ジ・エモン / 第24話

24 神の豚

 このあいだ、パソコンまわりをやられたときに便せんをうしなった。  またはじめから書く必要がある。  頭のなかで文面を推敲していると、ケルスが外からもどってきた。  ハシの先をくわえてはなしつつ、ゲンコは見やった。電話をかけにいっていた。 「十四歳だっけ? その彼女(マクローリン)。大変ね」  ケルスが言った。簡単につくったニンジンの和えものと、キツネ色に揚がったタラの切り身にハシをのばす。  日に日に和食じみていく。ゲンコとしては、ケルスの料理にまったく文句はないがタラの切り身はできればやめてほしい。  思いながら、言う。 「いまは目やにが出やすいくらいって言ってましたよ。ほかに悩みってほどじゃないんじゃないかな」  ゲンコの文通相手である、アンナ・マクローリンの話である。名目上、ゲンコのボーイフレンドを演じるカドワラデルを通じて知り合った少女だ。まあ、ゲンコも少女ではあるが、アンナは金髪に青い目のビスク・ドールのように美しい娘で、ただひとつ人一倍身体が弱いことがある。  入院生活が長く、聡明だが若く、つまりはだいたいひどい退屈をもてあましている。  だからというわけではないが、ゲンコとは比較的気安いし、親しい。 「そういえば、今日だれかあたらしく来るって言ってたな」 「だれか? ですか」  ゲンコが聞くと、ケルスは肩を小さくすくめた。ともあれ、という体で言う。 「ゲルトヒーデルって娘は、あくまでガンコだって?」 「え。だって私に懐柔しろだのって言わないでしょ」 「言うかもよ」 「言いませんよ」 「諒子って子とは話になりそうなんでしょ。聞いた感じ、素直っぽい。ゲンコよりかな」  ゲンコはケルスが言うのを聞きつつ、みそ汁をすすった。豆腐というのが、不思議な食感だと思う。 「今度私も話、してみようか?」 「そういう話なんですか?」  ケルスはだまってもくもくと食事をかきこんでいる。  ふと、玄関でチャイムが鳴った。ゲンコは立ちあがった。ふう、となんとなく息をぬく。 (こんな話するほど切羽詰まってるって言うのかな)  べつに不服があるわけでもないが、諒子がそれほど悪人には見えないのが問題ではある。  ケルスがこういう話で、自分より向いているかうまくやるか、なのはわかる。 「お。やあ。ゲンコ。ひさしぶり」  玄関のドアを確認して開けると、同僚の女が立っている。ゲンコは挨拶した。  カイ・メェス。  連絡員のひとりである。中国系の見た目のアイルランド人で、ベルベットに近い色合いをもつロングヘア。見た目おしゃれで派手めの外見。  ケルスとは友人で、素行にやや問題がある。年は十七歳。 「こっち来たんですか、今日から?」  カイは靴をぬいで上がりながら、そうそうと答えた。 「日本支部の調査行ってたんだけど、そこから配属替えで。朝ごはんか。おいしそうね」 「なんで私に連絡しないかな。ハイ、メェス」  寄ってきたケルスが、カイのハグに応じる。ゲンコは食卓にもどった。 「なによ、つれないなあ。気にすんなよ?」  カイがややへそを曲げている。  ゲンコはしかし、食事の途中ではキスやハグはしない習慣のようなのがある。  カイとそれほど、まあケルスほどには親しくないというのと母にそういうクセがあったというのがある。 (意外と悪人でもないってのは、ないかもな)  頭のすみで諒子のことをちらりと考えている。知りあってから、時間が経っていない、会話が足りないというのもある。それだけでなく、オート・モーフィスとの立ち回りが気にかかる。  ゲルトヒーデル本人にもほんのさわりていど言ったが、見た目人間の姿をしているもの相手に斬りかかるなどするというのは、あまりただ事ではない。 「あなたが三度くらい仕事のときにどっか行ったから怒ってるんじゃないの?」 「あれは仕事中じゃないし……それに謝ったじゃん、ねえ?」 「まあ、メェスさんのことは少しは聞いてますから」 「ほら。怒ってないって」 「怒ってるじゃない」  メェスは、ええ? と、不服げにしている。 (諒子さんはともかくとして、あっちはなあ)  ゲンコは考えこむふりで、カイとの会話を流した。たとえば、武道や格闘技をやっていたとか、事前にオート・モーフィスとの交戦があった――こっちは可能性が高い。  なにせ、暗闇でひと目見たくらいで斬りかかるほど激高していたのだ。容姿を把握していたのもそう考えられる。  だいたい持っているのが、人を殺傷できるものである。おもいきりというのがあるし、エイブリーを所有する人間には専門のカウンセリングなどを行って、人間相手に使用するなどないよう教育と念入りな精神抑制措置はおこなわれている。  武道や格闘技をただやっているという経験だけではない。  むしろそういうので慣れる、できる、ということは人格的な麻痺をうたがうことはできる。 (つまり、諒子さんのほうがそれでいくと危なそうかな、となるわけで) 「ん?」  ゲンコはポケベルを確認して、眉を動かした。  そこそこで食事を終えると、「電話してきます」と、ふたりに断って部屋から出る。外は雨が降っている。夕方から夜にかけて悪化する、冷たい雨だとか。 「もしもし?」  アパートの廊下である。仕事用でない、私用の携帯電話を手にしている。 『あ、あ。おはようございます』  電話のむこうで、諒子の声が言う。ゲルトヒーデルあたりが勝手に教えたのだろうか。 「仕事用のポケベルなので、あれには連絡いれないでくださいね」  諒子は謝罪して、知らなかったという話はのべてきた。 (ポケベルはだれが教えたんだろ)  ゲンコは一台しか持っていない。  さらには、仕事用のものである。番号は知りようもない。身内のかぎられた人間、つまり以前からうたがわれているグリニザ本部側の内通者のしわざだろうが。 (でも、それってどういうことだろ)  忘れがちだが、ゲルトヒーデルたちがやっているのは取引というより恫喝をふくんでいる。忘れていたわけではないが、ゲンコたちはどうもボケがちで、ある前提をくつがえしては考えられないようにはなっている。  つまり、組織的な反目はあってもたがいに潰しあうだの主導権をとりあうということにはならないだろうということだ。  そもそも、外宇宙の神々にかかわるもろもろのことは、対処にあたるぶんだけ役損になる。利益がみこめることのない廃事業である。  グリニザというのは、それを横からしゃしゃり出てずっと負担しつづけている正気とは思われない組織。  ほかの組織にしてもそれは変わりない。  実益も精神的充足もなければ、だれもとりあわず競いあわない。持続しないからである。  というような前提だ。 (あとは恨みかな)  あほらしい、と思いながら、ゲンコは諒子との会話に意識をもどした。 『すみませんでした。急にお電話するのも失礼だと思って……』 (携帯電話に慣れてないのかぁ)  現場で言やいいのに、とも思いつつゲンコは考えなおした。 「でも、急にどうしましたか?」 『お礼を言っておこうと思っていました。それに、現場でも……』 「ふむ……」  ゲンコはちょっとうなったが、「言うことじゃないですね。でも、丁寧にどうも」と、無難なことを言った。 「体調はまだ整ってないって、ゲルトヒーデルさんが言ってましたけど」 『いえ、あと一日休んだら復帰します』 「そうなんですか。無理はしないでくださいね」  諒子は素直に応じてくる。  ゲンコは、よけいなことと思いながら言わずにおいた。どうせゲルトヒーデルが言うか、すでに言っているかのどちらかだとおもうのだ。  グリニザ本部の推測にもとづくと、このまま出現がつづく可能性が高まっている。  いまの規模を維持するかわからないが、現象の先行き不透明をさしひいても、三ヶ月圏内で激化しつつ小康する、くらいの予想線はえがかれているそうだ。  そこに未経験の人間を投入しつづけるというのは、単純に本人の安否を優先すればさけるべきである。  また、人手不足の状態であれば出勤状態の不安定が見こまれるようでも配置しつづけるべきである。だが、そこまで切迫していないなら外すべきとなる。  ひいては周囲の負担になるからだ。 (つまり、あなたはいないほうがいいのでは? ってことなんだけど……)  二十分ほど雑談して、ゲンコは携帯電話を切った。  ポケベルの件について、首をかしげる。 (たとえば、諒子さんが悪人ならあれは彼女がわざと鳴らしたんだろう。でないんなら、利用されて鳴らしたんだろうな)  ま、いいや。と、思いながら、ゲンコは直後に鳴りだした携帯電話を取った。  なにか既視感がある気がする。 「もしもし(ハロー)?」  知らない番号からである。  直前に確認して、ややとげとげしく言う。 『もしもし? こんにちは。オブライアンさんですか? ヨハネと申します』 「こんにちは」  ゲンコは言った。ヨハネは作っているふうもなく、まったく常識的な挨拶をしてきた。  だが、不審電話だ。ゲンコは言った。 「諒子さんから番号を聞いたんですか?」 『うん? 諒子ちゃん? いいや。あなたの上司から聞いたのよ』  ヨハネはやや残念そうに言ってきた。 『諒子ちゃんはそういうこたしないわよ。もうちょっと友達なら目をかけてやりなさいな』 「失礼しました。それで、なんの御用ですか。私に用なんですか?」 『うたぐりぶかいのは、いいことだね。ちゃんと話があるから安心しなさいよ』  ゲンコは、カーディガンの襟をさわった。雨が降っているせいで、さすがに冷える。 『なんだ、外で電話してるの? 中に入ったら』 「そういう場所はありません」 『うーん、携帯電話は便利だがそういうところはよくないとこだ』  ヨハネは言うと、あとでかけ直すと言って本当に切ってしまった。ゲンコは、しかたなく中に入った。  二十分ほどしてふたたび電話がかかってきた。番号を確認して、ゲンコは外へ出た。 『ちゃんと着込んできた?』 「きましたよ」 『なるほど、本当のようだ』 「どこかから見てるんですか」 『いや。音と気配でわかるから』  それも気味がわるい話だ。  本当かどうかはわからないが、タツジンとか感覚のすぐれた人というのはそういうところがあるらしいが。 「お気遣いありがとうございます」 『いえいえ』 「話というのは」 『まずはあなたのことが聞きたいかな』 「どうぞ」 『趣味は?』 「音楽鑑賞です」 『クラシック? それともロックやポップス?』 「クラシックは聞きません。ポップスよりロックを聞きます」 『ふーん。イギリスっぽいな。休日はなにを?』 「掃除、ギターの練習、散歩、ショッピング、トレーニング」 『やっぱり音楽はトレーニングのときに聞いてるの?』 「たまに。そのときによって」 『ライブは行ったことある?』 「一回だけ」  さらに、二、三聞いてきたことに答える。ゲンコはそこらで聞きかえした。 「話があるって、用件じゃなくて、スモールトークってことですか?」 『日本語うまいね』 「日本に仕事に来てますから」 『好きなイギリスのタレントは?』 (切っちゃっていいかな……)  ゲンコは消沈しつつ答えた。ヨハネは、とくにこたえたふうもなく、なるほどね、と聞いてくる。 『アルバイトはやっぱりベビーシッターとか?』 「それもやります」 『勉強ははかどってる?』 「ぼちぼち」 『いろいろ聞いて悪いわね。あなたに興味があったものだから』 「そうなんですか」  ゲンコは雨粒に視線をやった。会話から気がそれている。 『楽器に興味があるんなら、今度エレキギター触ってみる?』 「また今度。ミズ・ヨハネ。若い人間は気むずかしいんですよ」 『ごめんごめん。騎士トリストラムって言うもんだからさ』 「あなたはグリニザ本部側の所属なんですか?」 『だいたいはそうかな』 「じゃあ、今回いらっしゃったのは仕事なんですか?」 『半分はそうだけど、正式なものじゃないな。私は半分引退しているから』  ヨハネ。義指のヨハネ。  ゲンコの知識にもある人物だが、実物はおろか写真も見たことはない。  ちょっとした有名人ではある。超常の斬撃者、とも過去には言われたらしい。  エイブリーを使わずに、主に刃物を使う方法で怪物の駆除にあたる、というのは数が少ないとはいえいないわけではない。ゲンコの知り合いのカドワラデルという男がそうである。  そういう人材に、本部が目をつけないわけはなく、エイブリーを持たせよう、という試みもなされたようだ。結局、本人が拒否した以外、それでどうなったかというてん末は明言されていないとか。 「そういうことでしたが、あのサングラスみたいなのって、たぶんエイブリーですよね」 『なんだ、よくわかるわね。そうそう。正確には上位存在のひとりっていう変な人が加工したものなんだけどね』  エイブリーは現行段階の人間には、手がだせない技術。  ゲンコには把握しようもないが、おもに動力源まわりをブラックボックスとしてその機構も一部が分析、解析できるのみ。  ふれこみどおりならアウタースペースとよばれる深い外宇宙からきた、大気圏内(インナースペース)の地球上に存在しえない技術体であり、ウィルトシャー、エイヴベリーのストーンサークル。  現段階で解析されていないエイブリーの石を語源とする。もし時代がすすめば、どこから来たのか解明され呼び名も変わっているかもしれない。  ゲンコはいぶかしんだ。 「サワコ・ルールですか」 『ちがう人だよ』  ヨハネはあっさり否定した。 『そういえば、あなたの持ってるクルタナも加工したものだったね』 「はい」 『私も年をとったものだから、ああいうのに頼っているわけよ』 「……」 『先代、というとおおげさだがガットギターの前任者……ウゥン。たまに思うけど、グリニザの命名はどうにもセンスがいまいちだよね』 「わかりやすさが重視ですから、好きに呼べばいいのに」 『そうそう、その前任者はちょっとした知り合いでね』 「母のことですか」 『まあ、タエコ・イソーテ』  ゲンコは話を聞きながら、携帯電話を持ちかえた。  耳がごわごわする。 『前任の騎士トリストラムっていうのも、彼女だろう?』 「ええ。そうです」  答える。ヨハネは、声の調子をあまり変えない。 『とんでもない腕っこきだったわよ』 「知っています」 『あなたはどんな感じ?』 「名前だけです」 『まあまあ、そんな感じとは思っていたわよ』 「ええ」 『まあ、あんまり周りをかるく見たことも言わないでおいてよ』と、ヨハネはとりなしたことを言った。 「気を遣っていただいて」  ヨハネはその後、自分の番号を告げ、確認すると電話を切った。  ゲンコはもう一度鳴らないかやや警戒したが、携帯電話はぴくりともうごかない。  気だるそうにかるく肩をまわす。  クルタナ。グリニザにおける呼称をチョップスティック。  クラーダ・オブライエンに九十年代初頭からあらわれた、ひとりの女性技術者、かつ研究員でもあったサワコ・ルールという人物によって一躍脚光をあびたエイブリー。  その人物は不可能であるはずのエイブリーの再加工までをやってのけた。  もともと、そこから三十年前、一九六〇年代初頭にクルタナがオート・モーフィスによってもちこまれた。そこで加工し、クラーダ・オブライエンに可能性をしめした。それ以外にはなんの解明もされていなかった、死蔵にちかい置物だった。  サワコ・ルールはその置物を解明し再加工をほどこした。  当該エイブリーに備わっていることが判明した、生命維持機能。  メカニズムとよべるものがあるなら、正確には生命維持とはちがうものだったが、結果と臨床、そして実用試験におよぶにはそれだけで十分だった、とされている。 (そのサワコ・ルールがオート・モーフィスで、なんでおなじ姿かたちの人型(じんけい)からグリニザがあざむかれたのか、今もって不明と)  順当に考えれば、わかっていてまねき入れ、騒動のてん末までどうにか正体を隠しとおした。  となるだろう。  ただ、経緯としてはちがっていて、当時の研究員、関係者は大々的に彼女、サワコとなのるオート・モーフィスと接触しておいてだれも気がつかなかった。  あるいは、だれも自覚できなかった。そうなっている。  盛大な狂言。 (……)
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