⛰️終末 金剛山 / 第39話

Echo 07 『 虹の架け橋 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356 対応番号 : 13
 ここはどこだ……?これは夢なのだろうか。  まるで意識の糸が一度|千切《ちぎ》れ、別の世界の|織機《しょっき》に|掛《か》け直されたような感覚だ。  俺は、どこまでも|丁寧《ていねい》に作り込まれた庭園のような場所にいた。|踏《ふ》みしめるレンガの小道は、|硬《かた》く|冷《つめ》たい|質感《しつかん》を|足裏《あしうら》に返してくるが、周囲に|漂《ただよ》う|湿《しめ》り|気《け》を|帯《お》びた花の|芳香《ぼうこう》は、|脳《のう》を直接|痺《しび》れさせるほどに甘く|濃《こ》い。  その|迷宮《めいきゅう》のような|緑《みどり》の奥に、一人の少女が立っていた。 「あら、やっと来たのね|異邦人《いほうじん》。私の姉が待ちくたびれてるわよ」 「君は……?」 「そんなこと気にしなくていいの。君は彼女を助けないといけないんだから」  そうだ。俺はハッとした。|喉《のど》の奥にこびりついた|鉄錆《てつさび》の味と、|綾華《あやか》が|庇《かば》った時の|衝撃《しょうげき》が、神経を焼くような|痛《いた》みと共に|蘇《よみがえ》る。 「|綾華《あやか》はどこだ?!」 「そんなに|慌《あわ》てないの。さっさとついて来なさい。話しながら行きましょ」  彼女は俺の|動揺《どうよう》を|置《お》き|去《ざ》りにして、|軽《かろ》やかに、風を抱くように奥へ進んだ。 「なぁ、一体ここはどこなんだ」 「あぁ、まぁ私の意識の中って感じ?| 固有結界《こゆうけっかい》と言ったところかしら」 「君は味方なのか?」 「あら、今の君は|記憶喪失《きおくそうしつ》ってことになってるんだ」 「……以前の俺を知っているかのような口ぶりだな」 「そりゃそうよ。だってこれから会う姉さんは、あなたにとってお母さんみたいな存在なんだから」 「血の|繋《つな》がりがあるって意味か?」 「|比喩《ひゆ》よ|比喩《ひゆ》。あんたの力が|授《さず》けられたのは姉さんのおかげ。一つ良いことを教えてあげる」  彼女は一旦立ち止まり、くるりとこちらに身体を向けた。彼女の|瞳《ひとみ》が、|至近距離《しきんきょり》で|射抜《いぬ》くような光を|放《はな》つ。 「あなたが昔この世界を|統《す》べていた時は、姉さんは女神様なんて言われていたわ。」 「それだけ私の姉は|凄《すご》い人なんだから、時間を|無駄《むだ》に使わないでよね」 「よく分からないんだが、この世界はどうなっているんだ」  彼女が|背《せ》を向けて歩き出した。その小さな背中が、一瞬だけ|夕闇《ゆうやみ》に|溶《と》けるような、|震《ふる》えるほどの|寂寥感《せきばくかん》を|湛《たた》えた気がした。 「……あんたの世界はアノマリーによって、現実の生と|黄泉《よみ》の死が|混《ま》ざり合った世界なのよ」  |真剣《しんけん》な|面持《おもも》ち。彼女の言葉が、|冷《つめ》たい水となって俺の|背筋《せすじ》を|伝《つた》い落ちる。 「人間が作り出した|妄想《もうそう》が次々と|湧《わ》き出て、そりゃ|阿鼻叫喚《あびきょうかん》の|地獄絵図《じごくえず》だったわ」 「そこで|八咫烏《やたがらす》|財団《ざいだん》やエリュシオン|財閥《ざいばつ》と協力してこの世界を|繋《つな》ぎ止めることに成功したの」 「でも次に|訪《おとず》れたのは|主導権《しゅどうけん》の|争《あらそい》い。みんな、あんたを狙っているわ」  |眩暈《めまい》がした。自分の存在が、巨大な重力を持ったブラックホールに変わったような|圧迫感《あっぱくかん》。 「俺の能力が、そんなに|災害級《さいがいきゅう》だってことか?」 「使い道を|間違《まちが》えればね。だからだからこそ、そんなあなたを世界は|見逃《みのが》すはずがない」 「いったい何のために……」  彼女は、|蔦《つた》が|絡《から》まり色とりどりの花とオリーブで|飾《かざ》られたガーデニングドアの前で立ち止まった。 「世界は|終末《ラグナロク》に向かっているの。SCP-K443……太陽がこの世を|灼熱《しゃくねつ》の|地獄《じごく》に変えてしまう。その『 運命の|オートマタ《はぐるま》 』を書き|換《か》えるには、『 時の振り子 』から|主導権《しゅどうけん》を|奪還《だっかん》する必要がある」  一言一言が、石塊となって俺の胃の腑に溜まっていく。 「でも、あなたならきっと大丈夫。さぁ行きましょ」  彼女が|扉《とびら》を|開《あ》けると、まばゆい光の|奔流《ほんりゅう》が|網膜《もうまく》を焼き、俺の身体を|異次元《いじげん》へと|吸《す》い|寄《よ》せた。 「ここからは姉の世界よ。足元を見て|震《ふる》えないでよね」  そこは、虹色の橋が雲の海を|貫《つらぬ》く、物理法則を無視した|極彩色《ごくさいしき》の|領域《りょういき》だった。虹の橋はガラスのように|滑《なめ》らかで、足を|踏《ふ》み出すたびに|足裏《あしうら》から|澄《す》んだ|振動《しんどう》が|伝《つた》わってくる。 「姉さんのところはもう少し先よ。」  彼女は|軽《かろ》やかに虹の橋を歩いて行った。 「そういえばなんだが」 「変な質問はしないでよね。全部姉に聞こえてるんだから」 「君たちをどう呼べばいい?」  彼女は|一拍《いっぱく》置いて答えた。 「私は|岩倉《いわくら》 |光来《みく》。姉さんは|灯里《あかり》よ。呼び捨てでいいわ」 「……|光来《みく》。この世界のことを、どう思っている?」  俺は|綾香《あやか》の言っていた|残酷《ざんこく》な現実という言葉に引っかかっていた。確かに今まで見てきた風景はまるで夢のようだと思っていた。|甘奈《あまな》も、まるで最初から俺のことを知っていたかのように。  彼女は少しだけ考えて答えた。 「|嘘《うそ》の|虚構《きょこう》がずっと存在してる。でもだからこそ、|見《み》え|透《す》いた|嘘《うそ》はすぐにばれる」  |光来《みく》の表情は、喜びと怒りが|混《ま》ざり合い、熱と冷気が同時に顔を出すような、複雑な色を|帯《お》びていた。 「つまらない人間が減ったという意味では過ごしやすいのかもね」 「じゃあなんで君たちは直接俺の前に姿を現さなかったんだ」 「SCPっていう|アノマリー《異象》が出た当初はね、ずっと|犠牲者《ぎせいしゃ》が出ていたの…あの|辻ノ《つじの》姉妹も同じ」 「|先輩《せんぱい》たちが?」 「そう、彼女たちは|アノマリー《異象》に両親を目の前で56されたの」  俺はその言葉に|固唾《かたず》を飲んだ。 「この場所はとても安全なの。|暴漢《ぼうかん》に|襲《おそ》われる心配も無ければ、ならず者に|侵入《しんにゅう》されることだってないし」 「彼女たちに能力が|発現《はつげん》したのはそのあと。記憶力が良すぎてしまったから、きっとあの当時のこと…あなたも含めて覚えているんでしょうね」  俺はそれを聞き、|心臓《しんぞう》を|氷《こおり》の指で|撫《な》でられたような|寒気《さむけ》を覚えた。 「い、いやだとしても俺はただの高校生だぞ」 「あなただけが|若返《わかがえ》りしたとでも言うべきかしら…姉さんがあなたを助けたのよ。感謝してもしきれないくらいにね」 「あなたにもう一度生きる権利を与えてくれた、そのことをしっかり|噛《か》みしめて、姉さんに失礼の無いようにね」  彼女の|笑《え》みはどこか|慈《いつく》しむような顔で俺を見つめながらそう言った。 (命の恩人というわけか…)  俺は空高く太陽の|輝《かがや》くところにある雲の上に|辿《たど》り着こうとしてた。 「さぁ、ここが姉さんのところよ。失礼の無いように頑張りなさいよ」  |光来《みく》は小さな雲を|捕《つか》まえ、それに乗って|下層《かそう》へと消えた。俺は|肺《はい》の奥まで空気を|吸《す》い|込《こ》み、一人、|最上層《さいじょうそう》へと足を踏み入れた。  ———  昼が夜に反転し、太陽の|輝《かがや》きがランプの|淡《あわ》い|灯火《ともしび》へと変わる。どこか|懐《なつ》かしい、虫の音と光が|漂《ただよ》う|静《しず》けさが|心地《ここち》よい|穏《おだ》やかな|静寂《せいじゃく》が|肌《はだ》を|包《つつ》み|込《こ》む。 「あら、お客様?」  奥から聞こえるのは、銀の|鈴《すず》を転がすような、|鼓膜《こまく》を|優《やさ》しく|愛撫《あいぶ》する|可憐《かれん》な声。 「こちらにいらしても|構《かま》いませんわよ」  |辿《たど》り着いた先には、|揺《ゆ》らめく光に|彩《いろど》られたお茶会のような光景があった。 「あら、お久しぶりね。今は…|由記《ゆうき》くんって呼べばいいかしら」  椅子に座る彼女——|灯里《あかり》の|潤《うる》んだ|唇《くちびる》と、|吸《す》い|込《こ》まれそうな深い|瞳《ひとみ》が俺を|射抜《いぬ》く。 「今の君からしたら、はじめましてかな。私が|灯里《あかり》と言います。お会いできて嬉しいわ」  彼女は再会できた親友を|迎《むか》えるかのように|笑《え》みが|溢《あふ》れ、座るように|促《うなが》した。  差し出されたカップ。熱い|陶器《とうき》の|感触《かんしょく》が指に|伝《つた》わり、フルーティな|香《かお》りが鼻の奥まで|華《はな》やかに広がる。 「この紅茶、とても好きなの」 「フルーティな味わいですね…」  彼女の立ち振る舞いすべてが、|熟《じゅく》した果実のような、|芳醇《ほうじゅん》な大人の|香気《こうき》を|放《はな》っていた。 「…少しばかり昔話に付き合ってくれるかしら…あぁ外のことは心配しなくていいんですよ。ここは別の時間軸だから大した影響はありませんわよ」  彼女は|一拍《いっぱく》置いて|懐《なつ》かしむような顔で話し始めた。 「…まだあの頃は、混乱と闘争の世界だった。私も含め、みなが散り散りになって物資の|奪《うば》い合いで|互《たが》いに|傷《きず》つけ合い、心も風紀も乱れた世の中でした」 「そんな中、まるで運命が|手繰《たぐ》り|寄《よ》せたかのようにあなたに出会いました。あなたの言葉に耳を傾け、あなたのその姿に私は一生を|捧《ささ》げようと|誓《ちか》いました」 「私はあなたに力を|授《さず》け、次々と困難を|打《う》ち|砕《くだ》き、いつしかあなたは民衆から『|正義《Justice》の|執行者《Served》』と|称《たた》えられるようになりました」 「しかし権力者たちは|黙《だま》っているはずもなく、あなたの力を根こそぎ|奪《うば》おうとしたのです。名目上は|アノマリー《異象》の超常能力で|民衆《みんしゅう》を|惑《まど》わしたテロリストとして」 「そこであなたは、その力が|途絶《とだ》えてしまわないように、その力を|扱《あつか》える人間22人へ|継承《けいしょう》されました」 「あなたは、その|奪《うば》われた力によって、記憶も身分も存在でさえも消され、|深海《しんかい》の海底に沈められました」 「私はあなたの妻でもあり、母なる女神です。あなたに救われた恩返しとして、私はあなたを|水底《みなそこ》の|淵《ふち》からあなたを探し出しました」  もし彼女の話が本当であれば、俺が|記憶喪失《きおくそうしつ》なのも説明が出来る。 「しかしではなぜ、何もかも失った俺を|狙《ねら》うやつらがいるんだ?」 「それは私が説明するより、見た方が早いでしょう」  彼女はランプを手に取り、空中にふわりと持ち上げたかと思うとゆっくり上昇し、|淡《あわ》い月の光から太陽に変わった。彼女が両手で雲をかき分けるように合図すると、ひとりでに雲は|開《ひら》けた。 「あれを見て」彼女が指を指した方向を見てみるとそこには  赤く染まるおぞましい数の目玉が飛び|交《か》い、樹木のような形をした|超弩級《ちょうどきゅう》|衛星《えいせい》が空を横切るように|佇《たたず》んでいた。あまりの|異様《いよう》さに、|内臓《ないぞう》がせり上がるような|不気味《ぶきみ》な|圧迫感《あっぱくかん》で呼吸が止まりそうになる。 「あの名前はSCP-K618、|通称《つうしょう》『ユグドラシル』。あなたたちが『|精霊《せいれい》』と呼んでいるデバイスはあの『ユグドラシル』によって管理、|監視《かんし》されているのですよ」 「あなたはこの世界にとって『|異分子《いぶんし》』なのです。私とあなたによって|顕現《けんげん》した『|奇跡《きせき》』は、彼らの|監視《かんし》社会にとって不都合な存在として見られています」 「つまり俺たちはどこにいても狙われる身だというのか?」 「確かにそうとも言えます。この中は外からも|検知《けんち》できないので基本的に大丈夫ですけれど」  彼女はカーテンを閉めるように雲で空を隠し、太陽を手に取ってランプに取り付けた。 「そろそろ寝ましょう。あなたも身体を休めないと」 「えっと…それってつまり?」 「えぇ、私と一緒に寝るんですよ。それがどうかしたんですか?」  こんな|絶世《ぜっせい》の美女と寝るだなんて…恥ずかしすぎる。  いやね?一応元夫?と言えばそりゃ当たり前なのかもしれないけどさ  だとしても|節操《せっそう》ってものがあってだな!!!  そうこう|焦《あせ》って|戸惑《とまど》っていると、彼女は俺を|不思議《ふしぎ》そうに見つめ、下に目線が|映《うつ》ると|驚《おどろ》きと|興奮《こうふん》を隠していなかった。 「あら、あんなに戦闘でボロボロでしたのに、お元気ですこと」 「いいんですよ、ここは夢の中だと思って、私に身を|委《ゆだ》ねて…」  俺は定められた運命を呪うかのように、沈みゆく胸の中で|灯里《あかり》に問いかけた。 「俺は思うんだ。こんなことに巻き|込《こ》まれるくらいなら、どうしてあの時、俺を放っておいてくれなかったのかって」  |灯里《あかり》は|困惑《こんわく》と悲しみの顔に満ちた表情で、しかしそれでも彼女は彼に伝えなければならなかった。 「|状況《じょうきょう》は|厳《きび》しいかもしれません。しかしあなたは私たちの希望でもあり、救い主なのですから」  そう言うと彼女はこわばっている俺の|身体《からだ》を両手で優しく包み、その|豊満《ほうまん》で|柔《やわ》らかな胸元に顔を|抱《だ》き|寄《よ》せた。 「あなたは決して一人なんかじゃありません。|辛《つら》い時には私を思い出してください。どんな時でも私はあなたの味方ですから」  |石鹸《せっけん》のような|柔《やわ》らかな|匂《にお》いに|包《つつ》まれて、シルクのような|肌触《はだざわ》りの|身体《からだ》に顔を|埋《うず》めた。どこにもぶつけられなかった悲しみとともに、あの冷たい海底の記憶をかき消すように、何度も、何度でも|身体《からだ》を|重《かさ》ねた。  彼女が|操《あやつ》る雲は、まるで温かい風呂に沈んでいくような|柔《やわ》らかさで、全身の毛穴が|弛緩《しかん》していく。俺の意識は、彼女の甘い|残《のこ》り|香《が》と共に、深い眠りへと|沈下《ちんか》した。 「どうかあなたの行く道が、明るい|至福《しふく》に|導《みちび》かれますように…」 <i1165886|51129>

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