遥 / 第10話

10話 揺れる街

 日差しが少しずつ傾き、道路に長い影が伸び始めていた。  俺たち四人は校門を出て、初夏の風が吹き抜ける、いつもの帰り道をゆっくりと歩いていた。  十七時を回ったばかりの空は、まだ明るい。  隣を歩く蒼太が両手を頭の上へ伸ばし、大きなあくびをしながら口を開いた。 「腹減ったなー」 「それって、部活で走ったばかりだからでしょ」  碧羽が呆れたように息をつく。 「いや、部活があろうがなかろうが、俺はいつでも腹が減ってるぞ」 「……そうだな。蒼太はいつでも、お腹減ってるからな」  俺――橙真の言葉に、蒼太は頭をかきながら苦笑いした。  咲も小さく肩を揺らして笑う。 「ふふ。でも蒼太先輩って、いつも『お腹すいたー』って言いながらも元気ですよね」 「ま、それが蒼太だからな」 「ちょっと待て、それどういう意味だ!?」 「えっと。蒼太はいつでも明るくて元気だってことだよ」 「そっか。それならいいか」  四人の間に、楽しそうな笑い声が広がっていった。  住宅街へと続く一本道を歩いていく。  買い物袋を下げた近所の人。  犬の散歩をするおじいさん。  どこにでもある、いつもの穏やかで平和な時間だった。  蒼太がふと立ち止まり、青く澄み渡る空を見上げる。 「なんか……こういう平和な日々がさ、ずっと続けばいいんだけどなー」  碧羽が少し目を見開いてから、優しく笑った。 「……蒼太、珍しくまともなこと言ったね」 「たしかにそうだな」 「え、そうなんですか?」 「ああ。蒼太がいいこと言うのは、一年に一回あるかどうかの、すごくレアなことなんだぜ」 「そうだよ、咲。すごく珍しいことなんだからね」 「はい、分かりました! これはとても珍しいことなんですね」 「おいおい、お前ら。それはさすがに失礼だろ!」 「気のせいだろ」  俺たちは笑い合った。  けれど、蒼太の言葉には心から同じことを思っていた。  あの経験をしたからこそ、普通の毎日がどれだけ大切なものなのか。  俺たちは誰よりも知っていた。 「でも、茶化したけど、蒼太の言う通りだと思うよ」 「もちろん私も、平和が続けばいいと思ってる」 「……そうですね。平和が一番ですもんね」  咲も小さく、深く頷いた。  その時だった。  先頭を歩いていた蒼太が、突然ピタリと足を止めた。 「ん?」  道路の中央。  アスファルトの真ん中に、一本の細い亀裂が走っていた。 「これ……アスファルトに亀裂が入ってない?」  碧羽が腰をかがめ、亀裂を覗き込む。 「こんなところに、前から亀裂なんてあったっけ?」  通い慣れているはずの、いつもの帰り道。  今朝までは、こんな亀裂なんてなかった。  周囲を歩いていた人たちも、不審そうに足を止め始める。  ゴゴ……。  足元から、微かな震動が伝わってきた。  咲がハッとして周囲を見回す。 「今……揺れました?」 「地震か……?」  揺れは、ほんの数秒で収まった。  しかし――。  ピシッ。  乾いた音が響いた。  道路の亀裂が、横へとわずかに広がる。 「おいおい……冗談だろ……」  ピシッ、ピシッ。  ガラスにひびが入っていくように、道路を走る亀裂が確実に伸びていく。  周囲の人々も、明らかに顔色を変え始めていた。  ゴゴゴゴゴ……!  先ほどとは比べものにならないほどの激しい揺れが、地面を大きく揺さぶる。  電柱がギシギシと音を立てて大きく揺れ、停めてあった自転車が次々と倒れていく。  どこかで、子どもの泣き叫ぶ声が響き渡った。  一気に広がる亀裂。  俺は危険を察知し、大声を張り上げた。 「……これ、危ないやつだ! みなさん、ここから下がってください!」  ドォォォン!!  激しい爆発音とともに、道路の中央が崩れ落ちた。  巨大な穴がぽっかりと開き、もうもうと土煙が舞い上がる。  パニックになった人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う中――。  ゴォッ――!!  穴の底から、恐ろしいほど強い風が吹き上がってきた。  砂埃が視界を奪うように舞い、俺たち四人の制服が猛烈に煽られる。  舞い上がる土煙の向こう。  崩れ落ちた穴の深みから、何かが、ゆっくりと動き始めた。  黒く太い腕。  ズシン、ズシンと地面を揺らす、重い足音。  土煙を押し分けて姿を現したのは、不気味な赤い目を光らせた巨大な怪物だった。 「あれって……まさか、また怪物が現れたのか!?」 「そのまさかみたいだな……」  俺はとっさに一歩前へ出て、三人を背中に庇った。  怪物の全身を取り巻くように、まるで意思を持っているかのような激しい風が、狂ったように渦巻いている。  次の瞬間――怪物はその巨体を不自然に折り曲げ、ゆっくりと身を低く沈め込んだ。 「おい、あいつ何しようとしてんだ……!?」  ドンッ!!  爆音とともに、地面が粉々に砕け散る。  怪物の巨大な体が、重力を無視した凄まじい勢いで、はるか高くへと跳び上がっていった。 「え、あの大きな体で飛べるんですか!?」 「飛ぶというより、高くジャンプしたみたいな感じだな……!」  黒い巨大な影が、傾きかけた太陽を遮るように空を横切っていく。  俺たち四人は言葉を失い、ただその恐ろしい姿を見上げるしかなかった。

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