遥 / 第7話

07話 いつもの朝

 朝日が街を柔らかく照らしていた。  昨日までと変わらないはずの通学路を、私――咲は歩いていた。  けれど、見慣れた景色なのに、どこか昨日までとは違って見える。  制服のポケットの中にあるスマホ。  画面を開けば、昨日登録したばかりの連絡先が三つ並んでいる。  橙真先輩  蒼太先輩  碧羽先輩  画面に並ぶ文字を指先でそっとなぞり、小さく息を吐き出す。 (昨日のこと……本当にあったんだよね……)  怪物、不思議な力、自分にしか見えなかった真っ赤な光。  思い返すたびに、胸の奥が高鳴った。  やがて、通学路の途中にある公園の前へとたどり着く。  入り口には黄色い警告テープが厳重に張られていた。 『立入禁止 防災対策課』  テープの隙間から覗くと、砕け散ったベンチや濡れた地面が目に入る。  街の人たちは、昨夜の暴風雨によるものだと思っているのだろう。  だが、私は知っている。  これが、怪物との戦いの痕跡なのだと。  一度深呼吸してから、私は前を向き、再び歩き始めた。  校門を通ったとき、校庭の方からタオルを首に掛けた男子生徒が走ってきた。  私より先に、その人物がハッと足を止める。 「あれ、咲か?」 「蒼太先輩……ですか!?」  蒼太先輩は驚いたあと、親しみやすい笑みを浮かべた。 「え、咲ってうちの学校だったのか!」 「蒼太先輩こそ! 今、朝練が終わったところなんですか?」 「おう。陸上部で長距離をやっててさ。毎日体を動かしてねぇと落ち着かねぇんだよ」  朝の爽やかな空気の中、蒼太先輩が思いついたように言った。 「なぁ、昼休み、食堂に来るか? 一緒にメシ食おうぜ。橙真も碧羽も来ると思うし」 「……はい! ぜひ行きたいです!」  予鈴のチャイムが響き、私たちは昇降口へ向かった。 ***  俺――橙真が二年A組の教室に入ると、すでに碧羽が席で本を開いていた。  自分の席にカバンを置くと同時に、ガラッと扉が開いて蒼太が入ってくる。 「おはよー。今朝、校門のところで咲と会ったぞ。うちの学校の一年生だったんだよ」 「えっ、本当!? 全然知らなかったよ!」  驚く碧羽を見て、俺は少し不思議そうな顔をした。 「え、二人とも知らなかったの?」 「はあ!? 知るわけねぇよ! 何、当たり前みたいに言ってんだ!」 「ちょっと橙真、咲が同じ学校なら教えてくれたって良かったじゃない!」 「昨日、制服を見たら一目瞭然だったから。言わなくても気づいてると思ってた」 「昨日は怪物と戦って、その後も逃げるのに必死だったんだぞ! そんなところまで見てる余裕なんてねぇって!」  呆れる二人を見て、俺はフッと口元を緩めた。  蒼太がパン、と手を叩く。 「あ、そうそう。昼休み、咲を食堂に誘っといたからな」 「ナイス、蒼太! もちろん私も行くよ」 「じゃあ俺も行く」 ***  昼休みのチャイムが鳴り、私が背伸びをしていると、昨日一緒に帰った友達が話しかけてきた。 「咲、あの後大丈夫だったの? 公園で一人残った後、ちゃんと帰れた?」 「あ、うん、大丈夫! あの後すぐ防災対策課の人たちが来て、なんとかなったから」 「そっか。ならいいんだけど……」 「あ、そろそろ行かないと……」 「あれ、咲どこか行くの?」 「うん、食堂で一緒に食べる約束をしてるの! 行ってくるね!」 「うん、わかった。いってらっしゃい」  私は教室を飛び出し、急いで食堂へ向かった。 ***  先に食堂へ着いた俺たちは、席を確保すると、蒼太が入り口へ大きく手を振った。 「おーい、咲ー! こっちこっち!」  入り口で立ち尽くしていた咲が、俺たちを見つけて駆けてくる。 「あ、失礼します……!」 「そんなに緊張しなくていいって。ほら、座りなよ」  碧羽が優しく笑いかけた。 「本当に同じ学校だったんだね! 咲が後輩なんて、すごく嬉しいな」 「私も朝、蒼太先輩と会ってびっくりしました……でも、すごく嬉しいです!」 「そういえば咲、帰った後怒られなかった? 昨日、遅かったから心配してたんだけど……」 「ちょっとだけ……『遅くまでどこ行ってたの』って言われました。でも、友達の家に寄ってたって誤魔化しました」 「やっぱり、なんか言われるよな」 「えっと……先輩方は大丈夫だったんですか?」 「私は、少し言われたけど、部活が長引いたって言って誤魔化したかな」 「そうなんですね。蒼太先輩はどうだったんですか?」 「俺はいつも通りだから、特に何も言われなかったぜ」 「橙真先輩は?」 「俺は一人暮らしだから……」  蒼太が笑い、他愛のない会話をしながらご飯を食べる。  やがて予鈴が鳴ると、蒼太と碧羽が立ち上がった。  俺は咲の顔を見つめる。 「咲、放課後って時間あるか?」 「え……? はい! あります!」 「じゃあ、終わったら昇降口で待ってる」 「あ、それ俺も行くぞ! 今日は放課後の練習がオフなんだ」 「ふふ、私も今日、弓道の練習がない日だから、一緒に行くね」  咲が驚いた顔をした。 「碧羽先輩、弓道部なんですか!?」 「そうだよ。碧羽は弓道部で、蒼太は陸上部。で、俺は帰宅部」 「堂々と言うなよ!」  蒼太のツッコミに笑いが起きた。 「じゃあ、また放課後にね、咲!」 「はい! 楽しみにしています!」  二人に続いて、俺も「また後で」と告げて食堂を後にした。  放課後、何を話そうか、考えながら、俺は、午後の授業に向けて歩き出した。

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