遥 / 第81話

81話 天使たちの戦い

 先頭に立つ私――ガブリエルは、身の丈ほどもある大剣を肩へ担ぎながら、激しく波立つ川面を見つめていた。 「……そういえば」  ふと視線を落とし、後ろを振り返る。 「カマエルはどうした? 最近、姿を見ていないんだが」  その言葉に、後方に控えていた天使――ラファエルが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。 「あの子はあの子で、やることがあるんじゃないかしら?」 「……そうなのか」  私はそれ以上追及することなく、再び川へ視線を戻した。  その瞬間だった。  ――ゴォォォォォッ!!  地響きのような重低音とともに、川の中央が山のように激しく盛り上がる。  次の瞬間、濁流を突き破るように、巨大な影が水中から姿を現した。  現れたのは、八つの首を持つ巨大な蛇。  その八つの首には、それぞれ不気味に輝く赤い眼が埋め込まれている。  濁流そのものを纏った、巨大な蛇の邪神体だった。  一つの首が激しい渦を巻き起こし、別の首が濁流を押し寄せさせる。  さらに別の首が、天を突くほどの巨大な水柱を爆発的に吹き上げた。  水柱が周囲へ飛び散り、川岸の地面を激しく叩く。 「来るぞ」  私は大剣を構える。 「ラファエル」 「はい」  穏やかな気品をまとった天使――ラファエルが一歩、前へ出る。  掲げられた神杖から、まばゆい光が一気に広がった。  光は天使たちを優しく包み込み、巨大な結界へと変わっていく。 「結界、展開します」  ――ドォォンッ!!  巨大な水柱が黄金の結界へ激突した。  激しい轟音とともに、大量の濁流が弾け飛ぶ。  しかし――結界の内側へ、一滴の水すらも侵入することはなかった。 「ウリエル」 「私は、右の二つの首を抑える」  長槍を握り締めたウリエルが、しなやかに駆け出す。  迫り来る二つの首へ一気に接近し、槍を振るう。  ――ガァンッ!!  鋭い一撃が蛇の首を弾き、巨大な首が大きく逸れた。 「ラグエル」 「ははっ! ようやく本気で暴れられるな!」  巨大な戦斧を手にしたラグエルが、豪快に踏み込む。 「おらぁっ!!」  ――ズドォンッ!!  振り下ろされた戦斧が、地面を砕く勢いで振り抜かれる。  迫っていた二つの首を、まとめて弾き飛ばした。 「サリエル」 「……絶対に外さない」  後方から、サリエルが静かに弓を引き絞る。  ――シュンッ!  放たれた矢が空気を切り裂く。  続けて、もう一本。  ――シュンッ!  二本の矢は、寸分の狂いもなく、それぞれ別の首へ突き刺さった。 「ギィィィィッ!!」  邪神体が咆哮を上げる。  残る首が一斉に天使たちへ襲い掛かった。  その中心へ向かって、私は踏み込む。  ――ドンッ!!  一瞬で距離を詰め、大剣を横薙ぎに振り抜いた。  襲い掛かってきた水の奔流が、真っ二つに切り裂かれる。  それでも邪神体は止まらない。  八つの首が次々と水流を操り、激しい波状攻撃を繰り出してくる。  だが、天使たちは一歩も引かない。  ラファエルが結界で攻撃を防ぎ、ウリエルとラグエルが敵の動きを抑える。  その隙を、サリエルが正確に射抜く。  そして最後に――私が敵の懐へ入り込む。  四人の動きに、一切の無駄はなかった。 「……核は、全員見えたか?」 「もちろん」 「いつでもいけるぜ!!」 「ああ」  俺は大剣を構え直す。  邪神体の八つの首が、再び大きく鎌首をもたげた。  次の瞬間には、また濁流が襲ってくる。  だが、俺たちは動じない。 「それじゃあ、そろそろ、決めるぞ」  その一言が合図だった。  四人の天使が一斉に動く。  俺の大剣、ウリエルの槍、ラグエルの戦斧。  そして、サリエルの矢。  四つの一撃が、残った首へ同時に叩き込まれる。  ――パリンッ!!  八つの首に宿っていた赤い核が、一斉に砕け散った。 「ギィィィィィィッ!!」  断末魔の叫びを上げた邪神体の身体が、大きく震えた。  次の瞬間――巨大な蛇の身体は無数の黒い粒子へと変わり、夜空へ舞い上がりながら静かに消滅していった。 ***  ――ゴゴゴゴゴ……!!  邪神体が消滅して、身体に残されていた莫大な水害エネルギーが一気に溢れ出し、川が激しく暴れ始める。  濁流が堤防を越え、周辺の街へ押し寄せようとしていた。 「ここから先へは行かせない!」  ラファエルが神杖を地面へ突き立てる。  ――ズズズズズ……!  神聖な光が川全体へ広がり、巨大な結界が形成されていく。  押し寄せる猛烈な濁流を、結界が真正面から受け止めた。  轟音とともに濁流が結界へ激突する。  それでも、ラファエルは一歩も動かない。 「……これで、しばらくは大丈夫ね」  ラファエルが小さく息を吐く。  俺は結界の向こうで暴れ続ける濁流を見つめ、こちらも小さく息を吐いた。 「橙真たちの戦いも、無事に終わっているといいが」  そう呟き、周囲を守る仲間たちへ振り返る。 「俺は一度、橙真のもとへ戻る。お前たちはどうする?」 「私たちは、このまま監視を続けるわ」 「了解した」  俺の身体を、まばゆい白い粒子が包み込む。  白い光の粒子を残しながら、俺は静かに夜空へ溶けるように消えていった。  残された四人の天使は、その場に留まり、光の粒子となって川を見つめ続けていた。

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