井氷鹿 / 第57話

27.草狩る山路が笛の音5 Every step you take my eyes follow.

 東口の開口部が見えてきた。  天気が良いせいか、外が真っ白だ。  眩しさで目を細めながら階段を降り、横断歩道へ行こうとしたら後ろから誰かが声をかけてきた。 「笠神!」 「お前も今から帰り?」  あれ、見覚えのある顔だ。誰だっけ。  と考えてたら紅緒がそいつに話しかける。 「おおおっ、もしかしてナオト先輩」 「あー、べーちゃんだ。久しぶり、相変わらず美人さんだね」  そんな、び、美人だなんて軽口叩いて誰だよ。  紅緒、おまえそんな奴とも仲良しなのか。  また、僕が知らないだけなのかよ。  「褒めたって何も出ないよ。それより弁護士になったんだ」  タイミング悪く、たどり着いた横断歩道はちょうど信号が変わってしまった。  しばらくかかりそうだ。  くそ。 「先輩、おめでとう。やるねぇ、現役じゃん」  そう言って紅緒がその男の胸を肘で小突いた。  そのスキンシップ癖、誰にでもするもんじゃないって。 「それがまだ、弁護士じゃないんだよ」  言いながらその男も紅緒を小突き返す。  ほら、そうやって返ってくるんだから。  あー、そんなこと、全く関係ない僕が気にしたってしょうがないのに。  ったく、情けない。  二人のやり取りが自然すぎて、割って入れない。  悔しいけど思わず一歩下がってしまう。 「崇直は現役で試験通ったからもう弁護士かと思ってた」 「まだなってねーのよ、オレら。司法修習生はただ試験に合格しただけの無能な役立たずだ」  崇直はそう言って、見覚えのある男の肩に腕を回し僕に向き合わせた。 「な、田中。直樹の親友で、高校時代のチームメイトで、大学の仲間で今は研修生の同期」  と早口で紹介された。  直樹の親友、それで見覚えがあったのか。 「こっち、幼馴染で友人の日向亘ね。オレらと同じ大学でまだ院生やってる」 「田中|尚途《なおみち》です」  この男は間近で紅緒と直樹を見ていたのか。 「ひ、日向亘です。工学部電子情報工学科の院生で情報工学を専攻してます」  紅緒は今、何を考えてるんだろう。  田中と話して、直樹を思い出してるんだろうか。  あんな笑顔向けて話して。もう辛くないのか。 「あ、そうだ。あたしら今からサンシャイン水族館行くんだけど、ナオト先輩も行く?」  ぬおぉっ、誘っちゃったよ。 「え、混ぜてもらっていいの。行くよ、もちろん」  即答かよ。あぁ、相好崩しちゃって。  そのタイミングで信号が変わり、二人は勢いよく並んで歩き出した。  崇直を見ると、あいつも僕を見てた。  しかたなく並んで歩き始める。 「空が青いな、春が終わっちまったな」  そう崇直が言った。    数メートル先を紅緒と田中が歩いてる。  なんだか楽しそうに、高校時代の部活の話でもしてるのだろうか。  君らの高校時代もバスケの話も、僕は知らないけど。 「亘」 「うん」  崇直もずっと前を見たままだ。  こいつも前の二人が気になってるのかな。 「もしかしてあれか。また、女と別れたのか」 「ゔげっ」  崇直、おまえはどうしてそういうところ、鼻が利くんだよ。 「せ、先週別れた」 「やっぱり。……今回は、まぁ良く保ったほうだな」 「半年は経ってないか。いつも通り、結局飽きられて、これでセフレ関係解消だって言われた」  そう言ったら、崇直は心底憐れむような顔で僕を見て、やれやれとばかり首を振った。 「何言ってんのおまえ」  え? 「マジで受け取ったのかそれ。アホだなお前は」  どういう事? だってそう言われたから。 「そりゃ僕は、そのつもりは無かったけど」 「おまえにそのつもりは無くても、相手にはそうだったって事だよ。バーカ」  バーカって、そんな。えええっ?  僕、紅緒をダシに気持ちをごまかしてたってことか。  「それで酒呑んだのか?」  違う違う。  慌てて首を振る。  そこで、仕方なく貴和さんとの別れ話から紅緒に抱き着かれるまでを、崇直に話すことになってしまった。  先輩に大笑いされたくだりまで、喋っちゃったよ。 「寧ろ良かったんじゃないの、平川さんに話して。笑い飛ばしてくれたんだろう。無事失恋乗り越えたんじゃね」  失恋?  僕、貴和さんのことそんなに好きだったのか。  貴和さんには、気持ちが無いって言われたけど。  勝手なもんだなぁ。  最低じゃないか、僕。 「そりゃ、セフレ扱いされて、フラれたら辛いし悲しいからな。引っ越しまでされちゃ、諦めるしか無いわな」  あ、そこはね自分でも何と言うか。  最低な奴って、気づかせてくれてありがとうって。  はーっ、ため息がまた出ちゃうよ。 「確かに、面白い人だわ。オレだって笑うよ。その話」  今更思い出し笑いすんなよ、もう恥ずいじゃないかよ。 「確かに、崇直にまで笑われて、お陰で吹っ切れたよ」  いい加減な気持ちで女性と付き合うものじゃないって、よく分かった。  「ん。じゃ、また別の子……」 「嵩ちゃーん!」  先を行く紅緒が振り返り、良く通る声で崇直を呼んでいる。 「入口ここで良かったっけ」  声、デカいな。  ああ、もうと、崇直が叫ぶのが面倒なのかジェスチャーで返している。 「何急いでるんだべーのやつ」  崇直が、行くぞと走り出す。  高架橋下の入口から入り、突き当り手前のエレベーターホールまで行ってみたら。 『世界の毒毒猛毒展』という大きなパネルが展示されていた。  それもヤドクガエルの巨大写真付きだ。 「わーちゃん。どうしよう、ヤドクガエル来てる! テレビでやってたじゃんさっき。生で見られるよ」   その横に、あった! 豹紋蛸の写真。  めちゃ可愛いじゃん。 「べー、豹紋蛸も居るぞ。マンバは無理だとしてもアダーあたりは来てて欲しい。あ、ブラック・ウィドウは居るんじゃね」  興奮してきた。昔を思い出すなぁ。  神社の湧き水の辺りでアカハライモリ見つけて、卵孵したよな。  カエルの卵も、何匹孵したか。  僕らはエレベーターから降りると速攻でチケットを購入し、呆れる崇直と田中を尻目に特別展示室のある二階の階段を駆け上がった。
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