井氷鹿 / 第52話

24.草狩る山路が笛の音2 Every step you take my eyes follow.

 紅緒に醜態を晒した翌日は、朝から威勢の良い呼び出し音で起こされた。 「は……い」  応答したら、 『わーちゃん、崇ちゃーんっ。おはよ~っ。買い出し行ってきたよーーーっ』 『わーちゃん、昨日は僕ごめんね~。二日酔いになってない』  うおっ!  やばい。非常にこれはやばい。  紅緒が来たよ。  どーしよう。    腕にまだ紅緒を抱きしめた感触が残ってんだよ。  まともに顔見れないよ。あんな醜態晒して。 「おあ゙あ゙っ」  嫌われてたら、生きていけない。  崇直、助けてくれと背中をつつく。 「なに? うわっ、びっくりした。何赤くなってんだよ」  急に振り向くなよ、こっちだってビックリするじゃん。 「崇直、ベー怒ってないかな」 「なんで」  え、怒ってないのか。  呆れてんじゃないのか。  嫌われたりしてないよね。 「いや、その、アレだ」  何ていうか、ずっと会ってなくてさ。みんな知り合いなのに僕だけ置いてけぼりでさ。 「自分で確かめろよ」  そんな事言うなよ~。 「たかお~っ」   崇直は面倒くさそうに四つん這いになって、僕を睨んだまま僕の体を乗り越えていく。  降りたついでに崇直が窓の遮光カーテンを開ける。眩しいくらいの朝日が差し込んできた。  うわぁ、崇直くん、頭爆発してるじゃん。  両手を上げ伸びをする。  不機嫌な顔で僕を見下ろし欠伸を一つ。 「行ってくるか」   あ、そのまま行くんだ。  もともと崇直は直樹ともどもクセのない髪をしてたんだ。  少なくとも中学までは。  こっちに戻ってきたら、何故か崇直だけ癖っ毛になってて、パーマかけたのかと驚いたよ。  学校の王子さまだからちょうど良いんだよって、紅緒が笑ってたっけ。  僕も直樹もクセの無いストレートヘアだ。  癖っ毛の紅緒にずっと羨ましがられてて、それが内心嬉しかったんだよな。  紅緒の場合は、癖っ毛通り越して巻き毛だから。  それはそれで、とても可愛くて似合ってて良いと思うけど、本人は直毛に憧れてるらしい。  おっと、僕も着替えないと。   「おはよー、わーちゃん。昨日はよく寝れた?」  ドアが開く音がし、元気な声と足音が響いてきた。 「おっはよー、わーちゃん。昨日はごめんな。平川さんと同じ物出して」  あーあー、あっという間に部屋が賑やかになったよ。 「いや、一気飲みした僕が馬鹿だったんだから、気にしないで」 「ごめんね。コレ母さんからの差し入れ。冷蔵庫に入れとくから」  いいって、ありゃおばちゃんそんな気を遣わなくても。 「そこに置いておいていいよ、樹」 「わーちゃん、頭痛くない? 二日酔いになってたらってママがね」  と今度は紅緒がしじみを出してきた。 「味噌汁にしたら良いのよって。どうする作ろうか」 「すき焼き作るんじゃないのかよ」  崇直が横から肉を出して、こっちに見せる。  特売だったらしい。 「味噌汁は、今度でいいよ。ありがとうべー」 「じゃ、冷凍しとくね。お酒呑んだ日はしじみだよ」  ありがとう、紅緒。先輩に付き合った日はそれ作って飲むよ。 「ほんじゃ、すき焼き作るって言うから準備しますか。樹は出かけるんだろ」 「あ、ごめんわーちゃん。僕、今から行かなきゃいけなくて。コレ、ここに置いとくね」  崇直に言われ、帰る樹に楽しんでこいよと言ったら、照れながら出かけていった。  「あ、お米準備しなきゃ。わーちゃん、このお米使って良い?」  思い思い各自勝手に喋ってるのに、会話になってるのって良いな。  昔を思い出すよ。 「樹のくせに、狭山とデートだってよ」  崇直が棚から降ろしたテーブルコンロを箱から取り出し、ガス缶の確認してる。 「ガス缶、パントリーの下の棚」    樹は狭山とデートかぁ。羨ましいなぁ。  僕はずっとデートなんてしてないな、そう言えば。 「わーちゃん、これ切ってて」  と白菜が飛んできた。  おっと、とキャッチして。  これ、ざっと洗えば切っていいのか。  そういえば、とにかく樹は狭山命だったよな。  幼稚園の頃からプロポーズしていたって、崇直がからかってたけど。  それがホントかは別として、今付き合ってんだから樹は大勝利じゃん。  狭山は紅緒の親友で、高校時代からバスケットの日本代表選手に選抜されていた、いわゆる天才だ。  体躯にも恵まれ、身長は優に百八十はある。  僕以外は全員バスケ経験者で、崇直たちは二年の時インターハイ出場を果たしている。 「来年結婚が決まったんだよ、樹のくせに」  弟に先越されるの、そんなに嫌ならさっさと崇直も彼女作りゃいいのに。  選り好みしてるふうには見えないんだけどなぁ。 「樹がねぇ、狭山と結婚か」  そうは言っても、やっぱり樹は、偉いよ。  しっかり将来を考え、相手に伝えそれを叶えようとしている。  僕も樹の半分の勇気があればって思うよ。 「いっちゃんとひろよちん、結婚したらママたちと暮らすのかな」 「さぁ。樹は神社に通えればどこでも良いんじゃね」  崇直はテーブルコンロをセットして、食器類を並べはじめた。  僕は渡された白菜をざっと洗って、切りそろえザルに盛っていく。  あらかた買い物類を片付けた紅緒が、腕まくりをしながら僕の隣にやってきた。 「それじゃ野菜をやっつけるか、わーちゃんの好きな焼き豆腐もあるからね」  紅緒が笑顔で僕を見つめてる。  うわぁ、キスしてぇ。  どーしよう。めっちゃ可愛いいっ。やべぇ、顔がにやけてしまうよ。  ぜったい他のやつに触らせたくない。  崇直だってお断りだ。  今抱きしめたら、ぶん殴られるんだろうか。  突き飛ばされるんだろうか。   刃物持ってるしな。刺されっかな。  それでも良いから。 「こっち、セット完了したぞ」  ダイニングから呑気な崇直の声がして、現実に引き戻された。
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