井氷鹿 / 第40話

16.灰吹きから蛇が出る3 Out of the blue comes green.

「最高裁判所の機関なんだろ。なんかすごく厳つい感じだよな、崇直の行ってる所」  今度は亘が足で俺の脚をつつく。 「いいけど、中には入れないぞ」 「なんで」 「どうして」  って聞かれてもな。 「さぁ。最高裁判所の付属機関だからじゃね。機密性高いんだよ」  中で特に特別なことをしてる訳じゃないんだが、親族でも入所式と修了式しか無理なんだワ。  「ふーん」 「駅からバスだし、周り何にもねーぞ」  五時に出ても着く頃は六時回ってるし、マジなんもねーんだわ。 「入れないが、門から少しは中が見れるかもな」 「おお、見たいみたい」 「僕も見れるなら見たい」  そう言って、亘がオレの隣ににゅるりと伸びてきて無邪気に笑う。  この野郎。  暇を持て余してる二人は物見遊山気分だろうが、こっちは明日は日曜返上で翌週の模擬事件の判決文あげなきゃならんのだよ。 「なぁ、いいだろ着いて行っても」 「しゃーないな。外からだけだぞ」  早めに亘のマンションを出たのは良いが、さてどこへ行こう。  昼に爆食いしたから、腹減ってないしなぁ。 「池袋で時間潰していく? わーちゃんサンシャイン行けるよ」 「お、水族館。いいね、行こうぜ崇直」  亘は財布を出し券売機へ歩き出す。   わーかりましたよ。路線図を見て、と。 「新宿で乗り換え、の池袋」 「おっけー」  待ってましたと、亘が池袋までの切符を三枚購入した。  はい、はい、と出てきた切符をそれぞれ受け取り改札へ向かう。  なんだか昔に戻った気分だな。  電車に乗って入口付近で突っ立ってるだけで、特に話すこともしないんだけどさ。  流石に山手線は混んでたので、ひっついて立っていたが。  窓から見える風景にあーだこーだとツッコミを入れてる間に、池袋に到着したよ。 「超ぉ久しぶりのぉ~サンシャイン」  紅緒が鼻歌交じりにスキップして付いてくるが、そんなに嬉しいのかね。  亘もその隣で歌でも歌いそうだなぁ、おい。  そんな二人を背中に引率して、東口を出て階段を降りたら後ろから声をかけられた。 「笠神!」  振り向いたら、田中じゃん。何だおまえも外出してたのか。 「お前も今から帰り?」 「おおおっ、もしかしてナオト先輩?」  横から紅緒が覗き込む。  へ、紅緒、田中知ってるの?  紅緒が田中に笑いかけてる。田中と紅緒の間に……  ああ、そうだ、そこに居たんだよな。  思い出したよ。  |田中尚途《たなかなおみち》、直樹の親友だ。  背番号四番。  オレって、直樹の思い出と一緒に記憶まで封印しちゃってんじゃん。  高校の三年間、一緒に戦ってきたチームメイトなのに。  あー、嫌になるよこういう時。 「あー、べーちゃんだ。久しぶり。相変わらず美人さんだね」 「褒めたってなーにも出ないよ。それより弁護士になったんだ、先輩。おめでとう。やるねぇ、現役じゃん」  と肘で田中の胸を小突く。 「それが、まだ弁護士じゃないのよ」 「崇直は現役で試験通ったから、もう弁護士かと思ってた」  そう言いながら、さり気なく亘は田中に場所を譲り、自分は一歩下がる。  そういうところだよ、おまえ。     「まだなってねーのよ、オレら。司法研修生はただ試験に合格しただけの無知な役立たず」  田中の肩に腕を回して亘の方を向かせる。 「な。これ田中。直樹の親友で、高校時代のチームメイトで、大学の仲間で今は研修生の同期。  こっち、幼馴染で、友人の|日向亘《ひうがわたる》ね。オレらと同じ大学のまだ学生やってる」 「田中|尚途《なおみち》です」 「ひ、日向亘です。工学部電子情報工学科の院生で情報工学を専攻してます」  なんか変な空気になったぞ。  直樹の名前だしたからか。  田中、お前こういうの和ませるの得意だろ、おい。  「あ、そうだ。あたしら今からサンシャイン水族館行くんだけど、ナオト先輩も行く?」  おんぅ、おまえが誘うか? 「え、混ぜてもらっていいの。行くよ、もちろん」  それが合図のように、信号が青に変わった。  いつの間にやら紅緒の横に田中、オレと亘がその後ろを歩いている。  こりゃ旗色悪いなぁ、亘よ。  田中め。  何を楽しげに、二人で話してやがるんだよ。  サンシャインシティに着くまで、亘の別れ話を聞かされる羽目になったじゃないかよ。  お陰で数メートルも水をあけられたぞ。  アイツら、歩くの早えーよ。 「それで、先輩に話したら、めちゃくちゃ笑われてさ」  おまえ、さっきから失恋話の割に楽しそうだな。 「寧ろ良かったんじゃないの、平川さんに話して。笑い飛ばしてくれたんだろ」 「確かに、もやもやが吹っ切れた」  そりゃ、傷が浅くてよかったな。相手の女性はその前に上手く逃げたんだよ。 「崇ちゃん、入口ここで良かったっけ」  いきなり紅緒の良く通る声が、聞こえて来た。  聞こえた方向を見たら、高架下広場にある入口を指さしている。  ああ、入り口の確認か。  叫ぶのかったるいし。  合ってる合ってる、と手で合図したらそのまま早足で入っていく。  何をそんなに急ぐんだよと、亘と追いかけたら。    ホールにでかでかと飾られた水族館のパネルに、紅緒が釘付けになっていた。  そこには『世界の毒毒猛毒展』という文字が。 「わーちゃん。どうしよう、ヤドクガエル来てる! テレビでさっきやってたじゃん。生で見られるよ」 「べー、ヒョウモンダコも居るぞ。マンバは無理でもアダーあたりは来てて欲しいが。ブラック・ウィドウは居るんじゃね」   何だ、それ。おまえら目がハートになってるぞ。  十階に着くやいなや、亘たちは入場券買いに走りだし、速攻特別展示場へと消えて行った。

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