⛰️終末 金剛山 / 第33話

Echo 01 『 春の陽光 』

異世界転生ナシ x 学園日常ハーレム x 異能ファンタジーバトル x SF怪異ホラー 平成の黄金期に毒された読者大歓迎 毎日19:00に更新、ラストまで予約投稿しているためご安心ください。  * * * サントラ イメージソングはこちらからどうぞ https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356 対応番号 : 3
「ゆうき~! 早く起きないと遅刻するわよ!」  耳元で|響《ひび》いた母さんの|怒声《どせい》に、浅い眠りが無理やり引き|剥《は》がされた。  重たい|瞼《まぶた》を開くと、カーテンの|隙間《すきま》から差し込む朝日が白く|滲《にじ》んでいる。|喉《のど》が少し|乾《かわ》いていた。  俺の名前は、|在原《ありわら》 |由記《ゆうき》。  事故で記憶を失い、今日から|明雲《めいうん》高校の二年生として|編入《へんにゅう》することになっている。  洗面所で顔を洗う。冷たい水が|頬《ほほ》を伝い落ちる|感触《かんしょく》に、ようやく頭が|覚醒《かくせい》していく。鏡の横では、小さな光の粒みたいな立体映像が浮かび、今日の天気や登校時間を機械音声で読み上げていた。  この学校ではAIによる最先端の授業が行われ、生徒には「|精霊《せいれい》」というパーソナルデバイスが|支給《しきゅう》されるらしい。便利な時代——なのだろう。だが記憶のない俺には、そのどれもが少し現実感の|薄《うす》い未来の景色に見えた。  母さんとは似ても似つかない。それでも母さんは、|妙《みょう》なくらい献身的に俺の世話を焼いてくれる。|寝癖《ねぐせ》を軽く整え、玄関の扉を開ける。途端に、春の柔らかな空気が|頬《ほほ》を|撫《な》でた。  そこには|幼馴染《おさななじみ》の|甘奈《あまな》が立っていた。  朝日に|透《す》けた|桜《さくら》の花びらが、彼女の足元でふわりと|舞《ま》う。  風が|吹《ふ》くたび、細い|髪《かみ》が|揺《ゆ》れ、制服のスカートが小さく波打った。  始業式の朝独特の、少し浮ついた空気が通学路に満ちている。 「あ、おはよう」  彼女は俺の姿を見つけると、小さく手を振った。 「待たせちゃってごめん」  俺は足を早めて彼女に近づく。一歩前に|踏《ふ》み出すと、|甘奈《あまな》はまるでそれが当然みたいな顔で笑った。  記憶を|失《うしな》った直後は、彼女が|隣《となり》に立つたびに、無意識に一歩身を引いてしまっていた。  近すぎた。肩が触れそうなほどの|距離《きょり》が、あまりにも自然だったからだ 。けれど最近は、ふと肩が|触《ふ》れ合っても、自然とそのままの|歩調《ほちょう》を保って歩けるようになっている。 「今日は始業式だからって、|夜更《よふ》かししてたんでしょ?」  |甘奈《あまな》が顔を|覗《のぞ》き込んできた。 「……っ」  俺はあからさまに視線を泳がせ、|喉《のど》を鳴らした。 「何してたか、当ててみようか?」  |悪戯《いたづら》っぽく|微笑《ほほえ》む彼女から、|慌《あわ》てて顔を|背《そむ》ける。 「う、うるせぇ……」  通学路を並んで歩く。|川沿《かわぞ》いに差しかかった瞬間、|湿《しめ》った風が|頬《ほほ》を|撫《な》で、|微《かす》かな|潮《しお》の匂いが鼻をくすぐった。  シダレヤナギの|若緑《わかみどり》が|陽光《ようこう》を|透《す》かし、水面に細い|影《かげ》を落としている。流れる水音を聞いていると、ふと、入院中の記憶が|脳裏《のうり》を|掠《かす》めた。  耳の奥で、かつての言葉が静かに|蘇《よみがえ》る。  ——「私は昔の|貴方《あなた》を知っています」  |切《せつ》なげに|響《ひび》いた彼女の声を、俺は今も忘れていない。  何もわからなかった俺に居場所を与え、身の回りの世話をしてくれたのは|甘奈《あまな》だった。家族が過去の話題を避ける中で、彼女だけが俺を「昔」と|繋《つな》ぎ止めていた。  まるで、海に沈みかけた人間へ投げられた|錨《いかり》みたいに。 「ねぇ、今エッチなこと考えてたでしょ」 「んなっ!? んなわけあるか!」  俺はあからさまに|動揺《どうよう》して声を裏返した。 「えーその|慌《あわ》てぶり|怪《あや》しいなぁ」  |見透《みす》かすような|瞳《ひとみ》から、|慌《あわ》てて顔を|背《そむ》ける。実際、風に|揺《ゆ》れる|薄《うす》い|生地《きじ》が|描《えが》く|柔《やわ》らかな曲線に目を|奪《うば》われていたのは否定できない。必死に|誤魔化《ごまか》そうとした、その瞬間だった。 「……っっっ止まってぇぇ!!」  |鋭《するど》い悲鳴が春の空を切り|裂《さ》く。  背後から、|凄《すさ》まじい勢いの|気配《けはい》が|迫《せま》っていた。 「うおおおぉぉ!?」  俺は|甘奈《あまな》の腕を引いて横へと|跳《と》んだ。  次の瞬間、ガシャーン!! と派手な金属音が|響《ひび》く。|猛烈《もうれつ》な勢いで自転車ごと突っ込んできたのは、|甘奈《あまな》の妹、|由依《ゆい》だった。 「ごっめーん|甘姉《あまね》ぇ! 今度からちゃんと遅刻しないように|寝坊《ねぼう》しないからさぁ!」  |由依《ゆい》は|派手《はで》に転びながらも、すぐに顔を上げる。 「もう、何度起こそうとしたって|枕《まくら》を投げつけたりするからでしょ」  |甘奈《あまな》が|呆《あき》れたようにため息をついた。 「あ、あれはわざとじゃなくてぇ...」  春の風に乱れた髪を押さえながら、|由依《ゆい》がむくれた顔で|唇《くちびる》を|尖《とが》らせる。 「いつも言ってるけど、朝食を抜かさないようにって言ったら今度はパンを|咥《くわ》えて登校するだなんて...」  |甘奈《あまな》が腰に手を当てて|説教《せっきょう》を始める。 「だって間に合わないんだもん」  |由依《ゆい》は不満そうに|頬《ほほ》を|膨《ふく》らませた。 「だってじゃありません」  |甘奈《あまな》の|厳《きび》しい視線が妹を|射抜《いぬ》く。 「うぅ...」  そんなむっとした顔で妹をしかりつける|甘奈《あまな》を見て、俺の口元は自然と|緩《ゆる》んでいた。胸の奥に|灯《とも》った小さな|灯火《ともしび》が、|強張《こわば》っていた肩の力をじんわりと|抜《ぬ》いていく。  だが、俺を見る目だけはやたらと冷たい。 「また鼻の下伸ばして変なこと想像してるんでしょ。……うわっ、ドン引きー」  |由依《ゆい》が|冷《ひ》ややかな視線をこちらに向ける。 「いや、俺は別に……」  俺は慌てて両手を振って否定した。 「お姉ちゃんにセクハラしてるんでしょ、この|浮気魔《うわきま》」  なぜか俺への当たりだけが強い。怪我をして記憶を失ったのは俺の方なんだが。 「だいたいさぁ、美少女のお姉ちゃんが、記憶もないバカに付き合ってるってほうがおかしいんだよ。…下のお世話までされなきゃ気が済まない|変態《ヘンタイ》のくせに!」  |罵声《ばせい》を浴びせられ、俺は言葉を失う。 「……っ、|由依《ゆい》……!」  |甘奈《あまな》は両手で顔を|覆《おお》い、指の|隙間《すきま》から|覗《のぞ》く耳までを真っ赤に|染《そ》め上げた。  ……下のお世話?  その言葉だけが、|湿《しめ》ったアスファルトにへばりつくように耳の奥へ残る。  |由依《ゆい》はペダルを強く|踏《ふ》み|込《こ》み、|振《ふ》り返ることもなく自転車の|濁音《だくおん》を残して走り去っていった。残された|沈黙《ちんもく》の中、|甘奈《あまな》は小さく肩をすくめ、自身の|爪先《つまさき》を見つめるように深く|俯《うつむ》いた。 「あとで妹をきつくしかっておきますから……|迷惑《めいわく》かけてごめんなさい……」  |甘奈《あまな》は消え入りそうな声で頭を下げた。 「なんで|甘奈《あまな》が|謝《あやま》らなきゃいけないんだ、そりゃあ痛かったけどさ」  けれど、俺の意識は別のところへ引っ張られていた。  ———  入院中。  目覚めた直後に感じた、|妙《みょう》な身体の重さ。  誰かに触れられていたような、|曖昧《あいまい》な|感触《かんしょく》が残る。  白いシーツが|脳裏《のうり》に浮かんだ。  |漂《ただよ》うのは|強烈《きょうれつ》な|消毒液《しょうどくえき》の|匂《にお》い。  熱を持った|柔《やわ》らかな感覚。  ———  あれは、本当に夢だったのか? 「……ねぇ、|由記《ゆうき》君」  |気《き》まずい|沈黙《ちんもく》を|破《やぶ》るように、|甘奈《あまな》が|上目遣《うわめづか》いで制服の|袖《そで》を|掴《つか》みながら|囁《ささや》いた。 「……そういうの、興味あるの?」  |喉《のど》の奥が、カチリと鳴る。 「……ある、よ」  |掠《かす》れた声が、自分のものとは思えないほど熱を|帯《お》びていた。  指先が|微《かす》かに|震《ふる》える。その困ったような笑顔も、何もかもから、視線がどうしても離せなくなる。数秒の|沈黙《ちんもく》。自分でも何を言ったのかわからないまま、無意識に本音が口から|漏《も》れた。  次の瞬間。  パァンッ——と、|乾《かわ》いた|衝撃音《しょうげきおん》が空に|響《ひび》く。  |右頬《みぎほほ》が熱い。 「……っ、このバカッ!!」  |甘奈《あまな》は真っ赤な顔のまま走り去っていった。|舞《ま》い上がった|桜《さくら》の花びらだけが、その後ろ姿を追いかけていた。  取り残された俺は、じんじん|痺《しび》れる|頬《ほほ》を押さえながら立ち尽くす。 「……|昼飯《ひるメシ》、|抜《ぬ》き確定かな……」  ズキズキと痛む|頬《ほほ》。その熱と一緒に、胸の奥でも説明のつかない何かがじわじわと|膨《ふく》らんでいく。その正体がわからないまま、俺は春の|匂《にお》いが残る通学路を|小走《こばし》りで|駆《か》け出した。

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