おやまみかげ(・8・) / 第2話

2句 白銀

「ねぇ、朔夜でしょ?」    憩はさらに近づくと、4年前よりさらに背が伸びた朔夜を見上げた。   「……いえ、どなたと勘違いされているのでしょう」    朔夜と呼ばれた青年は、冷たく突き放すと目を逸らす。  まだしらばっくれるつもりなんだ……。  それなら、こちらにだって考えがある。  憩は鼻を鳴らし腕を組むと、さらに詰め寄った。   「……そう。朔夜でないとするならば、あなたとても無礼な方ね。総司令の孫娘である私の発言を否定した挙句、目を逸らすなんて」    憩は金色の瞳で青年をじっと見つめた。    これで本当に朔夜じゃないのなら、すぐに謝罪をするはず。  私の立場を聞いて、不遜な態度は取れないんだから!    そんな憩の姿に青年は、ふっ、と笑った。   「相変わらず口が達者だなぁ、|い《・》|こ《・》は」 「その呼び方、やっぱり朔夜じゃない!!」    |い《・》|こ《・》という呼び方は、朔夜がつけた憩の愛称だ。  久々の再会に、憩の金色の瞳が揺れる。   「朔夜、おかえり。ずっと、ずっと会いたかった……」    会えなかった時間を埋めるかのように、憩は朔夜の胸に飛びつく。   「ただいま。遅くなって悪かったな」    そんな昔と変わらぬ距離感に戸惑いながらも、彼は少女の頭を優しく撫でた。    |杣《そま》 |朔夜《さくや》。  17歳を迎えた日に南方の調査へ派遣され、憩との再会は4年ぶりだった。   「ううん。無事に帰ってきてくれてよかった!」    憩はにっこりと笑いながら朔夜を見上げる。   「つーかお前、こんなとこで何してんだよ」  もう正体を隠す必要も無くなった朔夜は、語気を強める。    いこは幼い頃から、許可が下りない限り外出ができなかった。  こんな時間帯、おまけに護衛もなしで許可が下りるはずがねぇ。   「えっと、花火を見に行ってて……」 「1人で?」 「うん……」 「護衛も付けずに?」 「うん……」 「爺さんの許可は得たのか?」 「お祖父様が許可してくれないから、いつも通り窓から下りてきた……」 「お前、まだ窓から脱走してんのかよ」    朔夜は呆れた声を出す。  こいつ、4年前と何も変わってねぇ……。  とんでもねぇお嬢様だ。   「だって、今日はどうしても外に出たくて……」    花火大会。それは憩にとって、とても大切な日だった。   「まぁ、爺さんもお前が脱走することはわかってたってことだ。そうじゃなきゃ、俺だってわざわざこんなとこ通らねぇし」 「どういうこと?」 「俺は爺さんに言われて、この通りを巡回してたんだ。それが終わったら帰ってこい、って言われてよ」 「……だったら、許可してくれればいいのに」    自分の行動が全て黄山に見抜かれていたことを知り、憩は頬を膨らませた。   「そうもいかねぇだろ。お前を外出させるとなると、特務部隊出さなきゃなんねぇし」 「それがおかしいの!! お兄様もお姉様も自由に外に出てるのに!!」 「はいはい。いいからさっさと帰んぞ」  話を適当にあしらうと、朔夜は辺りを警戒しつつ先を歩いていく。   「ちょっと待って!」    憩は小走りでそれを追いかけた。    屋敷へと着くと、それはそれは大騒ぎだった。   「憩様!! 心配していたのですよ!!」    憩の専属である|矢桐《やぎり》が、少女の両肩を掴み揺らす。  もう何回、こうやって叱られたかも数えていない。   「矢桐さん、申し訳ありませんでした」 「全く!! 何度言えば窓からの脱走をやめていただけるのですか!? 次は本当に|閂《かんぬき》を掛けますからね!!」 「ごめんなさい……」    憩は謝りつつも朔夜の方にちらりと目線を送る。   「それはいこが悪いんだろ」    ため息混じりの呆れた顔で、あっさり見放された。   「朔夜様もご立派になられまして。黄山様が中でお待ちですよ、こちらでございます」  矢桐に連れられ、2人は書斎へと移動した。  矢桐が扉を叩くと、入室の許可が下りた。  憩が書斎の扉を開け、朔夜はそれに続いて入室する。   「失礼いたします、お祖父様」 「失礼いたします。杣 朔夜、ただいま戻りました」 「うむ、朔夜よ久しいな。元気そうで安心したわい。此度の遠征での話も聞いておる。大活躍だったようじゃな」    黄山は誇らしげに、そして嬉しそうに笑った。  総司令という立場上、顔を合わせる機会はあったが、今回は久々の再会だった。   「いえ、爺さんが育ててくれたおかげです」  朔夜の言葉を聞き、黄山は満足げに笑う。  しかし、その隣に立つ憩には厳しい視線を送った。   「そして、憩よ……。お前という娘は!! どうしてこうもおてんばなのじゃ!!」    憩を叱るその姿は、大声の割に勢いがない。  握り締めた拳が、僅かに震えていた。   「……申し訳ございませんでした」 「全く……。16にもなって窓から抜け出すなど、|女子《おなご》として品にかけるわい」 「……お祖父様が許可を出してくだされば、私も窓から外に出ません」  謝りつつも、全く反省していない憩の態度に、朔夜が口を挟んだ。   「いこ、爺さんはお前を心配して言ってんだぞ?」 「……何? 帰ってきた途端に、朔夜はお祖父様の味方をするの!?」 「いや、そういうわけじゃねえけどさ」 「味方してるじゃん!! やっと会えたのに!! もういい!!」 「おい、いこ!!」    書斎を飛び出していった憩に、朔夜のその声が届くことはなかった。   「本当に世話の焼ける孫じゃ……」    黄山は白髪混じりの頭をかきながらつぶやく。  何もなかったことを、心から安堵している顔だ。   「爺さん、いこはまだ知らないんですか? |自《・》|分《・》|の《・》|血《・》のこと」 「あぁ、まだ知らんよ。伝えるつもりもない」 「じゃあ、今後もこの生活を送るんですか?」 「……言いたいことはわかっておる。だからこそ朔夜、お主を呼び戻したんじゃからな」    2人が話していると扉を叩く音がした。   「失礼いたします、|旭《あさひ》です」 「うむ、入りなさい」 「失礼いたします、総司令」 「旭よ、|市井《しせい》の様子はどうじゃった」    |相楽《さがら》 |旭《あさひ》。  相楽家の長男で憩の兄。朔夜の先輩にあたる。   「はい。昼間は変わらず|吸血鬼《ヴァンパイア》は上手く紛れているようです。夜間も特務部隊を警戒しているのでしょう。不自然なほど動きはありませんでした」 「うむ。あの地域での行方不明者は日に日に増えておる。引き続きの監視と、早急な対策を頼むぞ」 「かしこまりました」    旭は黄山への報告を終えると、朔夜と向き合った。   「久しぶりだね、朔夜。元気そうで安心したよ」 「お久しぶりです。旭も元気そうで何よりです」  互いの右手首を交差させ、十字を作る。特務部隊式の挨拶だ。   「ところで、旭と朔夜。2人を呼んだのは、新設部隊について話したかったからじゃ」 「新設部隊? 僕も初耳ですが……」  旭は訝しげに、黄山の話に耳を傾ける。   「うむ。今日まで極秘に動いていたからな」 「俺たちに話したってことは、もしかして……」  何かを察した朔夜に、黄山は首を縦に振った。   「その通りじゃ。帝国陸軍特務部隊――|白銀《しろがね》。2人にはそこに所属してもらう」 「随分と急なお話ですね。目的はなんでしょう」 「旭よ、やはりそこが気になるか。白銀を作ったのはな、憩を護るためじゃ」  それまで軽い口調だった黄山の声色が重くなると、2人の表情も引き締まる。  ついに来たか……。  グッと拳を握りしめると、朔夜が口を開いた。   「つまり白銀は公的じゃない、爺さんの私的な部隊ってことですよね」 「そういうことになる。だからこそ……、信用できる5人で構成した」  「お祖父様、憩を護るためとはいえ、そのようなことをしてはお立場が……」 「……儂の地位であの子の苦しみが救えるなら、いくらでもくれてやるわい。それに、白銀も吸血鬼を討伐する部隊に変わりない」    そう話す黄山の目には、力強くも悲しい色が浮かんでいた。  |神《・》|子《・》である、いこを護るための組織、特務部隊・白銀か。  朔夜は、黄山の言葉を胸の中で繰り返す。    俺が、いこにできるのは――。

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