遥 / 第78話

78話 人間と天使

 ガブリエルはゆっくりとまぶたを開くと、真っ先に俺――橙真へ視線を向けた。 「なんだ、橙真。何か用事でもあるのか?」 「ああ、ごめん。何か用事でもあったか?」 「いや、こっちは用事は別にない。それで、俺を呼んだ用件は何だ?」 「えっと、ガブリエルに紹介したい人がいるんだ」  ガブリエルは急かす様子も見せず、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。  俺はすぐ横に立っている風宮さんへ視線を向け、紹介を始める。 「ガブリエル、まず俺の隣にいる人から。この人は防災対策課・隊長の風宮颯斗さんだ」 「初めまして。ガブリエルだ」 「今紹介された風宮颯斗だ。よろしく」  その隣に立っていた花江さんも、一歩前へ出る。 「私は情報通信管理室室長の花江光莉です。よろしくお願いします」 「よろしく」  短い挨拶が終わる。  すると風宮さんは余計な言葉を挟むことなく、すぐに本題へ入った。 「いきなりで悪いのだが、単刀直入に聞かせてほしい。ガブリエルが知っていることを教えてもらいたい」 「俺が知っていることか?」 「ああ。たとえば……天使についてだ」 「……俺のことは呼び捨てでいい。あと、これからは敬語も使わなくていいぞ」 「そうか。では、これからはそうさせてもらう」 「ああ、それで頼む」  ガブリエルは少し考えるように腕を組み、それから淡々と口を開いた。 「それで、今の天使についてか。現在この世界で活動している天使は、俺を含めて六人しかいない」 「六人……」  風宮さんの表情がわずかに険しくなる。 「それぞれの役割を担いながら、世界の均衡を守っている。ただ、お前たちが言う邪神体が出現した場合は、天使同士で集まり、討伐を最優先にする。簡単に言えば、そんなところだろう」 「なるほど……つまり、邪神体が出現した場合には、六人の天使が共同で対応することもあるわけか」 「ああ。必要ならなばだ」  その言葉を聞いて、俺は以前戦った大剣の天使の姿を思い出した。  たしかに、あのとき、ガブリエルだけではなかった。  弓を持った天使と、杖を持った天使。  少なくとも、俺は三人の天使が同時に動いているところを見ている。 「では、次に『扉と鍵』について何か知っていることはあるか?」 「現時点で俺が知っていることは、前に橙真へ話したことだけだ」 「そうか……」  会議室に、再び重苦しい沈黙が広がった。  風宮さんは深く腕を組み、しばらく黙ったまま思考を巡らせている。 「……つまり、現時点で判明しているのは、それだけということか」 「ああ、そういうことになるな」 「なるほど……了解した」 ***  全員が一息ついた、その瞬間だった。  ――コンコンコンッ!  会議室中に激しく響き渡るノックの音。  直後、会議室の扉が勢いよく開いた。 「失礼します! 風宮隊長! 花江室長! 邪神体の出現を確認しました!」  風宮さんが即座に立ち上がる。 「出現場所と状況はどうなっている!」 「場所は……一体目は中央オフィス街です! 周辺の道路や建造物が溶ける現象が発生しています! さらに、もう一体も確認されています! 三角州の河川付近で同時に邪神体を確認! 周辺地域では急激な増水と水位上昇を観測しています!」  二体同時の邪神体出現。  その報告が告げられた瞬間、会議室の空気が一変した。  先ほどまでの静かな情報共有の空気など、もうどこにもない。 「オフィス街か……」  風宮さんが小さく呟く。  花江さんもすぐに職員へ指示を飛ばし始めた。 「周辺住民への避難誘導を開始してください。被害範囲の特定も急いで」 「了解しました!」  次々と職員が動き出す。  その中で、ガブリエルだけは冷静な表情を崩していなかった。  そして、静かに一歩前へ出る。 「一つは、俺たち天使が対応させてもらおう」 「……了解した。では、どちらに向かう?」 「三角州に出現した邪神体を任せてもらおうか。すぐに仲間を呼ぶ」 「……仲間か」  その言葉と同時に、俺の頭の中に蒼太、碧羽、咲の顔が浮かんだ。  ガブリエルは俺の方を向き、わずかに柔らかな笑みを浮かべる。 「ああ。さっき言った六人の天使たちだ。俺一人で立ち向かうわけじゃない」 「分かった。三角州の邪神体はお前たち天使に任せる。俺たち人間側が中央オフィス街へ急行する」 「ああ、任せろ」  ガブリエルがそう答えた直後、会議室の中に緊張が走った。  天使と人間。  これまで別々に動いていた二つの存在が、初めて同じ目的を掲げ、それぞれの戦場へ向かおうとしている。  風宮さんはすぐさま俺へ視線を向け直した。 「日向、水沢と風間に連絡は取れるか?」 「はい。すぐに取ります!」  俺はスマホを取り出した。  同時に出現した二体の邪神体。  そして、二つに分かれる戦場。  中央オフィス街へ向かう俺たち人間と、三角州へ向かうガブリエルたち天使。  これまで交わることのなかった二つの勢力が、それぞれの戦場へ動き始める。  この先で待ち受ける戦いが、これまでとはまったく違うものになることを予感しながら――俺はスマホを握り締め、仲間への連絡を始めた。

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