏の机で止まっていました」  長谷川の顎がわずかに引かれた。 「俺は会社のために優秀な学生を確保してるんだ!」 「本人の自由な意思決定を妨げ、立場を利用して選考辞退を強要した事実を認定します」  黒瀬がタブレットを一度だけ操作した。 「就職活動終われハラスメント、通称オワハラ。認定」 「はあ!?」 「処理します」 「待て! 就活なんて企業が選ぶ側なんだよ!」 「選ばれる側でもあります」 「うちは第一志望だ!」 「あなたにとってですか」 「学生にとってだ!」 「本人は確約していません」 「第一志望って言ったよね!」 「言っていません」  佐々木も静かに答えた。 「志望度は高い、と言いました」 「同じだ!」 「異なります」  黒瀬が転轍機のレバーへ手をかけた。 「複数の進路を認めないとのことですので、長谷川氏の進路を一本に固定します」 「何で俺の進路だ!」  床が左右へ割れ、銀色のレールが一本、面談室から廊下へ伸びた。途中には三本の分岐がある。 『採用部長席』 『再教育室』 『社外』  黒瀬がレバーを倒す。  採用部長席への線路が引っ込み、再教育室への線路も引っ込んだ。  残ったのは、『社外』だけだった。 「選択肢を消すな!」 「佐々木さんにも同じことを求めました」 「俺は採用部長だぞ!」 「確認済みです」 「俺の一言で学生の就活くらい終わらせられる!」 「承知しました。まず、あなたの採用部長としての就業を終了します」 「俺の話じゃねえええ!」  黒瀬が長谷川のネクタイをつかみ、レール上の小さなトロッコへ乗せた。  安全バーが自動で下りる。 「なんで安全には配慮するんだ!」 「必要です」 「降ろせ!」 「進路は一本です」 「選ばせろ!」 「その言葉は、佐々木さんが先に伝えています」  黒瀬がトロッコを押した。 「処理します」  ガタン。  長谷川は面談室を出た。  廊下を通り、採用部を横切り、新卒採用説明会の立て看板の前で一度だけ減速する。 『本当にこの進路でよろしいですか』 「よくない!」 『回答を受理しました。変更可能な分岐はありません』 「聞く意味がない!」  トロッコは再加速し、自動ドアを抜け、正面玄関前の青い衝撃吸収マットへ着地した。  第5話で百メートル先に置かれたものと、同じ型だった。 「マットまで使い回すな!」  総務部員が窓から親指を立てた。 「経費削減です」 「採用費をそこに使え!」  自動ドアが閉じた。  佐々木は、レールが床へ収納されるのを見届けた。 「私の選考は、どうなりますか」 「長谷川氏の処理と採用選考は別件です。別の担当者が、記録を除外して再面談します」 「内定を約束されるわけではないんですね」 「はい。採用基準に従って判断されます」 「他社も受けていいですか」 「当然です」 「第一志望でなくても?」 「当然です」  佐々木は、ようやく少し笑った。 「では、ちゃんと比べて決めます」 「そうしてください」  黒瀬はタブレットへ入力した。 「本件、解決」  翌週、サンライト企画の採用面談から、他社辞退の要求と第一志望の強制回答が消えた。  応募者には選考期限と回答期限が書面で示され、大学への不利益をほのめかす行為は禁止された。  その年の内定承諾率は、前年より上がった。  応募者が比較したうえで選んだからである。  なお、進路切替器は採用イベントで再利用された。  現在は、会場案内用の矢印として使われている。  分岐は自由に選べるよう、三本に戻された。

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