芦名 雅 / 第10話

第10話 三人で言えば本当になるよね。処理します

 三人が、同じ証言をした。  一台の入退館記録が、それを否定した。  総務部は、どちらが重いか量るために巨大な天秤を運び込んだ。 「間違いありません」  一人目が言った。 「私も見ました」  二人目が言った。 「私もです」  三人目が言った。  午後三時十一分。株式会社サンライト企画、コンプライアンス相談室。  相談室の中央で、黒瀬はタブレットを見ていた。  向かいには営業管理部の社員が三人いる。佐野美紀、三十四歳。大橋亮、三十二歳。水島健太、二十九歳。三人とも、営業管理部課長・真鍋修一から同じ場でパワーハラスメントを受けたと訴えていた。 「毎日のように怒鳴られていました」  佐野が身を乗り出す。 「具体的な発言を教えてください」 「『使えない』『辞めろ』です」 「いつですか」 「先週の火曜日です」 「時刻は」 「午後四時くらい」 「場所は」 「本社の第三会議室です」  黒瀬が入力する。 「大橋さんも目撃したと」 「はい。すぐ隣にいました」 「水島さんも?」 「はい。三人とも聞いています」  佐野が腕を組んだ。 「三人も証言しているんですよ。完全にパワハラですよね」 「確認します」 「いや、もう確認するまでもないでしょう」  大橋が笑った。 「一人なら勘違いもあるかもしれない。でも、三人ですよ?」 「はい」 「だったら、いつものやつですよね」 「いつものやつとは」 「処理ですよ」  水島まで笑った。 「黒瀬さん、こういうの早いじゃないですか」 「認定後は迅速に行います」 「じゃあ、認定してください」 「その前に確認します」 「また確認かよ」  大橋が小さく舌打ちした。  黒瀬はタブレットを操作した。 「先週火曜日、午後四時。真鍋課長は大阪支社にいました」  三人が止まった。 「午前十時二分に東京駅を出発。午後十二時三十一分に新大阪駅へ到着。午後一時七分に大阪支社へ入館し、午後六時十四分に退館しています」 「それは……日付を間違えたかもしれません」  佐野がすぐに言った。 「日時の記憶違いは、それだけで虚偽とは判断しません」  三人の肩から力が抜けた。 「ほら」 「では、前後の日程を確認します」 「え」 「前日は有給休暇で終日不在。その前日は大阪支社。その前日は外部研修です」 「もういいです!」  佐野が声を上げた。 「日付なんて細かいじゃないですか。怒鳴られたことが重要なんです」 「その点も確認しています」  黒瀬が別の画面を開いた。 「提出されたメッセージ画像です」  画面には、真鍋から送られたことになっている文章が並んでいた。 『お前みたいな無能はいらない』 『明日から会社へ来なくていい』 『辞表を書け』 「完全にアウトでしょう」  水島が言った。 「本物であれば、重大な問題です」 「本物ですよ」 「社内メッセージサーバーに送信記録がありません」 「真鍋が消したんじゃないですか」 「送信者側では削除できません」 「スクリーンショットだけ残ったとか」 「画像ファイルは昨日、午後十一時四十二分に作成されています」 「昨日、保存し直したんです」 「編集履歴に、文字列の入力と送信者名の貼りつけが残っています」  三人が黙った。 「不安や恐怖で日時を取り違えることと、存在しない記録を作ることは別です」  黒瀬は声を変えなかった。 「申告内容を訂正しますか」 「しません」  佐野は言い切った。 「三人とも、実際に聞いたんです。記録がおかしいんですよ」 「大橋さん」 「俺も訂正しません」 「水島さん」 「同じです」 「承知しました」  黒瀬がタブレットを伏せた。 「では、申告に至る経緯を確認します」  室内スピーカーから音声が流れた。 『あいつ、マジで邪魔なんだよ』  大橋の声だった。 『接待費くらい通せばいいのにな』  水島。 『三人でハラスメントされたって言えばいいじゃん』  佐野。 『三人も言えば会社だって信じるだろ』 『黒瀬を呼べば?』 『あいつ、認定したら物理的に消すじゃん』 『真鍋、地下二階行きかな』  三人の笑い声。 『最近あそこ、混んでるらしいよ』  音声が止まった。 「混雑状況まで調べるな!」  大橋が立ち上がった。 「本題はそこではありません」 「この録音、プライバシーの侵害だ!」 「会社貸与端末上の業務通信であり、不正調査の手続きに従って保全されました」 「被害を訴えた人間を疑うのか!」 「申告者の安全を確保することと、事実確認を省略することは別です」  相談室の扉が開いた。  真鍋修一が入ってきた。四十五歳。疲れた顔をしているが、三人を睨みつけることはなかった。 「黒瀬さんから、結果説明に同席するか確認されました。俺が希望しました」 「真鍋さん、これは誤解で――」 「何が誤解なんだ」 「ちょっと懲らしめようとしただけで」 「黒瀬さんに何をさせるつもりだった?」  三人は答えなかった。  黒瀬が経緯を読み上げる。 「真鍋課長は、三名が提出した私的飲食を含む経費申請を証憑不足で差し戻しました。その翌日、三名は虚偽申告の相談を開始。証拠画像を作成し、証言内容を共有しました」 「三人が同じことを言ってるんだから、少しはこっちを信じろよ!」  水島が机を叩いた。  その瞬間、床が低く震えた。 「何だ?」  相談室の壁が左右へ開き、巨大な天秤がせり出した。片側には三脚の椅子。反対側には、手のひらほどの銀色の記録媒体を置く皿がある。 『事実認定用・証言重量比較器』 「証言を重さで決めるな!」  佐野が叫んだ。 「三人の方が重いという主張でしたので」 「人数の話だ!」 「事実は人数でも重量でも決まりません」 「じゃあ、その天秤は何のためだ!」 「処理です」 「やっぱりか!」  総務部員たちが点検口から現れ、三人の椅子を天秤の片側へ固定した。 「待て! 三人分だぞ!」 「はい」 「そっちは小さい記録媒体一個じゃないか!」 「入退館記録、交通記録、サーバーログ、画像編集履歴、業務通信記録が入っています」 「データに重さはない!」 「機械は演出上の重みを換算します」 「演出って言ったぞ!」  黒瀬が銀色の記録媒体を皿へ置いた。  ドン。  記録側の皿が床へめり込み、三人を乗せた側が天井近くまで跳ね上がった。 「物理法則まで証拠寄りかよ!」 「客観記録が重いためです」 「比喩を機械にするな!」  天井に三つの丸い蓋が開いた。  それぞれに表示が灯る。 『個別再聴取室A』 『個別再聴取室B』 『個別再聴取室C』 「なぜ三つある!」 「証言を共有できない状態で、改めて確認します」 「もう十分確認しただろ!」 「故意の虚偽か、誰が何を作成したか、個別に確認する必要があります」 「そこから慎重になるな!」  黒瀬がタブレットを一度だけ操作した。 「意図的な虚偽申告、証拠捏造、集団による報復行為。認定」 「待って!」 「三名、個別に処理します」  天秤がさらに傾いた。 「まとめてじゃないのかよ!」 「供述を分離します」 「処理します」  ボン、ボン、ボン。  三脚の椅子が別々の軌道で打ち出された。  佐野はAへ。  大橋はBへ。  水島はCへ。  三つの蓋が閉じる直前、三人は同時に叫んだ。 「話を合わせさせて!」 「目的を自白しないでください」  蓋が閉じた。  真鍋は、床へめり込んだ記録媒体を見た。 「あの。俺に対するハラスメント認定は」 「今回の申告については、該当する事実を確認できませんでした」 「最初から、三人が嘘だと分かっていたんですか」 「いいえ」 「では、どうして」 「確認しただけです」  真鍋は長く息を吐いた。 「相談した人の話を疑ってかかるわけではないんですね」 「申告は真摯に受け止めます。矛盾だけで虚偽と決めません。訂正や記憶の不確かさも許容します」 「今回は?」 「意図的な作成記録と相談記録が一致しました」 「なるほど」 「なお、先月分の経費精算が二件未提出です」 「そこ!?」 「本日が締切です」 「普通の注意!?」 「はい」  真鍋は胸を押さえた。 「その前置きで普通の話をされる方が怖いですよ」  黒瀬はタブレットへ入力した。 「本件、解決」  翌月、相談窓口には新しい説明文が掲示された。 『日時の記憶違い、証拠がないこと、説明の訂正だけで不利益に扱うことはありません』  その下には、もう一文ある。 『ただし、証拠を作ると作成記録も証拠になります』  相談件数は減らなかった。  意図的な虚偽申告はゼロになった。  なお、事実認定用・証言重量比較器は、健康診断で体重計として再利用しようとした。  産業医から「演出上の重みを測らないでください」と却下された。

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