⛰️終末 金剛山 / 第34話

Echo 02 『 潮風の屋上 』

異世界転生ナシ x 学園日常ハーレム x 異能ファンタジーバトル x SF怪異ホラー 平成の黄金期に毒された読者大歓迎 毎日19:00に更新、ラストまで予約投稿しているためご安心ください。  * * * サントラ イメージソングはこちらからどうぞ https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356 対応番号 : 4
 始業式の|喧騒《けんそう》は、記憶を失った俺の耳にはどこか遠い場所の出来事みたいに|響《ひび》いていた。  体育館には|拍手《はくしゅ》の音が満ちる。  |椅子《いす》の|脚《あし》が|不快《ふかい》に床を|擦《こす》った。  誰かの笑い声が遠くで聞こえる。  |天井《てんじょう》のスピーカーからは、教師の声が|反響《はんきょう》していた。  音の|洪水《こうずい》の中にいながら、自分の|輪郭《りんかく》だけが世界から切り|離《はな》されて浮き上がっているように|錯覚《さっかく》し、ただじっと床の一点を見つめていた。それでも時間は止まらない。  気づけば俺は、二年生からの|編入生《へんにゅうせい》として、新しいクラスの|教壇《きょうだん》に立っていた。  教室中の視線が、|一斉《いっせい》にこちらへ向く。  |窓際《まどぎわ》から吹き込む春の風がカーテンを揺らし、チョークの粉が白く|舞《ま》った。  期待。|好奇心《こうきしん》。|観察《かんさつ》。  様々な感情が混ざった視線が肌に|刺《さ》さる。  |教壇《きょうだん》の|端《はし》を軽く|掴《つか》み、ただ名前と前の学校名だけを短く告げて頭を下げた。黒板の文字がやけに白く見える 。 「|編入初日《へんにゅうしょにち》で|緊張《きんちょう》してる? 大丈夫、この学校の生徒はみんな君を|歓迎《かんげい》しているわ」  |隣《となり》の席からかけられた声に、俺は思わず視線を向けた。  背筋の伸びた姿勢。風に揺れる|黒髪《くろかみ》が美しい。|漂《ただよう》うのは、制服の上からでも分かる|凛《りん》とした空気。彼女は学校の|雰囲気《ふんいき》を簡単に説明し終えると、小さく|微笑《ほほえ》み、|丁寧《ていねい》に頭を下げた。 「自己紹介が遅れたわね。私は|青ノ《あおの》 |晶子《しょうこ》。生徒会長をやってるの。あと、|明雲《めいうん》神社で巫女として手伝いもしているから、|礼儀《れいぎ》には少しうるさいかもしれないけれど……。困ったことがあったら、いつでも相談してね。これからよろしく、|在原《ありわら》くん」  その瞬間、ふわりと|微《かす》かな|香《かお》りが鼻先を|掠《かす》めた。  |石鹸《せっけん》の|清潔《せいけつ》な|匂《にお》い。その奥には、古い|木造神社《もくぞうじんじゃ》のような|乾《かわ》いた木の|香《かお》りが混じる。さらに|仄《ほの》かに|漂《ただよ》う、|線香《せんこう》にも似た静かな|匂《にお》い。まるで夏祭りの|早朝《そうちょう》みたいな空気だった。  息を一つ、深く吐き出す 。|強張《こわば》っていた肩のラインが、自然と|滑《なめ》らかに落ちていく。窓から差し込む春の|陽射《ひざ》しを浴びながら、俺は次の授業の教科書へと指をかけた 。  やがて昼休み。  俺は|甘奈《あまな》がメモに残してくれた場所——|屋上《おくじょう》へ向かった。|階段《かいだん》を|上《あが》るたび、|人気《ひとけ》のないコンクリートの空気が少しずつ冷たくなる。  最後の|踊《おど》り場に|辿《たど》り着き、重たい|鉄扉《てっぴ》に手をかけた。  ギィ、と|鈍《にぶ》い音。次の瞬間、強い|潮風《しおかぜ》が一気に吹き抜ける。 「……っ」  思わず目を|細《ほそ》めた。海の近いこの街の|屋上《おくじょう》は、まるで別世界だった。  どこまでも高い|青空《あおぞら》。フェンスの向こうに広がる|街並《まちな》み。  |潮《しお》の|匂《にお》いを|含《ふく》んだ風が、|肺《はい》の奥まで入り|込《こ》んでくる。教室の熱気が、一瞬で洗い流される感覚。 「だーれだ?」  |不意《ふい》に|背後《はいご》から|柔《やわ》らかい|掌《てのひら》で視界を|塞《ふさ》がれた。  少しひんやりした指先。だが、その|触《ふ》れ方と、耳元で|弾《はじ》けるような声の調子に、脳の奥が|微《かす》かに反応した。 「この声は……|由依《ゆい》、か?」 「あー、バレた。少しはお姉ちゃんみたいな声で|騙《だま》せると思ったのに」  パッと視界を|塞《ふさ》いでいた手が|離《はな》れる。振り返ると、|頬《ほほ》を|膨《ふく》らませた|由依《ゆい》が立っていた。少し遅れて、|甘奈《あまな》が|苦笑《くしょう》|混《ま》じりに歩いてくる。風で|髪《かみ》が|揺《ゆ》れていた。  歩み寄ってきた|甘奈《あまな》がたしなめるように言う。 「|由依《ゆい》、あまり|由記《ゆうき》くんを|試《ため》すような|真似《まね》はしないの」  |由依《ゆい》は|腕《うで》を組む。 「お姉ちゃんが少しは|優《やさ》しくしろって言うからやっただけ。別にこいつを|認《みと》めたわけじゃないし」  ツンとそっぽを向く。だがその視線だけは、|妙《みょう》に|細《こま》かく俺を|観察《かんさつ》していた。  まるで何かを確認するみたいに。 「その……|甘奈《あまな》。朝の件、ごめんな」  風に|掻《か》き消されそうになりながら、俺はなんとか|謝罪《しゃざい》を口にした。  |甘奈《あまな》はフェンス|越《ご》しに|街並《まちな》みを|眺《なが》めたまま、しばらく|黙《だま》っていた。  遠くで電車の走る音が聞こえる。  やがて彼女は、ゆっくりこちらを|振《ふ》り返った。 「……ホントに、|反省《はんせい》した?」  俺は|気《き》まずさに小さく頭を|掻《か》いた。 「ああ。悪かったよ。|由依《ゆい》が突っ込んできて、頭回ってなかったっていうか……」  言い訳じみた言葉を並べた|途端《とたん》、|甘奈《あまな》は|俯《うつむ》いたまま消え入りそうな声で|呟《つぶや》いた。 「反省の……キス、して」 「っ……」  一瞬、|激《はげ》しい|潮風《しおかぜ》の音だけが耳を叩く。|甘奈《あまな》の|首筋《くびすじ》までが赤く染まり、指先が|強張《こわば》る。その場から一歩も動けず、ただ|縋《すが》るように視線を|彷徨《さまよ》わせるしかなかった。  |由依《ゆい》が二人の顔を|交互《こうご》に見つめた後、わざとらしく両手を広げて横から|茶化《ちゃか》してくる。 「おやおやぁ? 男のくせに~ここでビビってるわけ?」 「う、うるせぇ!」 「あはは。でも、お姉ちゃんが|一途《いちず》に好きだって言ってるんだから、私は|応援《おうえん》するよ? ……あんたのことは嫌いだけど」 「……っ!」  |甘奈《あまな》は顔を真っ赤にしたまま、言葉にならない声を|漏《も》らして|俯《うつむ》いた。その瞬間、吹き抜けた風が彼女の髪を大きく|揺《ゆ》らした。  |由依《ゆい》は面白そうに笑いながら、さらに|追撃《ついげき》を|重《かさ》ねる。 「ここ最近、お姉ちゃん、あんたのことですっごい|寂《さび》しがってたんだからね」 「|由依《ゆい》っ!!」 「はいはい、お|邪魔虫《じゃまむし》は|退散《たいさん》しますよーっと」  軽い足音と共に、|由依《ゆい》は|屋上《おくじょう》から去っていった。  再び静かになる。フェンスが風で|微《かす》かに|軋《きし》んでいた。|妙《みょう》に熱を持った|沈黙《ちんもく》の中、俺は|甘奈《あまな》が作ってくれた弁当箱を開いた。  卵焼きは実に|見事《みごと》な黄色に染まっている。  そこには、まだ少し温かさの残る|唐揚《からあ》げが並ぶ。  丁寧に切り|揃《そろ》えられた野菜が|彩《いろどり》りを|添《そ》えていた。  |美味《うま》そうだ。  |蓋《ふた》を開けた瞬間、優しい|湯気《ゆげ》と一緒に甘い|出汁《だし》の|香《かお》りが広がった。  その一つ一つから、|過剰《かじょう》なくらいの|献身《けんしん》が伝わってくる。 「……いただきます」  |箸《はし》を伸ばす。春の|潮風《しおかぜ》が|頬《ほほ》を|撫《な》でる中、俺はその味を静かに|噛《か》み|締《し》めた。 「こんな|平穏《へいおん》な日々が続くといいなぁ」  |甘奈《あまな》は目を細め、|柔《やわ》らかい|陽射《ひざ》しを受け止めるように|微笑《ほほえ》んだ。 「そうだな……」  |箸《はし》を動かす手が自然と|緩《ゆる》む。  卵焼きの優しい甘さが|喉《のど》を通り過ぎるのを確かめるように、俺はゆっくりと|咀嚼《そしゃく》し、最後の一口を飲み込んだ。 「今日も美味しかった!いつもありがとう」  |甘奈《あまな》の|頬《ほほ》が、ほんのりと桜色に染まる 。|弾《はず》むような手つきで弁当箱を受け取ると、両手でぎゅっと胸元に抱きしめるようにしてから、ゆっくりとカバンに収めた。 「|放課後《ほうかご》って|用事《ようじ》ある?」  首を|傾《かし》げる|甘奈《あまな》を前に、俺はカバンを肩にかけ直した。 「……ない」 「そっか、じゃあ一緒に帰ろうか」  |放課後《ほうかご》—— 「そういえば、|由依《ゆい》はどうしたんだ?」 「あぁ…あの子、いつも遅れたりするから、|補習《ほしゅう》受けたりしてるんだよね…アハハ」  |甘奈《あまな》は困ったように眉をひそめ、世話の焼ける妹に手を焼いているのを苦笑した。 「|文武両道《ぶんぶりょうどう》とか言うけどさ、俺は勉強だけでいいかな...」 「あらそう? 私、部活してる|由記《ゆうき》君の姿も見てみたいな」  |甘奈《あまな》の期待の|眼差《まなざ》しが、俺の眼に|映《うつ》り|込《こ》む。 「俺に出来っかなぁ」 「ふふふ……そんなこと言わずに一回だけでもやってみたら?」  |甘奈《あまな》は一歩距離を詰め、|悪戯《いたずら》っぽく首を|傾《かし》げて俺の目をじっと見つめてきた。  春の風に乗って彼女の|香《かお》りが鼻をくすぐる。いつもこんな毎日が続くのも、|案外《あんがい》|悪《わる》くないものだ。 <i1175961|51129>

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