井氷鹿 / 第43話

17.灰吹きから蛇が出る4 Out of the blue comes green.

 残された俺と田中だが、田中を見たら、顔色悪い。  「何で水族館なのに、爬虫類に虫までがいるんだよ」  田中は脚が多くても少なくても、駄目なタイプだったらしい。  いや、残念無念。 「知らねーの。ここ常設で爬虫・両生類展示してるぞ。ウーパールーパーとか大人気じゃん」 「トカゲとかヘビ無理。蜘蛛とか絶対無理!」  首を振って嫌がってる。田中なかなか中身は乙女だったんだ。知らなかった。  亘と紅緒はまだ特別展示場に入り浸ってて出てくる様子はまったくねーし。 「ウーパーさんは両生類。しゃーねーな、ちょっと待ってろ」  亘に事情を伝え、屋上のアシカショーで落ち合うことにする。  出口で振り返ったら、二人とも大はしゃぎじゃねーかよ。  この中身小学生コンビが。  ここまで嬌声が聞こえて来たワ。  大満足の爬虫類組と、サンゴ礁とマンボウで気力を取り戻した田中と、最後にアシカのトレーニング姿を拝見しオレらはサンシャインを後にした。 「あのさ、夕飯食って帰るんなら行きたいとこがあるんだ。ビストロなんだけど美味いよ、行く?」 「いいねぇ」  元気になったら腹が減ったのか、田中が聞いてきた。  今から食っても門限まで全然余裕だし、なんなら呑んで帰ってもいいぞ。  紅緒の隣で鼻歌歌ってる亘を背中に田中と並んで歩いてるんだが、人増えてきたなぁ。  それにすれ違うたびに振り返られてる気がするのは、気のせいか。  頭一つオレと亘は人混みから出てる。  それはいつものことなんで気にはならんが、通りすがりに見上げられたり振り返られたりすると丸分かりなんだよな。  下手したら目が合っちまうもん。 「笠神ぃ、自覚ないみたいだからさ言うけどさ」  なんだよ、改まって。  「|高校の頃《むかし》っから、お前ら目立ってたんだよ」  でかいからか? いや。 「双子だからか」 「面の良い双子が並べばそりゃ目立つって奴」 「崇ちゃんって人に見られるのも知らない人に声かけられるのも、苦手過ぎて無駄に愛想が良くなったんだよね」  お、さすが紅緒。オレは知らないやつが馴れ馴れしく声かけてくるの大っ嫌いなのよく知ってんな。 「直樹とは逆だったな崇直は、そう言えば」 「あいつみたいに知らん顔した方が良いってのか? オレ生徒会長だったし、キャプテンだったし。知らないやつにも、愛想だけは振りまくクセが付いたんだよ。和を以て貴しとなすだ」  神社の長男で、日本人なんだよ。 「司法研修所でも、おまえ目立ってるから覚えられやすいんだよな」  そこで田中はオレの顔をじっと見て、何故か頷いた。 「そうか、目立つってけっこうハードだったんだ。知らなくてさ、飲み会の度おまえの名前をダシに声かけてた」 「あ゙ぁ゙?」 「女子が速攻参加するんだよな、笠神の名前使うと」  すまんかったと、両手を合わせる。   このやろう。こっちは顔も知らない奴まで覚えられねーつうの。 「今度からクラス違いは呼ばないでくれると助かる」 「分かった」  後ろの二人が笑いを必死で我慢してやがる。息が漏れてっぞ。  笑いたきゃ笑え、だ。  本心を出すのが怖ぇーんだよ。だったら。 「まぁ、愛想くらいならいくらでも振りまいてやるよ」  ムカつくこともあるけど、それで周りが平和なら。 「あ、お店この地下。シェフが塾の先生だったんだ。面白い経歴の人でね、笠神を紹介したかったんだよ」 「ふーん」  地下への階段を降り、突き当たった先に看板が出ていた。  黒板にチョークアートが施され、今日のオススメが描かれている。  フレンチ・ビストロだってさ。  「いらっしゃいませ」  ドアを開けると店員の声がして、すぐ脇のレジカウンターからギャルソンが出迎えてくれた。  白シャツに黒のベスト、それに黒のギャルソンエプロン。  こりゃまたオシャンでカッコいいねぇ。  あれ、この店スタッフ全員男性だ。 「予約はしてませんが」 「はい、田中様。大丈夫ですよ。ご案内しますので少々お待ちください」 「良かったぁ。ありがとう」  安心したのか、田中の相好が崩れる。  おまえ常連なんだ。へぇー。    入口から奥の厨房が見えた。  対面式のキッチンで、料理する姿がそのまま見える作りになっている。  センターテーブルに食材その他がてんこ盛りだ。  シェフには効率よく配置されてんのかな。  カウンターに向かって奥側の壁がある角にコンロ、正面に調理台か。  反対側のエンドに料理を渡す窓があった。  まだ宵の口というのに、八割方席が埋まってる。  人気店なんだなぁ。 「いつも一人で来るから、カウンターが指定席なんだよ」   あれま、柄にもなくさっきから田中が嬉しそうだ。  コイツは、いつも誰かとつるんでるって思ってたのに。  カウンター側のテーブルを案内された。  奥に紅緒、その左に亘、俺、田中の順で席に着く。  全員がテーブルに着いたところで、シェフらしい男性が厨房からこっちに向かって笑いかけてきた。  黒のコックコートにトリコロールのネッカチーフを首に巻いてる。  明るめの茶髪に、まぁ営業スマイルの素晴らしいこと。 「おじゃましてまーす」  軽く手を振り、田中が挨拶をする。  シェフがこっちに向かって微笑み、軽く頭を下げると仕事に戻っていった。    昼間にすき焼きをたらふく食ったはずなんだが、店に漂う美味そうな匂いで急に腹が減ってきたぞ。  田中が手を上げ、ギャルソンを呼ぶ。  ギャルソンがおすすめの料理の中からみんなの好みを聞いて、メニューを選んでくれてるようだ。  飲み物は、ハウスワインがおすすめだとさ。  予算は一人二千円だぞ、田中。  目配せすると、任せい、と自信満々に親指を立てた。

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