ひばり / 第68話

第7話 愛され委員長のオシゴト③

 彼女の計画は完璧なはずだった。  千田寧々を精神的に追い詰め、孤立させる。四面楚歌となった彼女が泣きついてきたところを、自分だけが優しく抱きしめ、依存させる。 「なのに……。なんで、あんな冴えない転校生と楽しそうにしてるのよ……!」  教室内で、時枝と千田が(実際にはストーカーログの件で揉めているだけなのだが)親密に顔を寄せ合っている光景は、彼女の目には裏切りとしか映らなかった。  あの黒崎までも千田に接触してきた。自分の領域を段々攻め入られる不快感を覚えていた。 「大丈夫だよ、寧々ちゃん。……私が守ってあげるから」  彼女の指が、リンカーの禁忌的なコマンドを叩く。  それは対象をネットワークの閉鎖空間に強制引き込み、現実世界の意識を《《凍結》》させる強行手段だった。 ◆◆◆ 「……あー、もう。委員長、そのフォルダ早く消せよ。呪われるぞ」 「ひどいなぁ、私の愛の結晶なのに!あ、待って、今の黒崎くんが耳の後ろを掻く仕草、今のリンカーのログに残ってるかも……!」  時枝が心底嫌そうな顔で千田を追い払おうとした、その瞬間。  ガチャン、と。  教室の電子ロックが、外部からのハッキングによって強制施錠される。 「……っ、リンカーが繋がらない!?」  時枝が手首にあるリンカーを押さえた時には、既に意識は半ばデジタル空間へ引きずり込まれていた。  視界が急激にデジタルノイズで塗りつぶされる。現実の風景に重なるように《《檻》》のグリッド線が浮かび、時枝の脳を貫く鋭い痛みが走る。 「ぐっ……、あ……」  |過負荷《オーバーロード》による激しい頭痛。リンカーから流し込まれる悪意ある高周波が、三半規管をかき乱す。 「寧々ちゃん、こっちへ来て。……その男と一緒にいちゃダメ」  歪んだ音声と共に、千田の視界もまた汚染されていた。  彼女の瞳には、目の前の時枝さえもが醜悪なノイズの塊として映り、正常な距離感が奪われる。  外界との接触を遮断し、標的を感覚の闇に閉じ込める《《知覚凍結》》。千田は意図しない映像だけを映し出す視界を、不思議そうに見つめた。 「覚えてる?……私に話しかけてくれた日のこと。あんな天使みたいな子、初めて見た。あの日から、寧々ちゃんは私の神様なの」 「……世莉ちゃん?」  ゆっくりと姿を現したのは幸田世莉だった。彼女もクラスメイトで千田の親友の一人だったはずだ。  戸惑う千田を、宝箱をゆっくりと開く子どものように目を輝かせながら、語り続ける。 「寧々ちゃん、こんな男と一緒にいちゃダメだよ?この人、あなたのことをぞんざいに扱って、ちっとも大切にしてない。寧々ちゃんの良さなんて1ミリも理解できてないよ」  幸田は悲痛な声を上げ、千田の手をそっと大切に両手で包んだ。 「まあ、確かに。私の扱い結構ひどいよね!」  千田は事もなげに同意してみせるので、時枝は苛立ちを隠せなかった。 「……なに、好き勝手に……、今回の騒ぎはあんたの仕業か?」  幸田は時枝を一瞥しただけで、千田へ語りかけ続けた。 「それに黒崎くんもよ。女の子たちが《《氷のプリンス》》なんて呼んで騒いでいるけれど、あの人は自分以外をゴミみたいに見下しているだけ。……あんな冷たい人、寧々ちゃんの王子様には相応しくないわ……」  彼女は悲痛な声を上げ、千田の手を包む指に力を込めた。その瞳には深い愛情と、それを塗りつぶすドス黒い独占欲が混在している。 「……それに、あのお弁当だってそう。寧々ちゃんが幸せそうに笑って食事をする相手は、私だけでいいの。それなのに、あの屋上で……あんたたちみたいなノイズと一緒に——」 「今、なんて言った?」  空気が、凍りついた。  時枝の背筋に、先日の亡霊以上の冷気が走る。 「黒崎くんが、ノイズ?……ただ近くに居ただけのお前が、随分と知った口きくじゃん?」  千田の纏う空気が、一瞬で変貌した。  愛され委員長の仮面が音を立てて砕け散り、その内側から、どす黒く、そしてあまりにも純粋な《《狂信》》が剥き出しになる。 「そもそも、お前は私の何を知っている訳?知らないよね?だって、お前はただ、自分の都合のいい『千田寧々』が好きなだけだから。——それを私に押し付けんなよ」  停止したはずのリンカーが再び演算を開始し、千田は幸田が展開していたコードを圧倒的な熱量で上書きしていく。 「私のコレクションに手を出すなら、お前の全てを妨害してやる」  千田が指を弾くと、幸田の攻撃は跡形もなく消滅した。 「……どうして、動けて?」  幸田の震える声に、千田はきょとんと首を傾げた。 「ふふ。パパに|シミュラクラ《シム》の予備、おねだりしておいて良かったぁ。今のが使い物にならなくなったら、自動で切り替わるようにしておいたんだ」  彼女は容易く言うが、その一体だけで時枝の数か月分の生活費は吹き飛ぶ。しかも、リンカーとの自動切り替えまで組んでいるなど、普通は専門家でもそう簡単にはできない。  時枝は幸田の攻撃とは別の意味で眩暈を覚えた。 (……お前が愛を語るなよ。お前の愛の方が、よっぽど歪んでるだろ……)  絶句して座り込む幸田を横で見ていた時枝は、ただ一人、冷や汗を流しながら天を仰いだ。

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