井氷鹿 / 第7話

2.落花情あれども流水意なし2 The love is one-sided.

 何考えてんだよ、真剣な話してんのに。  このままだと確実に捨てられっぞ、自分。 「亘は見た目が良いじゃない。その上いい大学通ってて、背が高くて、人目惹く。連れて歩くには最高の相手だったのよ」    ん? でも、それは僕の方だよ。  貴和さんと一緒に歩くと、周りの男が羨望の眼差しでこっちを見るから。  どこか優越感に浸れたと言うか、自分が大きくなったような気がしてたんだ。  大人の、それもとびきり綺麗な女性をエスコートしているって自負は優越感半端ないんだ。  あれ、貴和さんも同じ大学じゃなかったっけ。   「典型的な切れ長の目だよね。亘は自覚無いようだけど、君の目には色気があるんだよ」   奥二重がお気に召したのなら、そりゃ嬉しいですが。  色気とか言われましても。 「お金もせびらないし。むしろ気前いいから、恋愛抜きでもいいかなって思ってたんだけどさ。気持ちが無いなら、やっぱり無理だわ」 「……えっ」    貴和さん、それよーく聞いたらひどくないスか。  恋愛抜きって、意味わからんし。  僕って、中身は、中身は無いんですかっ。  「他に好きな子がいるのは分かってたのよねぇ、はぁー、何だか切ないわぁ」   唐突に彼女に「好きな子」と言われ、胸がざらつく。  「行動圏が同じだからさ、歩いてるだけで嫌でも目に付くのよ亘は。悪目立ちするから」   悪目立ちって、普通に街歩いてるだけで? 「見かけたら、声かけてくれれば……」  「毎回違う若い女と腕組んで歩いてるとか、あそこのカフェで女と居たとか、ご忠告してくるオトモダチがいーっぱい居てね、私の周りには」   そう言って、突然彼女が僕の髪の毛を乱暴に掴み、無理やり自分の方へ向かせた。   「それは、向こうが勝手にやってることで僕が誘ったわけじゃ……」   貴和さんの顔が近づいてくる。  飽きられた訳じゃ、ないよ、ね。 「勝手に腕組まれたぁ? |外《はず》しゃいいじゃない。言い寄ってきたんなら断ればぁ?」  貴和さんが、本気で怒ってキレてる。  はじめてだ、こんなこと。 「自分の意志はねーのかよ、ぁあ?」  うっそ。  怖いんですけど、貴和さんってば。   「あんた、いつも女の言いなりなわけ?」   違います違います。  そんなことはありません、と首を横に振る。 「ぜんっぜん、信じられないんだけど」    ご意見ごもっともです。そのとおりです。 「全部、僕が悪いです」  それと、そろそろ頭、痛いんですけど。  「私と寝てる間はあんたは私の男なの。分かる? 他の女と腕組んで歩いてるって聞いて気分良い訳ないでしょうが」  「貴和さん?」  キャラが変わってますよ。  もしかしてヤキモチ焼いてくれてる?  飽きられてたんじゃない?  やった!   「なんて、嫉妬なんかしてみたかったわ。痴話喧嘩、できないのよね。性分的に」   あー、だるーっ、と僕の頭から手を離し、貴和さんは勢いよく背中から寝転んだ。  そんな、あっさり引かなくても。  軽くベッドが揺れる。  形の良い乳房が重みで脇に流れた。  思わず手を伸ばしたくなるが、何してんだ僕、こんな時に。   「泣くほど好きな子がいるなら、その子以外の女に手を出して、バッカじゃないの」   他に好きな子がいると言われ、また胸がざわついた。 「まったく、年いくつよ。ヤることやってるくせに肝心な所はお留守なんだから」   お留守って、いや、それより泣いてるって、僕が? 「私を思って泣いてると思いたいところだけど、違うのが丸わかりだから、もう腹も立たないわ」  と手を伸ばし、僕の両眼を親指でなぞる。  目に手をやると濡れていた。 「ち、違いますよ。貴和さんがさよならって言うから」  やばっ。なぜ涙なんか出てくるんだよ。  そうか、貴和さんの目を見ていたら、思い出してしまったんだ。  ずっと考えないようにしていたのに。  高校最後の年、あれ以来まともに会って話をしていない。  顔を思い出しただけで、あいつの笑顔を思い出しただけだぞ。何で?  「嘘、下手ねぇ。だって、今また他のこと考えてたでしょ」   そう言うと、貴和さんは強く僕の胸を小突いた。 「ねぇ」   今度はごろんと僕のとなりに転がって、見上げてくる。  僕は真意が分からないまま、急いで涙を手でぬぐう。  キスしようと顔を近づけたら、思いっきり頬を|叩《はた》かれた。   いたい。  痛くてまた涙が出る。  キスもダメなのかよ。 「何。こっぴどく振られでもしたの? 一回振られたからって諦めるの。子供じゃあるまいし」  「いや、そんな振られるとかないですよ。告ってもないから」 「なにそれ」    まじムカつくわと、僕の胸を強く押し返し起き上がる。 「後で後悔するよ、伝えないと。下手に意地はってたら、私みたいになるんだから」   視線は合わさず、するりと僕の顔を撫でる。 「でもさ、いつでも女が寄ってくるならホストに向いてんじゃない。エッチも巧いし、誰でも抱けるし、大金稼げるわよ」   と、満面の笑みでウインクしてきた。  どういう意味ですか、それ。   「冗談よ。その子と上手くいくといいわね」   彼女はそう言って僕を押しのけベッドから降り、ドアノブに手を掛ける。  何で急にホストが出てくるんだよ。  誰でも抱けるって、ンなわけあるか。  そう思われてたと思うと、マジ泣けてきたワ。  貴和さんってば。   「鍵は、……別にいっか、引っ越すから。シャワー浴びる間に出て行ってね」   振り向きもせずそう言うと、貴和さんはピシャリと部屋のドアを閉めたのだった。

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