おやまみかげ(・8・) / 第3話

3句 初恋の君

「少しぐらい、味方してくれたっていいのに!!」  せっかく会えたのに、朔夜はお祖父様の味方をするんだから!!    書斎を飛び出した憩は、自分の部屋へと戻っていた。  土で汚れていた着物を脱ぎ捨てると、着替えもせずそのままベッドへ横になる。  朔夜が言うように、お祖父様が心配して言っていることもわかっていた。   「……朔夜はもう、忘れちゃったんだろうな」    朔夜と初めて行った花火大会は、私が初めて朔夜に想いを伝えた日。  10歳だった私のことなんて、朔夜は妹ぐらいにしか思ってなかっただろうけど……。  目を閉じると、あの日の光景が瞼の裏に浮かんだ。   「朔夜、今日の稽古はここまでじゃ」 「はい、ありがとうございました」 「朔夜、お疲れ様!!」    黄山との打ち合いを見ていた憩は、朔夜に手拭いを渡した。   「ありがとな」 「憩よ、稽古は終わったのか?」 「はい。舞の稽古を終えてから見ておりました」 「ふむ、きちんと励んでいるようじゃな。そうじゃ、今日は花火大会がある。朔夜、憩を連れていってきてはくれぬか?」 「花火大会、ですか……」    黄山のその言葉に、朔夜は憩に視線を落とす。   「花火!! 行きたい!! 朔夜、行きたい!!」    普段、屋敷から出られないいこは大はしゃぎだ。  飛んだり跳ねたり回ったり、忙しなく動いている。   「わかりました」 「憩、はしゃぎすぎて怪我をするなよ。朔夜にあまり迷惑をかけないように。いいな?」 「はい!!」    それから2人で歩いて、花火大会へと向かった。   「朔夜! ねぇ見て、花が咲いてる!!」 「危ねぇからあんまりはしゃぐな……」  花火大会は人も多い。  朔夜は憩とはぐれないよう、手を繋いでいた。 「朔夜! お腹すいた!」 「なんか食うか?」 「りんご飴!!」 「腹に溜まんねぇだろが……」  そう言いつつも、屋台でりんご飴を買ってやる。 「ほら、ゆっくり食えよ」 「うん! 朔夜、ありがとう!!」    ヒューー……ドン!!  夜空に大きな花火が打ち上がった。   「わぁ!! すごいね!!」 「あぁ、綺麗だな……」 「私、あっちに行ってみたい!!」    憩は朔夜の手を放すと、一目散に駆け出す。   「おい! 危ねぇから!!」    追いかけるも間に合わず、憩は派手に転んだ。   「大丈夫か!?」 「ごめんなさい……。りんご飴、落としちゃった……」 「ったく、だから言ってんだろ。怪我してねぇか? 痛ぇとこは?」 「……大丈夫、ごめんなさい」    まだ、花火は終わっていない。  しかし憩が転んだこともあり、帰宅することにした。    ……痛い。  転んだときに捻ったのかな、左足がジンジンする……。  でも、朔夜に迷惑をかけたくない。  痛む足を引きずって歩いていた。   「お前、痛ぇなら言えよバカ!! ほら、さっさと乗れ」    憩の様子に気づいた朔夜は、しゃがんで背中を差し出す。   「……大丈夫、自分で歩ける」 「嘘つくな、引きずるほど痛ぇんだろ? 早く乗れ」    朔夜のその言葉に、憩は渋々応じた。   「舞をやる奴は、足を大事にしろ」 「うん、ごめんなさい……」 「別に怒っちゃいねぇよ」    朔夜の背に揺られながら、屋敷へと向かう。  大きくて優しい背中にギュッとしがみつくと、落ち着く匂いがした。   「どうした? 足、痛ぇのか?」 「ううん、違うの。ありがとう」 「これぐらいなんでもねぇよ」 「……朔夜、大好きだよ」 「はいはい、ありがとな……」    憩は目を開けると、大きなため息を吐いた。   「朔夜にとって、私は今も子供なのかな……」  久しぶりに会ったのに、嬉しそうじゃなかった。  私は嬉しくて抱きついちゃったけど、朔夜はどう思ったのかな。    そんなことを考えていると、扉を叩く音が聞こえた。   「どなたですか?」 「いこ、俺だ。開けてもいいか?」 「ちょ、ちょっと待って!!」  着替え、してなかった!!    憩は飛び起きると、浴衣を羽織り袴をはいて扉を開けた。   「お待たせ朔夜、どうしたの?」 「悪い、遅くに……。その、帰ってきて、ちゃんと話してなかったからよ……」 「……その、さっきはごめんなさい。朔夜に八つ当たりしちゃって」 「別に気にしてねぇよ。それより、ちょっと外に出ねぇか? 爺さんから許可もらってるし、いこが嫌じゃなければ……」 「行く! 着替えるから、ちょっと待ってて!!」 「急がなくていい、下で待ってっから」    朔夜は憩の頭をポンポンと撫でると、部屋の扉を閉めた。   「もう!! 人の気も知らないで!!」    憩は顔を真っ赤に染めながら着替え始める。  フリル付きの白いブラウスの上に|葡萄色《えびいろ》の羽織を重ねた。  羽織の胸元には、母の形見である銀製の華奢な簪を忍ばせる。   「これでよし!」    本当は背中まである髪も結いたいけど、これ以上朔夜を待たせたくない。  憩は部屋を出ると、彼が待つ玄関へと向かった。     「朔夜、ごめんね。お待たせ!」    手すりに寄りかかり、本を読んでいた朔夜に声をかける。  憩に気づくと、読んでいた本を大切そうに胸ポケットにしまった。   「別に、そんな待ってねぇよ。髪、結わなくていいのか?」 「うん、大丈夫! これ以上待たせるのは嫌だし」 「そうかよ。じゃあ、後ろ向け」    憩は疑問に思いながらも、言われるがままに後ろを向く。  スッと朔夜の手が、憩の髪を梳いた。   「ちょ、朔夜!? 何してるの!?」 「お前が髪結ってこねぇから」 「それは、待たせたくなくて……」 「なら、俺が結えばいいだろ」    朔夜は、器用に両サイドの髪を編み込むと、ハーフアップを作る。  結び目の中央に、|葡萄色《えびいろ》の大きなリボンを飾った。   「できたぞ」 「すごい、ありがとう朔夜! このリボンはどうしたの?」    窓ガラスに映る、かわいい葡萄色のリボンを見つめる。   「それは……、任務で京に行ったときに見つけたんだよ。いこ、葡萄色好きだろ? だから、似合うと思って……」 「覚えててくれたの?」 「まぁ、忘れはしねぇよ」 「ありがとう、ずっとずっと大事にする!」 「それより、早く出るぞ。あんまり遅くなると、爺さん心配するからな」    嬉しそうにリボンを撫でる憩から目を逸らすと、朔夜は玄関の扉を開けた。   「ねぇ、どこに行くの?」 「どこも行かねぇよ、散歩だ散歩」 「そっか、せっかく朔夜が髪結ってくれたのに」 「これからはいつでも結ってやるよ。つーか遅ぇな。すぐ来るんじゃねぇのか」 「誰か来るの?」 「あぁ、|細小波《いさらなみ》が迎えに来るって言ってたんだけどよ」 「|漣《れん》様が!?」 「……なんか、嬉しそうだな」 「うん! 漣様に会うのも久しぶりだから」 「……そうかよ」    2人がそんな話をしていると、門戸の前に車が停まった。   「悪い悪い! 遅くなったわ!」    言葉の割に全く悪びれない様子で車を降り、手を振りながらこちらにやってくる。   「おい、遅ぇんだよ|細小波《いさらなみ》。待ちくたびれたわ」 「お前さ、俺一応先輩なんだわ」    |細小波《いさらなみ》 |漣《れん》。  憩の兄である旭と同期で、憩のことも幼い頃から知っている。   「漣様、お久しゅうございます」 「おう憩!! 久しぶりだな。お前、また美人になったなー!!」  漣は憩の頭をガシガシと力強く撫でた。 「漣様、髪が乱れますので……」 「テメェ、気安く触ってんじゃねぇよ!!」  漣の手を、朔夜が思いっきり払い除ける。   「お前さ……、もう少し優しくしてくれてもよくね!?」 「優しくされてぇなら、行動を改めろ」  今にも噛みつきそうな朔夜を見て、漣はやれやれと手を挙げる。 「はいはい、悪かったよ。んで、どこ行けばいいわけ?」 「いこ、|細小波《いさらなみ》が乗せてくれるってよ」 「よろしいのですか?」 「いいぞ! |杣《そま》、お前が先に乗れ」    朔夜は漣に言われるまま、先に車へ乗り込んだ。   「憩、足元に気をつけろよ」 「はい! これぐらいなら舞もやっていますし、大丈夫です!」    憩は意気揚々と、車のランニングボードに足をかける。   「あっ……!!」    ブーツの底が滑り、体勢を崩した。   「バカ!!」    グイッと朔夜が憩の腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せる。  その勢いで、葡萄色のリボンが歪んだ。

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