遥 / 第42話

42話 追跡せよ

 俺――蒼太と碧羽は、重厚な扉の先へ続く静かな廊下を全力で駆け抜けていた。  目指すのは、もちろん教祖のシエリオ・トグレイだ。  廊下の突き当たり。  白い衣装をまとい、ゆっくりと歩く一人の女性の背中が見えた。  シエリオだ。  後ろから俺たちの激しい足音が迫っているというのに、彼女は一切慌てる様子を見せない。  まるで、追われていることすら気にしていない。  その異様な落ち着きが、かえって不気味だった。 「待て――っ!!」  俺の叫び声が、無機質な廊下に響き渡る。  シエリオは足を止め、ゆっくりと振り返った。 「あなた方なら……追いかけてくると思っていましたよ」  その口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。  俺と碧羽は一気に距離を詰めた。 「そこを動くな!」 「そんなことを言われて、素直に止まるわけがありませんよね」  あまりにも落ち着き払った返答。  俺は眉間に皺を寄せた。 「……おい! 邪神体を利用して、何を企んでる!?」  シエリオは完全に足を止め、俺たちへ身体を向けた。 「利用……ですか? それは違いますね。私はただ神の救済を心から信じ、その導きを迷えるみなさんへお伝えしているだけですよ」  碧羽が厳しい表情で問いただす。 「じゃあ……なぜ邪神体を呼び出しておいて、街や人を壊すのを放っておくんですか!?」  シエリオは、悲しげに微笑んだ。 「みなさんは……まだ本当の真理を理解していらっしゃらないのですね」  その声には、怒りも敵意もなかった。 「大いなる神様を、人間が管理することなど不可能なのです。ですから……私は神様を、あの静かな地下へご招待しているのですよ」 「御託はもううんざりだ!」  俺は一歩踏み込む。 「とりあえず、大人しく俺たちと来てもらうぞ!」  それでも、シエリオの笑みは崩れない。 「申し訳ありません。いまはまだ……その時ではないのです」  そう告げると、シエリオはくるりと身を翻した。 「だから待てって言ってるだろ! ……くそっ……ここまで来て逃がすか!」  俺は右手を振り抜いた。  空中へ飛ばした水滴が、瞬時に青白い氷へと変わる。  氷は床を滑るように伸び、シエリオの足元へ迫った。  だが――シエリオは焦ることなく右手を前へ差し出し、そっと手を合わせた。 「どうか……私に、力を貸してください」  その祈りが誰へ向けられたものなのか、俺には分からなかった。  次の瞬間、廊下の隅に置かれていた白い布が、不自然に持ち上がった。  その下から現れたのは――青白い肌をした人間の遺体。  遺体は、関節が外れたかのようなぎこちない動きで立ち上がった。 「……なっ……何だあれ!?」  俺は思わず足を止める。  遺体が俺たちの前へ立ちはだかった。  碧羽が素早く訓練用の弓を構える。 「蒼太、気をつけて! シエリオは覚醒者だよ!」 「くそっ……!」  俺は目の前の遺体を睨みつける。 「能力は……『遺体を操る』か!?」  遺体がガクガクと身体を揺らしながら、腕を振り上げた。  そして俺に向かって振り下ろしてくる。  俺は身体を横へ開き、間一髪で回避した。 「碧羽!」 「任せて!」  碧羽が弓を引き絞る。  放たれた矢は風をまとい、鋭い音を響かせながら遺体の足元へ突き刺さった。  足を封じられた遺体が、ぐらりと身体を揺らす。  その隙を逃さない。  俺は空中の水滴から氷柱を生み出した。 「これで――!」  放たれた氷柱が遺体を貫く。  ドスッ!  遺体は、そのまま床へ崩れ落ちた。  それきり、遺体は動かなかった。  俺はすぐに前方を睨みつけた。  だが――そこにシエリオの姿はなかった。  廊下の先にある裏口の扉だけが、風に揺れて開いている。 「……逃げられたのか!」  俺と碧羽は扉を押し開け、外へ飛び出した。  教会裏には、人通りの少ない寂れた道路が続いている。  少し先には、一台の黒塗りの高級車。  その助手席へ、シエリオが乗り込もうとしていた。 「だから止まれって言ってんだろ――っ!!」  俺は地面を蹴り、一気に距離を詰めようとする。  碧羽も弓に矢を番えた。  だが――俺たちと車の間を、一人の一般人が歩いていた。 「……くっ!」  矢を撃てない。  氷も使えない。  一般人を巻き込むわけにはいかない。  ほんの一瞬の躊躇――それだけだった。  シエリオは車内へ乗り込み、ドアを閉める。  窓がゆっくりと開いた。  シエリオは最後まで穏やかな笑みを浮かべていた。 「ではまた……お会いしましょう」  黒い車が、静かに走り出す。 「待てっ!」  俺は追いかけようとした。  だが、黒い車は瞬く間に遠ざかっていった。 「……くそっ! 逃げられちまった……!」  碧羽も悔しそうに弓を下ろした。 「仕方ないよ……一般人を巻き込むわけにはいかないからね」  碧羽はため息をつくと、ポケットからスマホを取り出した。 「もしもし、風宮さん!」 『先ほど日向から報告を受けている。シエリオ・トグレイは確保できたか?』 「一般人を盾にされて、車で逃走されてしまいました」 『了解した。お前たちはすぐ日向と合流しろ。地下の状況を確認するんだ』 「了解しました!!」  通信が切れる。  俺は教会を振り返り、拳を握った。 「橙真は……大丈夫だよな」 「うん。でも……咲も一緒だし、心配だよね」  碧羽の言葉に、俺は黙って頷いた。 「急ごうぜ!」  二人は向きを変え、橙真と咲が向かった地下へ向けて走り出した。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳