ジ・エモン / 第28話

28 記録(6)

「じゃあ、頼むね」  担任の安藤(あんどう)は言った。  松本ははい、と、素直なのか判断がつきにくい返事をした。  安藤がふと言う。 「にしても、よく休むね、守井は」 「そうですかね?」  松本が人懐こく聞きかえすと、安藤が無骨なあごをなでる。おそろしく筋肉質な男性教諭で、背も高く、サイズがおおげさでなくひとまわり大きい。  年齢は二十代前半とか、三十代とか言われていて年齢不詳の見ためがある。担当は現代社会だが、校内では彼がプロレスラーか牛殺しの格闘家であるとささやかれている。  松本は教師のなかでは、安藤に好意的である。お人好しではないが、生徒に気を遣ってくれるという点でマシである。 「転校したばっかりだっていうのにな。あれじゃ授業だって遅れちまう」 「でしょうねえ」 「あー、すまん。引き留めたな」  いいえ、とにこにこして、松本は手をふった。安藤はあきれた目をむけつつ、松本に礼を言ってむこうへ行く。  放課後。 「井弐(イニ)ちゃん、また?」  友人の○○が言う。松本はそうよ、と安請け合いに言った。   「先生もまいど頼むねー」 「ね。めんどくさいね」  答えつつ、帰る準備をする。それなり部活には身を入れているタイプなので、友人と遊ぶのはそこそこだ。  と言って、松本がつきあいが悪いと言う友人知人はいない。 「たまには断ればいいのに」 「んー、苦にはならんしなあ」 「そうなの?」 「そうそう。好きでやってるとこあるし」 「え? そうなの?」  ○○はけげんそうに聞いた。  家が比較的近いとはいえ、プリント類くらいでたのまれて届けるというのは、学生には嫌な用件でしかない。相手が教師やら学校では、断るという発想もまた心的負担である。 「そうよ。なんといっても、私は守井さん、好きだからね」 「そういうのは、あんまり聞きたくないな〜」  ○○はへきえきした顔をした。 「いいけど、井弐ちゃん、帰り遅くなるんだからさ。気をつけなよ」 「ありがと。気をつけるよ」  松本は教室をあとにした。 (そろそろ、屋内の練習がほしいな)  菅原大附属の水泳部は、熱心な部活とは言いがたい。真剣にやっていない、とも思われてはいるようだが、松本に言わせればそうでもない。  真面目にやっているだけいいほうである。 (真面目の方向がちょっとずれてんのよ)  十月になるというのに、気温がちょっとおかしいとか。言われてはいるが、水の温度というのはだんだんと冷たくなる。  屋内に切り替えると、校外の公共プールに行くからそれはそれでめんどうにはなるのだが。  水着になるのを億劫に思っていると、ふと廊下の先から知った先輩が歩いてきた。 (おや)   目があったので、黙礼してちかよっていく。  セミロングのめだって背が高い女子である。目がぱっちりとしていて、どことなくさっぱりしていそうな印象がある。  日向井カズミ。三年生で、松本には委員会の先輩である。 「日向井先輩。こんにちは」 「うん、部活どう?」 「ぼちぼちー。どうしたんです? ここ」  日向井は、照れたかんじでにこりと笑った。 「おべんとう。昼、時間なかったから」 「あー」  両手にもって、スカートの前に提げている。そういえば、とうかつにも松本は言いそうになった。 (あぶ、あぶ)  日向井の彼氏、という二年の男子だろう。  夏のなかごろから付き合っているという話はあった。が、実をいうと相手が相手だから、もう別れたと思っていたのだ。  松本も、遠目に何度か見ただけで、名前もろくにおぼえていない。  しかし、めだつ生徒だった。顔だちはすこしすれちがったくらいでもわかるタイプの、シュッとした輪郭。また、くっきりとした目鼻立ち。  小耳にはさんだ感想(ウワサ)では、キレイとかっこいいがいい感じに両立しているとも。 (さすがにちょっと興味はあるけど。でも、日向井センパイがなぁ)  日向井は美人ではあるが、派手さはない。  性格はよい、というより委員会では松本はいい先輩と思っている。自分が一年生のころから、よくお世話になった。突出しててきぱきとした先輩とか、そういうのはないが後輩に接するのは丁寧でつきあいがしやすかった。  男子との付き合いは本人の口から聞いたことがない。ただ、人並みに興味はあったし、意外ともてるのではないかという心当たりもある。  相手の彼氏はそういう点で、やや不安である。  噂でしかないが、とにかくもてる。  本人も、女子への関心が高そうなタイプだそうで、たぶん、彼女には困らなそうではある。  あぶない、と思う。 (偏見だけれども)  そもそも日向井と付き合う前に、彼女がいたはずである。  彼氏自身は、五月ごろだから五ヶ月前くらいから噂を聞くようだったはずである。  海外から越してきて転入したとか。菅原大附属に通うくらいだから、あえて選んできたものだろう。  友人のように男女関係でごちゃついたりはするが、菅原大附属というのは学力に定評があるのはもちろんとして、おとなしい高校である。  まじめに勉強をやっていれば、遊ぶヒマもない。遊んでいるようにみえて、成績はいいというのもいることはあるが。  自由な校風というのは確かだ。 (八月のはじめって話だったから、二ヶ月か)  松本も、知ってる先輩ひとりの交際がどうだとか言う暇ではないが。  告白は日向井からという話だったはずだし、さっきの様子を見るに、日向井のほうからけっこう入れこんでいる。  ように見える。 「じゃあね」  ちょっと雑談して日向井は、三年の教室のほうへ去っていく。知らない、と思いなおして松本は部室へむかうことにした。  男がらみで日向井がごたつくようなことがあったら、いい気がしないだろうというだけだ。  そういうのはまわりでやきもきするよりか、意外と当人同士があっさり処理しているところはある。 (お、名物不良だ)  階段のあたりで、リーゼント頭が上がってくる。奥面とかいう、自由な校風の象徴のようなののひとりだ。  進学して以来、順調にガラの悪いつきあいをしている幼馴染によれば、地元では有名とのことだ。  自由、ということは不良をやる暇もあるということだが、この奥面というのは学力自体はよいとの噂もあって、よくわからない。  印象のよくない原因である、いつも近くにいるおとなしすぎそうな女生徒……ヒナダという名前だ、たしか、がうしろを歩いている。   (おお、普通に話すんだ)  階段を上がる途中で、言葉をかわしているのが見えた。  内容はわからない。  じろじろ見そうになり、さっさとそらしてすれちがう。 (あ、嘘。携帯)  ポカをした。まさか、携帯電話を教室に忘れたようである。  こうして直感ぽく、ふと気づくというのが松本にはある。ぬけているとも言う。  階段を登りなおす。踊り場から軽率に方向転換をしたせいか、上から下りてきているのに気づきそこねた。 (おっと)  声に出さずに、おたがいさけるかたちになった。 「あっ」  と、松本とぶつかりそうになった女生徒が言った。かしゃん、とかるい音がする。  女生徒がおどろいた拍子に、うっかりなにか落とした。布袋、体操着入れだ。  それが階段の途中で、落ちて音をたてたわけだ。  松本はなんとなくその音にいやな予感がした。 「っと。ごめんなさい」  言って、ひょいと体操着入れをひろって手渡す。すばやい動きに、女生徒はちょっとあわを食っている。  よく見ると、ヒナダという女子である。 (ありゃ)  どうも、さっきすれちがったのと、おそろしくちょうどいいタイミングで上から引き返して下りたというところか。  階段のうえから、奥面が見ているのが目のはしっこに見える。 「だいじょうぶ? へんな音したけど」 「いえ、こちらこそ。……あっ。あ」  ヒナダが体操着入れをあらためる。 「おい。踊り場でやれや」  奥面が言ってくる。ヒナダは階段をおりて、踊り場のはしによけた。体操着入れをあらためるのを、松本は不安視して見た。 「あっ」  ヒナダが言った。手に、携帯プレーヤーらしい機器がにぎられている。  見やるとふつうのMDプレーヤーのようだ。  本体に雑にイヤフォンの線が巻かれてある。反応から見るに、ぱっと見で壊れているのが見えた、くらいだろうか。 「もしかして、壊れた?」  松本は言った。ヒナダは困ったかんじで、肯定した。 「ごめんなさい」  ともあれ謝っておく。不運な事故ではある。 「あ。ううん……」  ヒナダは言った。ととのった外見で、まつ毛が長い。おどおどした印象だが、人の目はちゃんと見ている。 (見た感じより、気弱ってんじゃないのかもなぁ)  横で見ていた奥面が、口をはさんだ。 「なにやってんだよ」 「ごめんなさい」  ヒナダが言う。奥面というのは、近くで見ると背は高くなく、がっしりした体格だけ威圧的に見える。  松本は幼馴染のおかげで、彼の知り合いもちょっと知っていることになっている。  そのなかにも、髪がいかにもだったりというのはいるが、奥面くらいのリーゼントヘアというのは見たことない。 (こっわいなぁ) 「本当、ごめんね」 「私も不注意だったから。こっちこそ……」 「いこうぜ。ほら」 「う、うん」  松本は、奥面を見やった。言う。 「ぶつかりそうになったんだから、まず心配じゃないの?」 「あ?」 (あっ、やばい)  失言した。松本は、内心だいぶ焦った。  表情には、すこしも出なかったがどうかと思った。しかし、この手の横柄な人間というのがだいぶ嫌いである。  だが、今のはないだろう。奥面はそういうなんだこいつ、というまっとうな理由でも松本を見たようだ。  すぐに面倒な人間だと見たかんじが伝わった。 「ちっ」  と、不良っぽく言うと目をそらした。いまああ、性格になんかあるやつだなと思われた、というのが伝わったと松本は感じた。   実際そうなので、内省しかけていると奥面がなにかに気づいたように足を止めた。  関心ない目が、松本にまた向く。 「たしか……」  言う。たんなるつぶやきのようだった。  まず謝るか、と思っていた松本はその反応を怪訝に思った。おかげで口にしようとしていた謝罪の言葉を言いそこねた。  奥面は、なにか考えたふうな光をうかべると、上りかけた階段をおりてきた。 「二年生だよな?」 「うん? ええ」 「悪いが、ちょっと面貸してもらおうか」  奥面はいきなりなことを言った。  松本は、顔には出さずに当惑した。  表情に出ないからといって、実際にどうかなる問題ではない。相手が相手である。 「急に、なによ。嫌でしょ」 「さっき舐めた口きいただろうが」 「ちょ、ちょっと。奥(アオ)君……」  いやな流れになってきた。松本は、しぶりながらもなんとなく本心では観念した。  奥面はひきさがりそうにない。 (いやだな) 「よっ。オウメン。なにしてんだ?」  かるいかんじで、だれかがわりこんだ。  泣き言を言っていた……奥面を挑発したのは、彼女だが、松本はちらりと見やった。  男子生徒である。いつのまに来たのか、自然な足どりで階段をおりてくる。 (二年生の)  松本は、はっとして見やった。  ついさっき、思考に上らせていた日向井の彼氏である。 「こんなところで騒いでんなよ」 「うるせえな」  奥面は、剣呑な口調を返した。どうも顔見知りらしい。  男子生徒は、ほほをかいた。 「なんの騒ぎよ。もめごと?」  言う。松本と、奥面をそれぞれ見てきょとんとした目をする。 「女子にからむとか、らしくないな」 「からんでるわけじゃねえよ」 「そっかなあ?」  緊張感のない口調に、奥面が相手にしかねるという目をする。 「むこうに行ってろっての。おまえにゃまったく関係ねえ」 「いやいや。俺も割って入るところは考えてるよ」  男子生徒は言うと、松本に目をやった。 「○-○の、……たしか、松本さんだよね。はじめまして。俺、佐々っての」 「ああ。はじめまして」 「……なんだ、知ってんのか」 「そう。ほら、先輩の知り合いで」  奥面は、感じ入ったところもなさそうだった。が、急にあきらめたようだ。 「あほらしい。もういい」  言って、階段をのぼっていく。残っていたヒナダは、松本を気まずげにみて、頭を下げた。奥面につづいていく。 「大丈夫? まあ、なにも……されちゃいないか」  ササ、と名乗った男子生徒は言った。  松本はほっとしつつ、「うん、ありがとう」と、礼を言った。 「たまたま見かけただけだから、いい、いい。知ってる顔だったって話だしね」 「あの奥面て人が?」 「そうそう。怖いけど女子に手上げたり、しつこくからんだりとかやらないやつなんだけどな。ま、俺もつきあい浅いか……」  ひとりで言う。それから、ふと気づいた感じで聞いてきた。 「君のことも知ってるけどな。そいえば、キミ、松本さんのクラス、守井って人いるよな。転校生の」  松本は、聞かれて目をまたたくようにした。それも短かった。言う。 「いるけど」 「最近休んでるって、なにかあった?」 「ん?」  松本が聞きかえすと、佐々はうんとうなずいた。 「俺も知り合いでさ。連絡とってるわけじゃないから気になってね。なにもないならいいんだけど」 「うーん、くわしくは知らないけど。でも、体は丈夫じゃないって言ってたような?」  言う。佐々は小さくうなるようにした。   整った顔が、人間味をおびて見える。が、すぐに目の色がすずしげなのに戻った。 「おっ。ひきとめちゃったな。じゃ、ありがとうね。なごりおしいけど、これで」 「あ。うん。ありがとう」  佐々はさらりとした態度で去っていった。 (美形ってかんじだな)   やや鼻につきかねないあやうさはあるが、容姿のおかげで感じよくおさえられている。 (まあ、彼女持ちの人とだらだら話すのもな?)  松本は、とんだ道草を食ったと思いつつ、部室へむかった。  失言したことは反省しつつも、不良にからまれかけたことは忘れている。 (そういや、飛行機がどうって)  廊下から外が見え、ふっと思い浮かべる。学校ははずれた範囲だからたいして気にならないが、市内の一部は最近、物騒な騒ぎが多い。  いわく、飛行機の墜落、航空事故、またはガス漏れさわぎ。異臭さわぎなんていうのもあった。  それは同じ区画でのことだが、松本の家にも何度も警察の注意なんかが回ってきた。 (おもんな)  松本はすぐに忘れた。  部室にいくと、すでに着替えの準備がはじまっている。部員らの雑談と自分も挨拶やなんやとして、せわしなくなる。  部活前の空気は、気だるさをふくんでゆるんでいる。 「マジか。こっわー……」  着替え終えた部員の中郷(なかざと)が、うわさ話をしている。近くにいた黒早(くろさわ)が、松本にも話をふってきた。 「安藤先生ってさ。ほら、保健室の早佐香(はやさか)センセイと」 「ああ。聞いてる」  松本は言った。二人が付き合っているらしいといううわさだろう。こういうことは、本人たちがなんでか隠している、というときにかぎってささやかれる。 「でまあ、校長室から早佐香センセイが出てくるの見たって」 「へーえ」  話を聞く風を出しながら、松本は肩の水着の具合を直した。どうも話によると、早佐香がよびだされたとか、産休でもとるのでは、または暗にできちゃった婚をやらかした、とまで発展したものがこっちまで広まっている。   早佐香は二十歳前後、また二十三歳とも言われるくわしい年齢がわからない養護教諭である。すらっとした美人で、はちみつ色の派手な金髪がめだつ。染めているとのことだが、どうやって先生になったのか、とたまに声に出さない疑問をうかべる生徒はいるようだ。  はきはきとして背筋ののびた女性で、そのくらい気にならない人物だというのもある。押しはやや強さがあるものの、基本的に明るく苦手よりは親しみを感じるのが多い。 「『やっけ』、指輪は前からしてたしな」 「ね。どうなんだろね」 「おーい。そろそろ練習」  部長の櫻坂(さくらざか)が来て、「はよしね(はやくしろ)」と、発破をかけてくる。松本らは急いでプールに出た。風がないぶん、天気はマシだ。プールサイドのざらざらした床が雨と塩素のにおいをさせている。  練習を終えると、すっかり夕暮れである。  不吉な時間といえた。黄昏と、宵闇どきのあいだほどの半端な暗さ。  薄ぼんやりとして建つ校舎がうす気味わるくも感じる時間だ。部室から、直接建物をとおらずに下校できる。  といって、もちろん松本も見慣れている。がちがちに疲れきった身体が、薄闇に流れるような錯覚。 (今日はさすがにな)  わりとひんぱんに、幼馴染の家をおとずれる悪癖が松本にはある。目的は、ちょっとつっぱっている兄ではなく、弟のほうだ。  高一になるもうひとりの幼馴染は、兄とおなじ高校にかようやや頼りないくらいには、まじめな男子である。  突発的に連絡をとってあがりこみ、その弟の部屋で宿題やらゲームやらやる。  部活以外、ルーチンらしいもののない松本の習慣である。 (二週間くらい行ってないんだよな。ストレス溜まるわ)  中学からつづけている水泳で、身体は鍛えられている。このくらいの疲れは疲れではないが、松本はストレスに弱い。  競技前の極度の緊張みたいなものでなく、行動に関するものである。  日常にしていることが阻害される、というのが我慢ならない。当然、爆発したりはしないのだが。 (ご飯たべて、洗濯やって……)  ほほをさすっていると、ふと目のはしにちらりと違和感が映った。  松本は、正門にむかっていた足を止めた。  校舎のほう、廊下のなか。夕暮れの赤い光が窓ガラスに反射してよくは見えない。 (……)  ん、と、松本は奇妙さに肌をぞわぞわさせた。不気味な予感がする。  時間帯であるから、人はとだえていて、校舎のなかには人影がみえるというのは不自然になっている。  いや、本当に人影だったかもわからない。  そもそも校舎内はろくに見えない。  奇妙な感じ、というのはなにかほんのりした後ろめたさだ。なにかが一瞬、こちらに白い顔をむけたというような。 (一階って……いやだな)  思いつつも、あせったようすの浮かばない顔で歩く。  最近でもなく、うわさがある。幽霊のうわさだ。だが、中学でも聞いたたぐいのもので、むしろ松本らのいた中学校はそういう話が六怪談といわれるほどあった。  古い校舎なのだ。とくに戦前から建ってるとかいう旧校舎の一部が残っていた学校で、小学校からあがってきたばかりの生徒らは、あの中学になることに期待六割、三割ほどは本気でふるえあがっていた。  まあ、だからといって幽霊やなんやに慣れるわけでもない。正確には思ったより慣れないか。 (こわいものは、こわい……)  とはいえ、命の危険にさらされるわけでもない。  白い顔ということで、松本がおもいうかべるのは、死神という怪談である。  落語だかで有名な死神とは関係なく、中学でそう呼ばれていた。いわく、昭和の中ごろに二人の一年生がきもだめしをした。  校舎に夜こっそり侵入するのだから、子供の遊びではすまない。  ましてや、当時の中学一年生というのはいうほど子供でもない。やったのはよほど悪ガキであった。  二人が探しにきたのは、夜中に天井からたれさがる影、といううわさだった。松本がいたころの学校には、なぜかなかったが、だれもいなくなった校舎の廊下にぼんやりさがっている影があらわれる。  どうも、精神を病んで学校の木で首をつった用務員であるらしい。二人は、こわごわしながらも校内を歩いて回った。だが、いくら探しても影はあらわれない。  結論から言うと、二人ともが帰ってこなかったという話ではない。一人だけ帰ってきた。  もう一人の男子学生が帰ってこず、この夜をさかいにふっつりと行方不明者になってしまった。  帰ってきたという一人は、その後、普通に高校へ進学した。で、二年生になったころ、まわりにいた友人のひとりにこの夜のことを語ったそうだ。  その三ヶ月後に、急に首をつって死んでしまった。この首をつった場所というのは、彼が卒業した中学校の木であった。  話を聞かされた友人が伝えたところでは、あの夜ふたりはけっこう長いこと、校舎をうろついていた。  言ったとおり、影はなかなかあらわれない。そのうち緊張がゆるんで、大胆になったひとりが当直の用務員をからかってやろうと言いだした。もうひとりもそれにのって、用務員がいる当直室へ行った。が、当直室は明かりが落ちていてだれもいない。  おかしくはあったのだが、悪ガキであった二人は当直室の物色をはじめた。窃盗だろう。そのとき、押し入れから音がする。けげんに思った二人のまえに、突如として押し入れがひらき、男のような人影がおそいかかったのだそうだ。  逃げまわった二人だが、あっというまにひとりが捕まり連れさられてしまった。残ったひとりは、起きたことを当直の用務員にしらせ、校内を探して歩いた。  が、ついに男も連れさられたひとりも見つからなかった。  話はそれで終わりだが、この出来事から三ヶ月後に用務員が首をつって死んでしまった。  それが生きのこったもうひとりが首をつって死んでいた木と、おなじ木だった。  白い顔とは、当直室で行方不明になった男子生徒を連れさった男の顔のことである。  生きのこった男子学生が、友人になぜかはっきりとその骸骨のようにやせ細ったおそろしい顔をみた、と話していた。明かりもつけず、しかし闇に浮かび上がってこちらを見る、死神のように青白い顔を。  追加として、この話を聞いて三ヶ月以内に二人に話をしないと、その人のもとに死神がきて死に誘ってくる。  松本は、受験シーズンの微妙な時期に友人のひとりにこの話を聞かされた。あの時期というのは妙なテンションになっている学生が、奇抜な行動をするころだった。 (私もけっこうやったなあ……)  反省がおびえた胸をよぎる。やったことと、やられたことをどちらを覚えているほうが、真人間だろう。  などと考えていると、恐怖感から気がそれるから、自分はいまいち薄情なのだ。  松本はいまのうちにはなれることにした。  なにも見なかったということにしておこう。  そういえば、だれから聞いたのだったか。  幽霊のうわさ。 「ん?」  思い出せないことに、首をひねる。さっさとプリントを届けて帰るとしよう。
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