遥 / 第28話

28話 新たな世界へ

 黒い特殊車両は、午後の光が残る街並みを走っていた。  窓の外には、午後三時を過ぎた街並みが流れている。  車内は、息苦しいほどの静けさに包まれていた。  隣の蒼太は落ち着かない様子で、何度も座り直している。  碧羽も少し緊張した硬い表情のまま、自分の手元を見つめていた。  俺――橙真だけが、静かに窓の外を眺めている。  やがて蒼太が耐えきれなくなったように、恐る恐る口を開いた。 「あの……俺たちって、本当に大丈夫なんですよね?」  運転席に座る男は、バックミラー越しに俺たちを見て答えた。 「少なくとも、怒るために連れてきたわけじゃない。君たちの話を聞きたいだけだ」  蒼太は少しだけ安心したように、深く息を吐き出した。 ***  やがて車はゲートをくぐり、駐車場へ入っていく。  配置された警備員。  厳重なゲート。  そして、威圧感すら覚えるほど、そびえ立つ漆黒の巨大な建物。  蒼太が思わず声を漏らした。 「すげぇな……」 「ここが、防災対策課だ」  男の声とともに、車が止まる。  俺たちは建物の中へ足を踏み入れた。  白い照明が、静かな廊下を照らしている。  すれ違う職員たちはみな、引き締まった表情をしていた。  蒼太は周囲をキョロキョロと見回しながら歩く。 「本当に……政府の機関なんだな」 「そう身構えなくていい。何度も言うが、ただ話を聞くだけだ」  エレベーターが静かに上昇し、扉が開く。  廊下の突き当たりにある分厚い扉の前で、男は足を止めた。 「ひとまず、中へ入ってくれ」 ***  扉の先には、広大な会議室があった。  大きなテーブルの上には、資料と温かい飲み物が用意されている。  部屋の奥から、一人の女性が優しく微笑みながら振り返った。 「みなさん、お疲れ様でした。どうぞ、座ってくださいね」  促されるまま、俺たち三人は並んで席についた。  ふと見ると、窓際の席に一人の男が腰掛けている。  蒼太が目を丸くした。 「えっもういる……!?」  窓際の男が、静かな声で答える。 「あの時、影に入っただろう。影を伝って先に戻っていただけだ」 「あ、そうだったんですね……」  そのやり取りを見届けると、女性が丁寧にお辞儀をした。 「私は花江光莉(はなえひかり)です。防災対策課の災害情報室で室長をしています」  続いて、俺たちを連れてきた男が名乗る。 「俺は風宮颯斗(かぜみやはやと)。防災対策課の災害対策室で室長をしている」  蒼太が驚きのあまり声を張り上げる。 「えぇっ!? 二人とも室長なのか!?」  花江さんが、くすっと笑った。 「ふふっ、初めて聞いたら驚くよね」  窓際の男が淡々と言う。 「月影旭陽(つきかげあさひ)だ」  俺は静かに頭を下げた。 「日向橙真です」  蒼太も慌てて頭を下げる。 「み、水沢蒼太です!」  最後に碧羽が凛とした態度で深くお辞儀をする。 「風間碧羽です」  花江さんは優しく微笑んだ。 「よろしくね、橙真くん、蒼太くん、碧羽さん」  その言葉で、室内の張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。  だが、風宮さんの表情が引き締まる。  俺をまっすぐに見つめてきた。 「ここからは真剣な話をさせてもらう。日向を含め、君たちは、いつからあの邪神体と戦っているんだ?」  俺は少しの間、記憶を辿るように考えた。 「……初めて戦ったのは、中学二年生の頃です」  花江さんが目を見開く。 「……中学二年生から!?」 「はい。俺たちは今まで、あれを『怪物』と呼んでいました。水を纏った蛇のような怪物や、風を纏って高く跳び上がる怪物、泥でできた怪物などと戦ってきました」  碧羽が静かに言葉を補足する。 「倒せた怪物もいました。でも、逃げることしかできなかったり、正体も分からないまま消えてしまった怪物もいました」 「その頃は『邪神体』なんて言葉も知らなかったからな」  蒼太が苦笑いを浮かべる。  風宮さんは腕を組み、しばらく思案するように沈黙した。 「ということは……数週間前、公園で巨大な水の渦が上がったという通報があった。俺たちが現場に到着した時には、水しぶきが上がっていたんだが」  風宮さんが俺たち三人を見つめる。 「これは君たちが関係しているのか?」  俺は頷いた。 「はい。公園に出現した怪物を倒したのは俺たちです。そのせいで、大量の水が吹き上がりました。あと、工事中の現場に穴が空いたのも、怪物を倒したからです」  花江さんが目を丸くする。 「……みなさんが?」  月影さんが静かな声で呟いた。 「高校生で邪神体の相手をすることができるのか」  風宮さんが深く頷く。 「やはりそうだったか……」  そして、テーブルの上に置かれた資料へ視線を落とした。 「実は、俺たち防災対策課は、邪神体にはある共通点があると考えているんだ」  風宮さんが、はっきりと続けた。 「それは――自然災害をその身に取り込むことなんだ」  花江さんが資料を指差しながら続ける。 「洪水や暴風などの自然災害を、邪神体が取り込んでいると考えられます」 「だから今までの怪物は、全部違ったのか」  蒼太が納得したように呟いた。 「この情報は一般には公表していない。余計な混乱を防ぐためだ」  月影さんが、静かな眼差しで俺を見つめてきた。 「日向。君は戦闘中、常に全体を見渡していたな。指示も的確だった。それは過去の経験からか?」  俺は、すぐには答えられなかった。  右耳のイヤホンに、そっと指先が触れる。  風宮さんが、ゆっくりと立ち上がった。 「現在の君たちが持つ、本当の力を知りたい」 「どういうことですか?」  蒼太が首を傾げる。  すると花江さんが、柔らかく笑った。 「模擬戦をするってこと。でも、安心して。怪我をさせるつもりはないからね」  月影さんも席から静かに立ち上がった。 「訓練室へ向かう」  風宮さんは蒼太を見つめる。 「水沢。俺が相手だ」  月影さんは碧羽へ視線を向けた。 「風間。私を相手にしてもらう」  そして花江さんが、優しく俺を見つめてきた。 「橙真くんの相手は、私がするね」 ***  訓練室へ向かう静かな廊下。  歩きながら、風宮さんが重々しい声で口を開いた。 「そういえば言っていなかったが――防災対策課では、特別な力を持つ人間を『覚醒者』と呼んでいる」 「そして覚醒者には、必ず『代償』が存在するの」  花江さんが静かに言葉を継ぐ。 「身体、精神、魂のどれか一つ。あるいは、複数同時に影響が出る。覚醒者に例外はないの」 「俺たちにもあるのか」  風宮さんの言葉に、俺は黙ったまま歩き続けた。  右耳のイヤホンの存在を、強く意識しながら。  やがて、扉が開く。  その先は、広大な訓練室。  張り詰めた静寂が支配する空間。  今――三組の模擬戦が、今まさに始まろうとしていた。

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