遥 / 第87話

87話 山中の戦い

 神社南西。  急斜面が連なる山の中腹を、俺――橙真は空中から見ていた。  ラファエルの結界に包まれているにもかかわらず、山の斜面は激しく揺れ続けている。  大きく崩れた土砂が斜面を勢いよく滑り落ち、周囲の木々を倒しながら、凄まじい音を響かせていた。  その破壊の中心には、巨大な邪神体がたたずんでいる。  六本の太い脚を土へ深く突き立て、不気味な低い声を上げていた。  ラグエルは身の丈を超える大斧を肩に担ぎ、力強く構える。 「蒼太、俺は前へ出る。援護は頼んだ」 「了解」  その瞬間、邪神体が山全体を揺らすほどの咆哮を上げた。 「ゴォォォォッ!!」  六本の太い脚が、同時に地面を強く叩きつける。 「ドォンッ!!」  激しい衝撃とともに、山肌が大きく崩れ始めた。  大量の岩と土砂が激しい流れとなり、二人へ迫っていく。 「来るぞ!」  ラグエルが叫ぶ。  蒼太は素早く一歩踏み出し、両手を前へかざした。 「凍れ!」  放たれた水滴が一斉に凍りつき、二人の前に巨大な氷の壁を作り出す。  さらに氷の壁から無数の氷柱が突き出し、転がり落ちてくる岩を次々と砕いていった。  土砂の勢いも、氷によって大きく弱まる。 「すごいな!」  ラグエルが感心したように声を上げた。 「これなら一気に攻められるぞ!」 「お願いします」  ラグエルは力強く地面を蹴り、前方へ突進した。  大斧を頭上高く振り上げ、邪神体へ真っ直ぐ飛び込む。  邪神体も二人を迎え撃つように、太い前脚を力任せに振り下ろしてきた。 「ガァン!!」  斧と巨大な脚が激しくぶつかり合う。  凄まじい衝撃だけで、周囲の木々が大きく揺れ動いた。  蒼太は一定の距離を保ちながら、再び両手を前へ向ける。 「凍れ!」  邪神体の足元から、白い氷が一気に広がっていく。 「ガキガキガキッ――!」  二本の脚が瞬く間に分厚い氷に包み込まれた。  だが、邪神体は力任せに脚を動かす。 「バキィン!」  氷は一瞬で砕け散った。 「やっぱり、簡単には止まらないか」  蒼太が息を吐き出した、その時だった。 「……!?」  急に身体の、動きが止まった。 「なんだ、これ!?」  ラグエルが異変に気づき、素早く振り返る。 「蒼太!」  蒼太は必死に足元へ視線を落とした。  そこにあったのは、自分の影。  その影が、邪神体の伸びた巨大な影とぴったりとつながっていた。 「影を縛る力か!」  邪神体が蒼太の動きを封じた隙を見逃さず、巨大な脚を振り上げる。  しかし――。 「させるかぁ!」  ラグエルが一瞬で間へ飛び込み、大斧の側面で攻撃を正面から受け止めた。 「ガァン!!」  激しい金属音が森全体へ響き渡る。 「蒼太! 影を断ち切れ!」 「了解!」  蒼太は足元へ水滴を飛ばした。  水滴が地面へ落ちた瞬間、一気に白く凍りつく。  氷の反射によって光が乱れ、足元の影が揺らいだ。  そして――身体を縛っていた影のつながりが途切れる。 「動ける!」  蒼太はすぐさま後方へ飛び退いた。  ラグエルも邪神体と距離を取り、静かに目を細める。  その瞳が、邪神体の巨体をじっと見つめた。 「見えた」  小さく呟く。  蒼太は邪神体から目を離さないまま叫んだ。 「何が見えた!?」 「核の位置だ。だが、一つじゃない」 「どこにある?」  ラグエルは大斧を構え直した。 「六本すべての脚、その付け根だ」  蒼太は六本の脚を注視し、深く息を吸い込んだ。 「あれ全部か……」  邪神体は再び、地響きのような低い声を上げた。  六本の脚が地面を踏み締める。  次の攻撃が始まろうとしていた。  そして――六本の脚が一斉に地面を叩き割った。 「ドドドドドッ――!!」  斜面が一段と激しく崩れ始める。  大量の土砂と無数の岩が一気に崩れ落ち、蒼太とラグエルへ襲い掛かった。 「蒼太!」 「分かってる!」  蒼太は前へ両手を突き出す。  周囲の水分が集まり、無数の鋭い氷柱が空中へ立ち現れた。 「行け!」  氷柱が一斉に土砂へ突き刺さる。  岩を砕き、土砂を凍らせ、その勢いを弱めていく。  しかし、その隙を狙うように邪神体が迫ってきた。  六本の脚で地面を蹴る。  巨大な影が、再び蒼太の足元へ伸びていく。 「しまっ――」  その瞬間だった。  上空中央からを見守っていた俺は、声を張り上げた。 「蒼太! 今だ!」  右手をまっすぐ突き出す。  手のひらから解き放たれた温かな白い光が、一直線に蒼太へ降り注いだ。 「!」  光が身体を包み込む。  身体が一気に軽くなる。  視界も鮮明になり、迫り来る影と土砂の動きがはっきりと見える。 「これならいける!」  蒼太は一気に後方へ跳んだ。  迫る影縛りをかわしながら、空中で両手を大きく広げる。 「凍りつけ!」  着地と同時に――。 「ガキガキガキッ――!」  邪神体の六本の脚が、同時に付け根から凍りついた。  六本の脚の動きが完全に止まる。  邪神体は強引に暴れようとするが、蒼太の冷気で固められた氷はびくともしない。  ラグエルが豪快に笑った。 「十分すぎるぞ!」  大斧を両手で握り直し、一気に踏み込む。 「これで終わりだ」  蒼太も空へ向けて手をかざした。  頭上に六本の巨大な氷柱が現れる。  鋭い先端は、それぞれ邪神体の脚の付け根――核の位置を狙っていた。 「行け!」  ラグエルが大斧を全力で振り下ろす。  同時に、六本の氷柱が一直線に飛び出した。 「ドォォンッ!!」  大斧が一つ目の脚の付け根を叩き割る。  直後、氷柱が残る五つの核を正確に射抜いた。 「――パキン!」  甲高い乾いた音が、連続して森に響き渡る。  六つの核が、ほぼ同時に粉々に砕け散った。  邪神体は苦しげに巨体を震わせる。  やがて、その身体は白い粒子へと変わり、夜の闇へ溶けるように消えていった。 ***  しかし――邪神体が消えても、山の揺れは完全には収まらなかった。  崩れかけた斜面から、なおも危険な土砂が滑り落ち続けている。  蒼太は深く息を整え、斜面へ向けて静かに両手をかざした。 「これ以上は崩させない!」  強い冷気が地面を這うように駆け抜けていく。  流れ落ちていた土砂が次々と凍りつき、崩れかけていた斜面が少しずつ安定を取り戻していった。  ラグエルは、その頼もしい姿を見つめて静かに頷く。 「崩れる土砂を止めるなんて、見事だな」  蒼太はラグエルに身体を向け直した。 「……放っておけないだけです」  ラグエルも穏やかな笑みを浮かべる。 「そうか。でも、本当に見事だぞ」 「ありがとうございます」 ***  戦場の中央、上空。  俺は山の激しい揺れがすっかり収まっていく様子を見届け、深く息を吐いた。 「これで、三体とも討伐完了かな」  隣で俺を支えてくれていたラファエルが、静かに目を閉じる。 「うん。神社に現れた邪神体は、すべて無事討伐されたよ」  神社を包み込んでいた光の結界の中に、ようやく穏やかな静寂が戻り始めていた。  だが――この静寂が、長く続くことはなかった――。  そのことを、この時の俺たちはまだ誰も知らなかった。

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