井氷鹿 / 第44話

18.灰吹きから蛇が出る5 Out of the blue comes green.

「ホタテと柑橘のマリネ、フェンネルの香り。ひよこ豆とソーセージのサラダでございます」 「|ガルバンゾー《ひよこ豆》だ。べー、崇直、この豆美味しいんだよ」  さすが帰国子女。よく分からん食材に詳しいな。  すかさず田中がサラダを取り分ける。 「フムスなんて絶品だよね」  フムス? おまえら異国の料理に詳しいなぁ。 「わーい。このお豆、ホントぴーちゃんに似てるよね」   紅緒、ナイフとフォークを握って待つなって。 「いただきまーす」    前菜を食べ終えた頃を見計らって、次が来た。  おっ、何だ。  |子羊《ラム》のローストに豚ロースの煮込み、ブイヤベースか。  予算は一人二千円以内だぞ、大事なことだからな田中。 「そんな心配しなさんなって。予算内には収まってるから」 「フランス料理なのに?」 「そうだよ、べーちゃん。ビストロだからね。そうそう、ここの子羊は絶品だから、ちょっと待って」  そう言って、皿に取り分ける。やっぱり慣れてるな、田中。  おまえバイトしてたろ。 「ありがとー、ナオト先輩」  だから、おまえはフォークとナイフを手に握って嬉々として待つなって! 「はい、君たちの」  そう言って田中が取り分けてくれた。 「おお、ありがとう田中」 「ありがとうございます」 「そんなに、かしこまらなくても、俺らタメじゃん」  そう言われて嬉しかったのか、何照れ笑いしてんだよ亘。  ホレ食え、きっと美味いぞ。    美味いものは、人を黙らせるって本当だな。  箸じゃなく、フォークが止まらん。  黙々と食べては、ワインを飲んで。  あれ、シェフがいない。  店内を見回したら。  あ、テーブル回って挨拶してるんだ。  へぇー、話も巧いんだねぇ。女性客の顔がみなさんとろけた様な笑顔だ。  おっと、こっちに来たよ。  「今夜はご来店ありがとうございます。お味はいかがですか」  レディーファーストね。はいはい。 「美味しかったです。特にブイヤベース、アサリがいい出汁が出てて、身も大きくて」  紅緒ちゃん、貝好きだったよね、そう言えば。  定番のムール貝を使わず、アサリっていうのいい感じに外してるよな。 「ありがとうございます。アサリは昨日から砂抜きしてしっかり臭みも取りました。お口に合って良かったです」  ああ、その笑顔に女性客はヤられるのか。なんとも屈託のない笑顔で。  どっかの莫迦に見せてやりたい(ガチで見てますよ)。  あ、次オレ? 「全部美味しかったです」   ああ、クールに決めようと思ったのにいつものクセで。 「川崎さん、この笑顔のステキな彼が同期の笠神」  なんだよその雑な紹介は、田中、こら。 「|ラ・シュエット《この店》のシェフをしてます、|川崎晃義《かわさきあきよし》です」   笑顔で名前を告げ、軽くお辞儀をする。 「|笠神崇直《かさかみたかお》です。豚ロース最高でした。柔らかくて、濃厚でいてコクがあって、そしてキレもあって」 「それは、ありがとうございます」  なんだ、オレには笑顔じゃないのか。なんかドヤ顔に見えるんだが。   「で、こちらの女性は俺の後輩|庵野紅緒《あんのべにお》、そして奥の彼が二人の友人日向くんだ」 「|日向亘《ひうがわたる》といいます。|アニョー《子羊》は、やはりフランス産の」  おいおい、どこ突っ込んでんだよ。 「ええ、ブレス産のお肉を使っています」  は? ブレスって、鶏肉は食ってねーぞ。それくらいはオレだって分かる。 「ブレスって鶏肉だよね」 「よくご存知で。笠神さん。でも、アニョーも良質で有名なんですよ」  はいっ? だからアニョーってなんなの。  なんでドヤるの。 「シェフ、アニョーってなんですか」  ナイス紅緒。亘以外みんな知りたいと思ってるぞ。 「失礼、アニョーは子羊のことです。今日は良いフランス産のアニョーが手に入ったので」  うへぇ〜、女性には営業スマイルで応えるんだ。  亘の変なツッコミのせいで、とあいつを見たらオレを見て笑ってやがる。 「崇直はラム肉、好物だったよね」 「|オ《・》|セ《・》|ア《・》|ニ《・》|ア《・》|産《・》のラムチョップね」  このやろう、覚えとけよ。 「ここだけの話なんですが」  え? 何だシェフどうした。  頬に手を当て内緒話のようにオレの横で話しかけてきたから、自然とみんな前かがみになって聞き耳をたてた。 「いつもはニュージーランド産のラムなんですよ、実は」  おいおい、何だか密談っぽくなってきたぞ、イイのかこれで。 「フレンチビストロなのに、ね」 と、ここで意味有りげに微笑む。 「でもクセがなくて、その上いい肉なんですよこれが。しかも安い」  ですよねー。オセアニア万歳ッス。 「大事なのは食材を上手く調理することですか」  と合わせるように、紅緒も頬に手を当てシェフに言う。 「そうです、そうです」  ここで勝負よね、とでも言うように紅緒が腕を見せた。  それにシェフが大きく頷く。  わぁ、それキラースマイルだ。紅緒じゃなきゃ惚れちゃうところだゾ。 「ナイショですが、豚は千葉県産なんですよ」  そうなんだ、と全員がこれには静かに驚いた。  国産豚、最高ッス。 「では、デザートをお持ちしますね」  今度は爽やかな笑顔で、あなたモテるっしょ、いろいろ。 「川崎さん、あ、シェフね」  と田中がシェフが去った方に目線を投げ話しだした。 「W大の法科出てるんだよ。俺らと同じように現役合格したくせに、司法修習生蹴って調理師学校へ行ったんだ 」  そりゃまた急な方向転換で。  司法修習生より調理師免許って、すげーなぁ。自由度高過ぎじゃね。 「料理好きが高じたとかじゃないんだよね、理由が」 「W大って、べーの先輩じゃん」 「あたしは法科じゃないよ、わーちゃん」 「知ってる。文転したんだって?」 「うん。第一文学部。来年は日本語の先生だよ〜」  爬虫類の話は尽きないくせに肝心な情報はからっきしだな。  小一時間も、何してたんだよお前ら。

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