遥 / 第15話

15話 あの日の帰り道

 土曜日の午後一時過ぎ――。  土曜日の学校は平日とは違い、どこか静まり返っていた。  校庭の方では、陸上部の練習が終わったばかりなのか、数人の生徒が帰り支度をしているのが見える。  正門の前には、すでに蒼太と碧羽の姿があった。二人とも学校指定のジャージ姿だ。  蒼太はスポーツバッグを肩に掛けながら、ふぅ、と大きく息を吐いていた。 「やっぱり……腹減ったなー」 「部活が終わってから、ずっとそれしか言ってないよね」 「だってさ、本当に腹が減ってるんだよ!」  その時だった。 「こんにちは!」  咲がパタパタとこちらへ駆け寄ってきた。  私服姿の咲を見て、碧羽が少し目を丸くする。 「咲の私服、新鮮だね。すごく似合ってるよ」 「あ、ありがとうございます!」  咲が照れたように微笑む。  その直後――。 「待たせた?」  俺――橙真は左耳のイヤホンを外しながら、正門の前へやってきた。  俺に気づいた咲は、軽く頭を下げる。 「こんにちは、橙真先輩」 「うん、こんにちは。……咲、私服すごく似合ってるぞ」 「あ……ありがとうございます! 橙真先輩も、すごくお似合いですよ!」  素直に褒められ、頬を染める咲。  それを見た蒼太は、ニヤニヤしながら俺たちの顔を見つめていた。 「橙真、お前最初から飛ばしすぎじゃないか?」 「は? 何が」 「これだから無自覚な鈍感くんは困るんだよなー」 「いや、だから何のことだよ……」 「まあいいや! 全員揃ったことだし、行こうぜ!」 「おい蒼太、答えろよ!!」 「答えは自分で考えろよ」 「そうだよ、橙真。これは自分で答えを見つけないとね」 「碧羽まで何なんだよ……」  そんな会話を交わしながら、俺たち四人は学校を後にした。  土曜日の街並みは穏やかだった。  初夏の爽やかな風を感じながら、俺たちは目的地へ向かって歩いていた。 「それで……今、どこに向かって歩いてるんですか?」  咲の質問に答えるように、俺は隣を歩きながら話し始めた。 「俺たちが初めて怪物と出会って、必死で戦った場所だよ。ここからだと少し遠いけど」 「たしかに、歩くと少し遠い場所だなー」 「向かう途中で、俺たちの『最初の戦い』について話すよ」 「もう三年前くらいになるのかな……」 「うん。そうだよね」  碧羽が懐かしそうに目を細める。  俺も、遠い記憶を辿るように深く頷いた。 「確か、俺たちが中学二年の時だったかな」 「そんな前からなんですね!」 「その頃、俺は蒼太と同じクラスで、碧羽だけ別のクラスだったよな」 「うん。同じ学年だったけど、あの頃はほとんど話したことがなかったよね」 「今じゃ信じろと言われても、誰も信じられない話だけどな!」  蒼太が大声で笑う。  咲はそんな俺たち三人の話を、興味深そうに聞いていた。 「その日も……普通の日だったんですか?」 「普通の日だった……はず。少なくとも、怪物が現れるまでは、どこにでもある、いつもの放課後だったと思うよ」 「俺なんて、帰りにコンビニ寄ることしか考えてなかったしな!」 「お前は今も昔も、そういうところは全く変わらないだろ」 「うっ……否定は……できねぇな」  四人の間に、楽しげな笑い声が広がった。  新緑の木々を揺らして、涼しい風が吹き抜けていく。  その風を感じながら、俺はふと空を見上げた。 「あの日も……こんな風が吹いてたかな」  そう呟いた瞬間、胸の奥に遠い記憶が蘇る。  あの日。  俺たちの人生が、大きく変わった日。  そして――三人が仲間になるきっかけとなった、最初の戦い。  俺たちは咲に向かって、すべての始まりとなった記憶を語り始めた。 ***  三年前の春、放課後。  中学校の放課後のチャイムが、静かな校内に響き渡っていた。  傾きかけた夕日が、教室の床と机を赤く染めていく。  当時、中学二年だった俺は、かばんを手に席を立った。  その背後から、聞き慣れた声が飛んできた。 「帰るぞ、橙真!」  蒼太だった。  まだ、自分たちに特別な力があることも。  怪物という存在が、この世界に潜んでいることも。  そして、これから自分たちを待ち受ける、信じられない出来事のことも。  俺たちは、何も知らなかった。 「今日、部活ないのか?」 「おう、休みだってさ!」 「珍しいな」 「たまにはそういう日もあるだろ」  俺たちは笑い合いながら教室を出た。  静かな廊下を歩き、階段を下りて昇降口へ向かう。  下駄箱で靴を履き替えながら、蒼太が嬉しそうに言った。 「今日、コンビニ寄っていくか? 新作のアイスが出たらしいんだよ!」 「おい、まさかそれが目的で俺のこと誘ったのかよ」 「そうそう! 大正解! よく分かってんじゃん、俺のことー」 「そりゃあ幼馴染だからな。そんなことだと思ったよ」 「さすが俺の幼馴染! 付き合いが長いだけはあるぜ」 「まあ、たしかにな」  そんなくだらない会話を交わしながら、俺たちは校門を出た。  肌を撫でる、夕方の心地よい風。  見慣れた道。  いつもの会話。  何も変わらない、穏やかな放課後。  恐ろしい怪物のことも。  自分たちの手に宿る、特別な力のことも。  これから自分たちを待ち受ける、信じられない出来事のことも。  あの時の俺たちは、まだ何も知らなかった。  この何気ない帰り道が、俺たち三人の運命を変える最初の一歩になることを。  俺と蒼太は、いつもの帰り道を二人で並んで歩き始めた。

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