ぽて / 第4話

第4話

​「好き」 ​ その分類を壊したのは、栞だった。 ​ その日も練習室には私達しかいなかった。栞がヴァイオリンをケースへ戻し、私は椅子に座ったままスマートフォンで次に聴く曲を探していた。 ​「奏」 「うん」 「好き」 「何が?」 ​ 返事がない。画面から顔を上げると、栞がこちらを見ていた。 ​「奏が」 「……誰を?」 「奏を」 「なんで?」 「そこまで聞き返されると思わなかった」 ​ 栞が笑う――その笑い方はいつもと少し違った。 私は持っていたスマートフォンを机に伏せた。 ​「本気?」 「こんな冗談言わないよ」 「でも」 ​ ありえない――最初に浮かんだのはそれだった。 ​ 私にとって栞は、初めて演奏者の名前まで調べた人だった。  音を聴いて、もっと聴きたいと思った。  本人と知り合ってからも、密かに尊敬している。 ​ そんな人が、私を好きだと言う。どこかがおかしい。 ​「私、音楽にしか興味ないよ」 「知ってる」 「たぶん、恋人とか向いてない」 「知ってる」 「栞の演奏聴いてる方が楽しい」 「それはちょっと嬉しい」 「じゃあ――」 「でも」 ​ 栞は遮る。 ​「それでも好きだから、言っただけ」 ​ そう言われると、何も言い返せない。 ​「返事は?」 「……分からない」 「そっか」 ​ 栞はそれ以上、何も聞かなかった。  ただ、ヴァイオリンケースの蓋を閉じてから口を開く。 ​「じゃあ次も聴いてよ」 「何を?」 「『冬』」 「ヴィヴァルディ?」 「うん。今度ちゃんとやるから」 「聴く」 「そこは即答なんだ」 「それはほら、音楽だから」 ​ 栞は一瞬だけ黙り、それから「そっか」と笑った。 ​ その笑顔が、なぜだか妙に頭に残った。

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