井氷鹿 / 第15話

6.本木にまさる末木なし2 The first is the best.

 ダラダラ歩いているうちに店に着いたようで、先輩がこっちこっちと手招いた。  え、店どこだ。入口が分からんぞ。と、きょろきょろしてたら先輩の声。 「そこの灯り、見える?」  先輩が指さした先に、立派な格子戸があった。  その戸口にひっそりと灯る明かり。それに「灰かぶり」と毛筆の文字が読める。  「料亭みたいっすね」  「ああ、こっちはな。オレたちが行くのはその上」   と玄関口の上を指す。   先輩の言う会員制のお店は、この料亭の二階にあった。  入口でチェックされる事もなく、普通に入店。  何だか拍子抜けだ。 「いらっしゃいませ。久しぶりね、平川ちゃん。こちらは?」   着物を着た年配の女性が出迎えてくれた。  ふくよかな体形で和装がよく似合う、きれいな人だ。   「ご無沙汰、ママ。あ、紹介するよ、今オレの下で働いてもらってる|日向亘《ひうがわたる》だ。まだ院生だが優秀だぞ」  紹介され、ママが僕の顔をじっと見つめた。 「日向亘さん、いらっしゃいませ。クラブシンデレラのママの絹子です」  何だか前にも会ったような気がする。名刺をもらうが、名前に覚えはない。  誰だっけ。  僕も出そうと背中に回していたバッグを外そうとしたら、やんわり止められた。  「お名刺は後ほど頂くから、慌てなくても大丈夫ですよ」   にこやかにそう言うと、ママはカウンターに向かって声をかけた。  「お二人様」  直ぐお席用意しますからお待ちくださいね、と僕らにカウンターの椅子を勧める。   カウンターにはおしぼりを持った女の子と、所謂黒服と呼ばれるボウタイにベストを着た若い男が立っていた。  「え?」  「あれ?」  僕と立っていた黒服が、ほぼ同時に声を上げる。  「わーちゃんじゃん!!」  「|樹《いつき》?」  破顔した樹がカウンターに身を乗り出して抱きついてきた。  先輩は女の子からおしぼりを受け取りながら、何事だと僕を見る。 「知り合い?」  「ええ、幼馴染の一人」  「そうそう。わーちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。|崇《たか》ちゃんの大親友」   |崇直《たかお》のねぇ、などと先輩が言っている。  そっちこそ崇直知ってるのかよ、その方がびっくりだよ。   仲の良さをアピールかのように、興奮気味の樹が僕と肩を組む。  そこへママの声が入ってきた。 「え、イギリスから来たあの坊やもしかして」   は? やっぱりお会いしたこと……  「ほら、紅緒が退院した年の運動会、みんなで一緒にお弁当食べたの覚えてないかな」   うわっ、紅緒の叔母さんだ! 「し、失礼しました。ご無沙汰しております。近くに住んでいながら……」   慌てて席を立ち頭を下げたら、ママさんがまぁどうしましょうと走り寄ってきて僕を席に戻す。 「そんな恐縮させてしまって、ごめんなさいね。懐かしくってつい」   そう言って頭を下げた。またまた恐縮してしまう。  「いえ、こちらこそ」  「むこうにお席用意できましたから、行きましょうか」   そう言って微笑む。  うわぁ、やべぇ笑った目元がそっくりだ。 「|紅緒《べにお》は今父と下に行ってるから、直ぐ呼びますね」   と先輩と僕に言う。   何だって? まてまて、ちょっと待って。   紅緒って言ったよな今。紅緒って。   どーゆーこと?  父って、まー|爺《じぃ》まで来てるのか。  って、それより何で紅緒まで居るんだよ。  やばい、すげーやばい。顔が熱くなってきたぞ。  あーっ、また涙出たらどうしよう。  そりゃ、ひょっこり出てこないかなとは思ったよ。  思ったけど、まさかマジで?  ええぇ……っ  それより、どんな顔すりゃ良いんだ。   あ、いつの間にか持っていたウエルカムドリンクが空になってる。 「わーちゃんそれ、モヒート。それも平川さんばーじょんだから、……濃いよ」   そんな呑気な樹の声にハッとなり、我に返る。 「日向、おまえもそんなにテンパることがあるんだ」   ふぅ~んと先輩が鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべ僕の肩を叩いた。  「先、行くな」  穴があったら入りたい。もう、消し炭だっていい。 「わーちゃん」   と樹が僕を呼ぶ。  口に手を当てて囁いた。 「紅緒も僕もカウンター専門で、ママの許可出ないとフロアーに出られないんだ」   うん、と頷く。思わず飲み込んだ唾で喉が鳴る。  「まだ学生だからね。でも、平川さんは別格」  「?」 「変なことしないから」 「はぁ?」  変なことって、思わず先輩を見たら背中に回した手でピースサインされた。 「あいつも、わーちゃん見たら驚くぞ。嬉しくって泣いちゃうかもな」   泣くってまさか、はは。  はーーーっ。  帰ってもいいだろうか。 「今夜、まーちゃんいいかな」   席に行くと先輩がママと話してた。 「どうぞ、父でよければ好きなだけ使ってください」  「良かった、こいつを紹介したくて連れてきたんだよ」  と僕の腕を掴み、隣に座らせる。  ママが隣にしゃがみ、笑顔で僕を見た。 「伝えとくわ。食べ終わったら直ぐ来ると思うから」  ゆっくりしていってくださいね、と僕にまた微笑んだ。  だから、その笑顔はやばいんですって。

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