井氷鹿 / 第56話

26.草狩る山路が笛の音4 Every step you take my eyes follow.

「着替えないの?」  そう崇直に言うと、リモコンでテレビを点けた。  それから、はいと僕にリモコンを返し、クッションを胸に抱えて床に寝そべる。  カウチに座ったら、紅緒を絶妙な角度で背後から見ることになった。  というか、こいつは脚癖が悪いからキュロットの中の脚が丸見えで、慌てて視線を逸らす。  視線の先で、崇直がクッションを持って紅緒の横に寝そべりやがった。 「着替えても良いんだが、スーツしかないんだよこれが」  崇直まで同じ様に脚を曲げてバタつかせる。  あれ、スポーツしてると脚って綺麗なんだな。  膝を曲げた拍子に、パンツの裾が上がり崇直のふくらはぎが見えた。体毛が薄いから、女の脚みたいだ。 「着替え置いてないの? しょっちゅう来てんじゃなかったの」  そう思うよな、紅緒だって。  そこまで頻繁じゃないが、着替え置いてけって言っても持ってこないんだよ、こいつ。  「崇直、服貸すぞ」 「いいよ、帰るときまでこの格好で」  バスケットボールすると下半身が鍛えられるって言うが、二人ともヒップが上向いて形が良いよなぁ。  ちょっと自分のヒップラインが気になってきたぞ。  帰国するまではクリケットにサッカー、乗馬もしてはいたけど、バスケに比べてどうなんだろう。  乗馬で下半身と体幹は鍛えられてるはずなんだけどな。 「司法なんとかって研修所、見に行きたいよねわーちゃん」  は? 僕に聞いてるのか。見に行きたいって、え? あ、崇直の勤務先か。 「ああ、最高裁判所の機関なんだろ。なんかすごく厳つい感じだよな」 「いいけど、中は入れないぞ」 「なんで」 「どうして」 「さぁ。最高裁判所の付属機関だからじゃね。機密性高いんだよ」   国会議員でも事前予約しないと入れないそうだ。  司法修習生って、なんかパブリックスクールの寮生並みに囲われてんだな。 「駅からバスだし、周りに何もねーぞ」  それでも、そんな厳しいところ見てみたい気がする。 「入れないが、門から少しは中が見れるかもな」 「おお、見たい見たい」  そりゃ見たいよな、紅緒だって。  カウチから降りて、膝をつき崇直の隣に体を伸ばす。 「僕も見れるなら見たい」  崇直が迷惑そうに眉根を寄せる。 「なぁ、いいだろ付いて行っても」 「しゃーないな。外からだけだぞ」      ということで、早速埼玉は和光市まで司法研修所を見に行くことになった。  崇直の支度を待って、マンションを出る。  やっぱり身だしなみ整えたら、オトコマエじゃないか崇直は。  スーツも似合ってるし、ネクタイ外してても様になってる。  先輩も若い頃ってこんなんだったのかな。  イヤイヤ、あの人はお洒落だから服装はこだわってたはずだからこんなもんじゃないだろう。  腹が立つが。 「なんだよ、人のことジロジロ見て」 「あ、平川先輩も新人の頃は崇直みたいだったのかなって」 「あー、それ分かる。トールちゃん、似てんのよね崇ちゃんというより直ちゃんに」  え、先輩が直樹に似てる? 「崇ちゃんみたいに愛嬌振りまくわけじゃないけど、女性や子供に優しいところとか」  そう言えばそうだ。 「相手に気を持たせない程度にな」  と崇直まで。 「そうそう」  崇直は愛想よく笑顔で相手をするのに対し、直樹は笑顔は作らなかったな、そう言えば。 「池袋で時間潰していく? わーちゃんサンシャイン行けるよ」  紅緒が路線図を見ながら訊いてきた。 「お、水族館。いいね、行こうぜ崇直」  崇直の指示待ちで、僕は財布を片手に券売機へ向かう。 「新宿乗り換え、の池袋」 「うーっす」  崇直の指示で切符を購入っと。  三人分の金額を入れて、ポチッとな。  ハイ、どーぞ。と切符を渡し、いざ改札へ。  昔はここで待ち合わせて高校へ通ったよな。  僕だけ別の高校だったけど。  わずか二駅。  宝物みたいな時間だったなぁ。  新宿までは比較的空いてて、僕らは乗車口に並んで立ってた。  昔と同じ、紅緒が座席側にその前に僕と崇直が並ぶ。  あの頃は、崇直は降車駅まで本を読んでて、僕と紅緒はどーでも良い話で盛り上がってた。  たった二駅、時間にして十分もなかったな。  でも、今は。  こうやって窓の外を見ながら、目に付いた景色にくだらないツッコミ入れて一緒に笑って。  周りを気にせず、紅緒と見つめ合って話をしてるなんて。  つい昨日までは想像もできなかったよ。 「降りるぞ」  えっ、もう着いた。  ホームに降りて、流れに沿って階段を下って。  コンコースに入ったらさすがに週末の池袋は人が多いなぁ。  東口ってどっちだっけ。 「悪い、先にロッカーにコレ入れて来るから」  崇直が、通路脇にあるコインロッカーに背中の荷物を入れたいらしい。  空きがあるのかな。 「空いてないんじゃない。あ、あったみたい。ありゃ、一番下の段だ。崇ちゃん辛そう」  崇直がヤンキー座りでロッカーに荷物を入れていた。 「無駄に足の長いカエルみたい」  楽しそうに紅緒が見てる。カエルは、ひどいなぁ。分からんでもないが。 「お待た。じゃ、行こっか」  無駄に足の長いカエルが、僕と紅緒の間に入って肩を組んできた。 「東口はあっち」  と僕の肩越しに腕を伸ばす。 「おっと」  反対に歩こうとした紅緒がクルッと半回転する。 「超ぉ久しぶりのぉ~サンシャイン」  照れ隠しなのか、後ろ手で腕を組みスキップで僕達に並んで付いてくる。  普通に僕らが歩くと、十センチ以上の身長差がある紅緒は早足じゃないと付いてこれなかったんだった。  あの頃はそんなこと、全く気にせず無頓着だったんだよなぁ。 「わーちゃん、ありがとう」  ペースを落として並んで歩く。  崇直が振り返り、鼻を鳴らした。
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