井氷鹿 / 第3話

1.落花情あれども流水意なし1 The love is one-sided.

 はじめまして。井氷鹿です。  章ごとに二人の主人公の視点が変わります。  お互いの思う相手に思いが届かないという片思いと、同じ時同じ場所を共有していても言葉も態度も解釈がそれぞれ異なる、という事を描いてみたかったのです。  また、人と接する時の態度と心は裏腹な事も。  楽しんでいただけると幸いです。
 |貴和《きわ》さんは誰もが知る大企業の若き幹部候補で、肩書きも立派なバリキャリだ。  結婚には興味がないらしく、性格は奔放。  だけど、そこが彼女らしいところだと僕は思っている。  外にも男がいるような噂もあるが、噂はうわさだ。  実際そんな気配を、僕は感じたことがない。  会う時はいつも、貴和さんが連絡をくれる。  僕からは、彼女のスケジュールを考えると気後れして、とても連絡なんかできないんだよな。  メール位はしてみたいが、未だにそんな勇気がなくて返信しかしたことがない。  「亘、あのね、話があるの」  さっきまでの情事が嘘のように、貴和さんが落ち着いた声で僕の胸元から顔を上げて聞いてきた。  なんだろう改まって。 「なに」 「そろそろ、私たちの関係を見直そうかなって思ってるのよ」  見直すって、何を?   いつも貴和さんの部屋で会うわけじゃないし、食事の場所によってはホテルに泊まることだってある。  駅近の居酒屋だって、ガード下の焼き鳥屋だって、彼女はぜんぜん気にしないから学生の僕でも安心してお店を選べるんだって思ってたけど。  それって、僕が勝手に良いように解釈してたってことか。 「次はちゃんとした食事の店を予約するよ。今日の居酒屋はうるさくて……」  「そういうことじゃないの」  貴和さんは手を顔に当てケタケタと笑いながら、まじめだなぁとか言ってる。 「今日のお店は魚も新鮮だったし、味も悪くなかった。そういうことじゃないの」  彼女が体を離し、肘をついて半身を起こした。 「この関係もそろそろ終わりにしようって思ってね。つまり、さよならってこと」  「さよなら……って、ちょっと待って」   天井に逸らしていた視線を、隣に向ける。 「私が気づいてないとでも思ってた?」   汗ばんだ顔にかかった髪の毛を指で剥がし、彼女はじっと僕を見つめている。 「だから、そろそろ潮時かなって思うの」  動転して、その場に起き上がってしまった。  トドのつまり、飽きられたってことか! 「そんなに驚かなくてもいいじゃない。セフレの関係を解消するってだけよ」  セフレって、何それ?    セフレという言葉がまるで棘みたいに尖がって僕に飛んできた。  寒気がする。  結婚や将来の話はしていないけれど、そんな軽い関係だなんて考えてもいなかったよ。  「今まで私に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。ひとりに戻れて、嬉しい?」   僕は慌てて首を振って否定した。何を言えばいいかわからない。 「あら、黙っちゃって。何を言われても上手に受け流してたくせに」  開きかけた口に、貴和さんが人差し指を当てて塞ぐ。  「それも今思えば、私と正面から向き合う気なんてなかったって話よね」 「違うよ。貴和さんと過ごす時間は楽しかったから……」  「お気遣い、ありがとう」  そう言って微笑みながら彼女は視線を外す。 「亘、あんたってホント、莫迦よね」   莫迦でもアホでも、好きに読んでくれていいよ。  貴和さんに不満なんてこれっぽっちもないよ僕は。  今、お互いスッポンポンなんだよ。つまりそういうことなんだよ。  この状況で別れ話なんて、なんだか ひどく惨めな気分になるじゃないか。   「貴和さん、僕……」 「連絡っていつも私なのは仕方ないとして」   こっちを見た貴和さんの形の良い眉毛がピクっと上を向く。  続いて迫力のある視線を投げ、ビックリするほど素っ頓狂な声で聞いてきた。 「あのさぁ、付き合ってる間、私に突然会いたいとかなかったわけ?」  「そ、それは、仕事なのに突然電話したら迷惑かと思って。貴和さん忙しいし、残業……多いし」  「留守電でもメールでも、メッセージは残せるよ。もしかして専攻はそっち系じゃなかった、ねぇ!」  やれやれと言いたげに頭を抱え、大袈裟にため息を吐かれる。  「そうかぁ~、一回もなかったかぁ」   あーショックだわぁといって、またそっぽを向かれた。    この人は化粧を落とす年齢がわからなくなる。もちろん、それでも充分綺麗なんだよ。  そして年齢より遥かに若く見えるんだ。  拗ねた顔が、とても可愛いくてさ。  ああ、そうだったまつげ長くて、俯くと影を落とすんだ。  癖っ毛のせいかまつ毛もクルンと上むいてたよなぁ。   「……学業と研修で忙しいんだろうけど……でさ、……」   目が好きだったなぁ。くるくる表情が変わって、見てるだけで良かったんだ。 「………ちゃんと話聞いてる? ねぇ、もしもーし」    一緒にいるだけで楽しかったんだよ。逢いたいなぁ。  突然、髪をクシャっとされた。  はっ! 貴和さん。  何やってんだ僕は。  [[illustration:https://api.kakippa.com/api/covers/illustrations/6c0b3b7a-326a-44e3-904c-ce857c53f199/1790331462057-630c1a28-5f16-440c-a59c-e22edc2ffa1e.webp]]
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