むかいぬこ(@mukainuko) / 第116話
第31話 最弱勇者マリリンは教えてくれた
「これです」
流留君が得意げに画面を指差した。
そこには、剣を持った女の子が大きく描かれている。
長い髪に、やたら露出の多い鎧。
後ろには仲間らしい女の子たちもいる。
タイトルは――。
『最弱勇者マリリン』
「……最弱なのに勇者なの?」
「そこからっすか?」
「だって弱いんでしょ?」
「弱いっすよ」
「魔王倒せるの?」
「そこがいいんじゃないっすか」
分からない。
開始三十秒で分からない。
流留君がゲームを始めた。
異世界へ召喚された女の子が、元の世界へ戻るために魔王討伐を目指す。
ここまでは分かる。
仲間を集めて旅をする。
これも分かる。
ところが。
「なんで負けるの?」
「最弱勇者だからっす」
「また負けたよ」
「最弱勇者なんで」
「この子たち、さっきから負けてばっかりなんだけど」
「だから最弱勇者なんすよ」
タイトルに偽りはなかった。
そこから先は、さらにひどかった。
敵と戦う。
負ける。
大変な目に遭う。
立ち直る。
また戦う。
また負ける。
また大変な目に遭う。
「…………」
私は途中から何を見せられているのか分からなくなっていた。
一応、物語は進んでいる。
仲間との友情もある。
過去も明かされる。
主人公たちは少しずつ成長しているらしい。
なのに、何かがおかしい。
いや。
何もかもがおかしい。
「これ、魔王を倒す必要ある?」
「そこ否定したらゲーム終わっちゃうじゃないっすか」
「もう元の世界に帰らなくていいんじゃないかな」
「花音先輩、諦めるの早すぎっす」
私なら三回目くらいで諦める。
そして、いよいよ魔王との最終決戦になった。
当然、最弱勇者なので普通に戦って勝てるはずがない。
それでも仲間たちは倒れ、立ち上がり、また倒れながら、最後まで戦おうとする。
そして主人公のマリンは――。
仲間を元の世界へ帰すため、自分だけが残ることを選んだ。
「…………」
いや。
ちょっと待って。
そこへ至る方法については、ものすごく言いたいことがある。
ものすごくある。
どうしてそうなる。
ほかに方法はなかったのか。
そもそも、その設定は必要だったのか。
でも。
画面の中では、仲間たちが泣いていた。
そして。
「マリリン……」
隣から声がした。
流留君だった。
目が潤んでいる。
「え?」
後ろから鼻をすする音まで聞こえた。
振り返る。
部員の一人が泣いていた。
さらに向島先輩まで。
壁の方を向いたまま、眼鏡を外して目頭を押さえている。
「向島先輩?」
「……見るな」
いや、最初からこっちを見ていない。
「お嬢」
「はい?」
「これが……勇者というものだ」
「…………」
気持ち悪い。
思ってしまった。
ごめんなさい。
でも、気持ち悪い。
さっきまで女の子たちが散々ひどい目に遭うゲームを嬉々として見ていた男たちが、最後だけ揃って男泣きしている。
どういう感情なのだ。
「花音先輩、引いてます?」
「……ちょっと」
「これがエロゲーの真骨頂なんすよ」
流留君が目元を拭いながら言った。
台無しである。
「どこが?」
「もう俺たち、完全にマリリンたちの側にいるじゃないっすか」
「側?」
「最初はキャラなんすよ。ただの絵。なのにずっとやってると、こいつ頑張ってんなとか、こいつ可愛いなとか、こいつムカつくなとか、いろいろ思うようになるんすよ」
流留君が画面を指差す。
「で、気づいたら、ひどい目に遭ったら可哀想だと思うし、好きなキャラならドキドキもするし、幸せになってほしいとも思う」
「……うん」
「だから最後にこうなると、泣けるんすよ」
「でも、これエロゲーなんだよね?」
「エロゲーっす」
「そこが分からない」
「そこがいいんじゃないっすか!」
やっぱり分からない。
だけど。
私は画面を見た。
マリリンがいる。
さっきまで私は、この女の子たちがひどい目に遭うたびに呆れていた。
馬鹿馬鹿しい。
こんなのあり得ない。
何度そう思ったか分からない。
それでも。
最後まで見てしまった。
「……引き込まれてたってこと?」
「そうっす」
流留君が頷く。
「エロいとか以前に、キャラに興味持ってもらえなきゃダメなんすよ。好きでも嫌いでもいいんです。なんか思ってもらわないと」
なんか思ってもらう。
その言葉が引っかかった。
私は自分のパソコンへ目を向けた。
そこには、途中まで書いた紗栄子の物語がある。
早川君とは、何度もその物語について話した。
紗栄子ならどうするのか。
海なら、なぜそんなことを言うのか。
この場面から次の場面へ、どうつなげるのか。
早川君は、物語の中にいる登場人物を一緒に見てくれた。
だから私も、紗栄子たちがどう動くのかを考えてきた。
でも。
読んでいる人は?
紗栄子に、何を感じるのだろう。
可愛い。
応援したい。
腹が立つ。
じれったい。
海と結ばれてほしい。
あるいは――官能小説なのだから、もっと直接的な感情だってある。
好意でもいい。
敵意でもいい。
愛情でもいい。
欲情でもいい。
大切なのは。
《《何も感じない登場人物にしないこと》》。
「……そっか」
声が出た。
「なんすか?」
「ううん」
私はもう一度、『最弱勇者マリリン』を見る。
相変わらず馬鹿馬鹿しい。
設定にはツッコミたいところが山ほどある。
たぶん私は、このゲームを好きにはならない。
でも。
この人たちは泣いた。
登場人物に、それだけ感情を動かされた。
「流留君」
「はい?」
「ありがとう」
「え、何が?」
「ちょっと分かった気がする」
「エロゲーの良さが?」
「それは分からない」
「なんでっすか!」
部屋の中に笑い声が広がった。
私は自分の原稿を開いた。
紗栄子がそこにいる。
今までとは、少し違って見えた。
私は紗栄子を動かすことばかり考えていた。
でも、小説はそれだけじゃない。
この子を読んだ人に。
何を思ってほしいのか。
私はまだ、それをちゃんと考えていなかったのかもしれない。