遥 / 第5話

05話 それぞれの役割

「……橙真先輩! 危ないです!」  咲の悲鳴が弾けた。  直後、噴き上がる純白の蒸気を引き裂き、巨大な影が躍り出る。  大量の水と冷気を纏った大蛇の怪物。  炎の壁を力任せに押し退け、大きく顎を開いて襲いかかってくる。 (っ! この距離じゃ炎の壁では間に合わない……咲を庇うしか!)  迎撃不能と悟った俺――橙真は、反射的に咲を庇うよう前へ出た。  その瞬間――。  ヒュッ!  公園に鋭い風切り音が響き渡る。  飛来した一筋の矢が怪物の頭部を鋭く貫き、白青の雷が爆ぜた。  強烈な衝撃を受け、怪物が大きくのけ反る。 「……二人とも無事!?」  上空から降り注ぐ声。  見上げれば、白い風を身に纏い、空を滑るように舞う少女の姿があった。 「え、飛んでる……!?」 「まあ、正確には風を纏っているだけどね」  少女はふわりと体勢を整え、そのまま地面へしなやかに着地した。  俺はその姿を見て、安堵の息を漏らす。 「碧羽、来てくれたのか」 「ごめん、すぐ返信できなくて。移動しながらメッセージ、確認したから」 「そっか。それよりも助かった」 「それならよかった」  だが、安堵している暇はなかった。  痺れから立ち直った怪物が、再び咆哮を上げる。  その時――。  パキパキパキッ!  乾いた硬質音が響き、足元を覆っていた水が突如として白く凍りついていく。 「おいおい、二人だけで始める気か!」  公園の入口から、息を切らせながら駆け込んできたのは蒼太だった。 「顧問に捕まって、抜けるの大変だったんだからな!」 「私は先に抜けてきたけどね。蒼太は自業自得でしょ」 「そうだけどさ……ていうか橙真。あの子はどうした?」 「……詳しいことは後で」  怪物との戦いの隙に、俺はへたり込んでいた咲の足元へ駆け寄った。  捻って痛む足首へ、そっと手を触れる。  手のひらから滲み出た温かな光が足首を包み込むと、途端に痛みが引いていく。  咲は目を見開き、恐る恐る立ち上がった。 「えっ……足が……痛くないです……!? すごい」 「動けるなら俺の後ろに回ってくれ」 「あ……はいっ! 分かりました!」  咲が俺の背中に身を隠す。  同時に碧羽が空中へ舞い上がり、蒼太が地面を蹴って走り出した。  三人が瞬時に散開する。  低い姿勢のまま一気に間合いを詰めた蒼太が、力強く地面を叩きつけた。 「これ以上、逃がすかよ……ッ!」  白銀の氷が地表を駆け抜け、怪物の巨大な尾を地面へ縫い止める。  鋭い冷気が体を侵食し、体表を覆う水流を凍らせ、その動きを削ぎ落としていく。  上空を滑空する碧羽は、凛とした動きで素早く弓を引き絞った。 「……これで足止めだね」  放たれた一射が、怪物の右目を正確に射抜く。  間髪入れずに放たれた次の一矢が左目を穿ち、確実に視界を奪っていく。  苦し紛れに狂暴にうねる巨体から、猛烈な濁流が撒き散らされる。  俺はすばやく前へ踏み出し、右手を力強くかざした。  手のひらから解き放たれた炎が揺らめき、眼前に熱の壁を形成する。  迫る水飛沫はジュウッと音を立てて白煙へと変わり、一滴たりとも後方へ届かせることなく防いだ。 「みなさん、すごいです! ……あれ、橙真先輩は戦いに行かないんですか?」 「俺の力は直接戦うためのものじゃ……ないんだ。あいつらの力を最大で引き出すのが役目」  前を見据えたまま、俺は答えた。  あらためて怪物を見つめ直した咲は、不思議なほど澄んだ視界を通して、その体内にある異変を捉えた。  うねる水流の奥深く――そこに、まるで生き物の心臓のように、ドクン、ドクン――と赤く脈打つ不気味な光が存在していた。 「橙真先輩! 体の中央が赤く光っています!」 「……! 赤い光?」  俺の目には、ただの濁流としか映らない。  だが、咲の緊迫した声を聞いた瞬間、迷うことなく彼女の言葉を信じた。 「蒼太! 体の中央を集中的に凍らせろ!」 「おう、任せとけ!」  蒼太の力によって核の周囲が分厚い氷で固定され、怪物の動きが完全に止まる。  俺はすぐさま上空を見上げた。 「碧羽! あの中心部、一撃で射抜けるか!」 「うん、任せて!」  俺は右手を高く掲げる。  熱も破壊力もない、純粋な増幅の力を放った。  碧羽を包む風が、狂風へと一気に膨れ上がる。 「――そこっ!」  つがえられた一本の矢。  白青の雷を激しく纏い、放たれた一射が、氷に閉ざされた核を寸分違わず貫いた。  爆音とともに核が粉々に砕け散る。  怪物は絶叫を残し、その巨体を崩れ落とした。 ***  私――咲はその場にへたり込んだ。  だが、次の瞬間――弾け散った大量の水が一気に空へ巻き上がっていき、巨大な水柱となった。 「……え!? な、何ですかあれ!」 「取り込んでいた水が一気に放出されたみたいだね。もう危険はないと思うけど」  その時、遠くからサイレンの音が響いてきた。 「防災対策課が近づいてるな。ここから急いで逃げるぞ!」  慌てて走り出す橙真先輩たち三人。  橙真先輩は私の手を優しく引き、しっかりと握った。 「今度は、転ばないように気をつけろよ! 走れるか?」 「はい」  私は照れくさそうに、でも離れないようギュッと強く手を握り返した。 「よし、置いていかれないように捕まってろよ!」 「はい!」  私たち四人は公園を一斉に飛び出し、静まり返った路地裏へと滑り込んだ。  今、身に起きていることも、怪物の正体も、私に見えた光の理由も分からない。  けれど、繋いだ手から伝わるぬくもりに、胸の奥まで温かさで満たされていく。 (――この人たち、一体何者なんだろう)  胸の高鳴きを感じながら、私は三人の背中を必死に追いかけていった。

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