ぽて / 第3話

第3話

 それから私は、栞の練習を時々聴くようになった。 ​ 最初の数回は、本当にただ聴いて帰った。  栞が弾き、私が聴く。曲が終われば帰る。 ​「じゃあまた」 「帰るの?」 「うん。終わったから」 「私の練習はまだ終わってないけど」 「でも今の曲は終わった」 「そうだけどさ……」 ​ 何が不満なのか分からなかった。 ​ そのうち栞は、演奏を終えるたび私へ感想を聞くようになった。 ​「今日どうだった?」 「昨日より好き」 「どこが?」 「昨日、ここだけ音が浮いてた」 「うっ」 「今日は綺麗だった」 「……ほんとよく聴いてるね」 「まぁ聴きに来てるから」 「そのわりに、いつもすごい退屈そうな顔してるけど」 「顔は関係ないでしょ」 「演奏してる側からすると、まあまあ不安になるよ」 ​ そう言われてからも、座り方を直すつもりはなかった。  椅子へ深く腰掛け、背もたれへ身体を預ける。  気が向けば脚を組む。その方が音楽に集中できる。 ​ 栞は最初こそ文句を言っていたが、そのうち何も言わなくなった。代わりに、ときどき私を試すようになった。 ​「今日、どこ変えたでしょう」 「二楽章の入り」 「……正解」 「あと最後。少し遅くした」 「正解。気持ち悪い」 「聞いといて?」 「だって当たると思わないじゃん」 ​ そんなやり取りが増えた。 ​ 音楽以外の話も、少しずつ増えた。栞は甘いものが好きで、朝が弱い。試験前になるとヴァイオリンの練習よりレポートに追われて死にそうな顔をした。 ​ ……髪色は地毛ではないらしい。 ​「当然でしょ」 「そうなんだ」 「何だと思ってたの」 「そういう人なのかと」 「どういう人?」 「銀色の」 「人間の分類を色でするな」 ​ そしてよく笑う人だった。演奏中はあれほど静かな顔をするくせに、普段はくだらないことで笑う。私はその落差を、少し不思議に思っていた。 ​ でも、ただそれだけだった。栞は好きなヴァイオリニスト。少し変わった友人。それ以上でも、それ以下でもない。 ​ 少なくとも私は、そう分類していた。 ​

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