遥 / 第27話

27話 5つの顔同時攻撃

 暴風は一向に収まらなかった。  怪物の五つの首が、天空を巨大な影で覆い尽くしている。  粉々に砕けた大量のガラス。  倒れた大型看板。  暴風で吹き飛ばされた買い物かご。  広大な駐車場全体が、荒れ狂う風の渦に呑み込まれていた。  刀を持った男が、不敵な眼差しで巨大な怪物を見上げる。 「それで……倒し方は分かった。だが、どうやってあいつの五つの顔を同時に攻撃する?」  俺――橙真は、五つの顔を一つずつ見た。  咲から送られてきたメッセージ。  そして、ここにいる全員の位置関係。  さらには、風の微妙な流れ。  すべてを頭の中で組み合わせ、俺は静かに答えた。 「俺を除いた四人が、タイミングを合わせて、五つの顔を同時に攻撃します」  男は俺の顔をじっと見たあと、力強く頷いた。 「作戦は分かった。現状、それで行くしかないようだ」  俺はすぐに蒼太へ視線を向ける。 「蒼太、怪物の顔を二つ、同時に攻撃できるか?」  蒼太は驚いたように目を見開いた。  だが、すぐにいつもの笑みを浮かべる。 「あぁ、任せとけ! やってやるぜ!」  次に碧羽を見る。 「碧羽、怪物の左側の首を一つ頼めるか?」 「分かった。あの顔を確実に撃ち抜けばいいのね」  男が腰の刀の柄を強く握りしめる。 「そうなると、中央の首は俺がやる。お前は全体の指示出しと、タイミング合わせを頼む」 「分かりました。任せてください」  その時、俺の足元にある黒い影が揺れた。 「残り一つの首は、私が担当する」  静かな声が聞こえたと思った次の瞬間、その声の主は再び影の中へ沈み、姿を消した。  俺は両手を前へ突き出す。  次の瞬間――真っ赤な炎が、生き物のように地面を滑り始めた。  蒼太の元へ。  碧羽の元へ。  男の元へ。  そして、影の沈んだ場所へ。  四本の炎の道が、怪物の五つの顔の下まで真っ直ぐに伸びていく。  猛烈な暴風の中でも、その炎が消える気配は一切ない。  蒼太が目を輝かせた。 「なるほど……炎の道か!」 「ああ。この炎の道に沿って、一気に駆け上がってくれ」  さらに俺は、蒼太と碧羽へ炎を飛ばす。  放たれた炎は、優しく二人を包み込んでいった。  俺の炎が、二人の身体能力を一気に引き上げていく。  一瞬にして身体が軽くなり、吹き荒れる暴風の抵抗さえ、嘘のように弱く感じられるはずだ。  碧羽が目を見開く。 「……すごい! いつもより早く動ける!」  蒼太が拳を握りしめて笑う。 「最高じゃねぇか!!」  怪物が空を向いて、怒りの咆哮を上げた。 「――グォォォォォ!!」  俺は全員へ向けて声を張り上げる。 「それじゃあ、タイミングを合わせてください! 三!」  蒼太の手元から無数の水滴が広がり、右手と左手に巨大な氷の塊が二つ生み出される。  碧羽が弓を引き絞り、雷をまとった強い風を宿らせる。  男の刀身には激しい青白い雷が走り出し、影が不気味に揺れた。 「二!」  暴風が吹き荒れる。  怪物も負けじと、五つの口から凄まじい風を放ち始めた。  しかし、蒼太たちは一歩も止まらない。 「一!」  五つの顔が、同時にこちらを睨みつける。  蒼太たちは、すでに怪物の目前まで迫っていた。 「今です!!」  蒼太が炎の道を力強く駆ける。  さらに加速する。  地面を激しく蹴り上げた。 「うおおおぉぉぉぉ!!」  両手に掲げた二つの巨大な氷の塊。  蒼太はそれを左右の顔へ向け、同時に叩きつけるように投げ飛ばした。  直撃した瞬間、凄まじい轟音が響き渡り、氷が粉々に砕け散る。  間髪入れず、碧羽の矢が放たれた。  雷をまとった風の矢が、真っ直ぐに怪物の顔を穿ち抜く。  激しい雷光が弾け飛んだ。  男が疾風のごとく駆ける。  一閃――中央の顔が真っ二つに斬り裂かれた。  そして、影の中から現れた男が、残る一つの顔へ鋭い蹴りを一直線に叩き込む。  次の瞬間――五つの顔にあった核が、同時に砕け散った。 「――グォォォォォォォ!!」  怪物が天を仰いで絶叫する。  巨大な体が崩れ落ち、黒い粒子となって空中へ消えていった。  だが、その直後だった。  主を失った暴風が、激しく暴走を始めたのだ。  凄まじい地鳴りと轟音が、周囲に響き渡る。  巨大な竜巻のような風が、駐車場全体を丸ごと呑み込み始めた。  隊員たちが必死に足元を踏ん張る。  蒼太が叫んだ。 「やっぱり、怪物倒しただけじゃ終わらないのかよ!?」  男も険しい表情で目を細める。  その時、碧羽がすっと前へ出た。  荒れ狂う風と真っ向から向かい合うようにして、碧羽は静かに立つ。  碧羽の周囲に優しい風が集まり、綺麗な長い髪がなびいた。  碧羽は両手をそっと広げる。 「この風は……私が止める」  怪物が生み出した狂暴な暴風と、碧羽が集めた風が激しくぶつかり合う。  押し合う二つの風。  碧羽は歯を強く食いしばった。 「お願い……このまま消えて……!」  その切実な言葉とともに――あれほど荒れ狂っていた暴風が、空へ溶けて消えていった。  辺りに静寂が訪れる。  風が、完全に止んだ。  蒼太が肩で息を吐く。 「ふう……やっと終わったか……」  男は静かに刀を鞘へ納めた。  左手の薬指に嵌められた銀色の指輪が、日に照らされてかすかに輝く。  その時、すぐ近くの影から再び男が現れた。 「邪神体の討伐を確認しました」  男が振り向く。 「お前は先に戻るか?」 「はい。会議室を押さえておきます」 「了解。俺はこいつらを連れていく」 「分かりました。では、お先に」  影の男は短く答えると、そのまま闇の中へ消えていった。  残された男は、俺たち三人を順に見つめる。  静かな沈黙が数秒続いた。  蒼太が呆然と呟く。 「……いなくなった、のか?」  周囲では、隊員たちの慌ただしい声が響き渡っている。 「邪神体反応、完全に消失!」 「周辺警戒を継続せよ!」 「負傷者の確認を急げ!」  男が俺たちをまっすぐに見つめた。 「君たち」  蒼太が顔を上げる。 「はい?」 「約束通り、同行してもらうぞ」 「えっ!? いつ約束したんだよ!?」 「ごめん、俺がさっき約束した」 「あ……そういうことね」 「そういうことだ。とりあえず、車に乗ってくれ」  碧羽は静かに頷いた。  俺は手元のスマホに視線を落とす。  咲から届いていた、小さなメッセージ。 『気を付けてください』  短い文章。  それだけだった。  黒い特殊車両の厚いドアが開く。  蒼太が少し不安そうに呟いた。 「俺たち……これから、どうなるんだ?」  男は静かな声で答えた。 「安心しろ。ただ、お前たちの話を聞くだけだ」  俺たち三人は、静かに黒い車へと乗り込んだ。  重いドアが閉まる。  車が静かに走り出した。  窓の外には、半壊したショッピングモールが遠ざかっていく。  何台もの救急車。  点滅する青色灯。  そして、小さくなっていく現場。  三人と男を乗せた車は、午後の光に照らされた街を滑るように進んでいく。  その先に待つ、まだ見ぬ建物――防災対策課へ向かって。  まだ見ぬ世界が、俺たちを静かに待っていた。

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