義井映日 / 第24話

第23話 揺れる派閥

第23話 揺れる派閥   執務机に広がった書類に目を通していた時だった。ロノヴェが、足早に執務室へ入ってきた。 「話せ」 「オルテガ卿を見張らせておりましたが、昨夜、屋敷から使いの者が出ました。行き先は、王都の外れにある廃聖堂です」 「廃聖堂、か」 「はい。かつて天使が王都まで攻め入った折に、祈りを捧げていた場所です。大戦後は、誰も寄り付いておりません」 「跡はつけたのか」 「サイファーが。今頃、戻ってくる頃合いかと」  言葉の途中で、扉が控えめに叩かれた。サイファーだった。息が、まだ上がっている。 「団長。使いの者は、廃聖堂で誰かと会っていました」 「中に入ったのか」 「外からです。壁に近づくだけで、肌が粟立ちました。光の名残が、まだ染みついています」  サイファーが、目を細めた。 「中は崩れかけていましたが、祭壇の跡だけが、妙に綺麗でした。誰かが、掃いています」  使われている。 「誰と会っていた」 「顔は見えませんでしたが、身なりからして、貴族の使用魔かと。それと、帰り際に、これを落としていきました」  サイファーが差し出した紙には、家紋が押されていた。二本の槍を交差させた紋章だ。侯爵家の紋から、槍を一本減らした形をしている。父上の代の宮廷名簿で、見た覚えがあった。  落としたのか、落とさせたのか。 「これは」 「ローデンヴァルト家の、分家の紋です」  部屋の隅から、声がした。いつの間にか、キリアンが控えていたらしい。 「本家は行方知れずですが、分家筋は、まだ王都に留まっています」 「分家が、糸を引いていたということか」 「その可能性が、高いかと」 ◆  その日の夕方、紫炎の騎士団の詰所に、六名が集まった。ロノヴェ、キリアン、サイファー、ゼン、リオン、ノア。  七つ目の席は、ない。  壁には、稽古で焦げた紫の跡が、幾筋も残っている。 「分家の当主は、確か」 「デルフィン卿です」  ゼンが、待ってましたとばかりに口を挟んだ。 「先月の夜会で、やたらと自分に絡んできた男です。稽古の話ばかりで、うんざりしました」 「どんな男だった」 「覚えていません。侯爵に似ていた気もしますが」  侯爵に似た男が、まだ何名もいる。 「お前に絡んで、何の得がある」 「さあ。自分が陛下の覚えめでたい、とでも思ったんじゃないですか」  軽口に、幾名かが笑った。リオンが、口を挟む。 「見張りは、自分とノアで回せます。陛下やクロエ様の周辺は、手薄にはしません」 「頼む」  ノアが、無言のまま小さく頷いた。 「その周辺を、洗ってみる価値はありそうだな」 「自分が」  キリアンが、手を挙げた。 「大戦の頃から、多少の伝手があります」 「頼めるか」 「――お任せください」  一瞬、その表情に、何か翳るものがよぎった。だが、すぐに消えた。 ◆  二日経っても、音沙汰がなかった。様子を見に行かせようとすると、あれは独りで動く者です、とロノヴェが止めた。  三日目の夜、扉が叩かれた。入ってきたのは、ロノヴェ独りだった。 「キリアンは」 「まだ、戻っておりません」 「伝手というのは」 「本人が、言いませんでした。止めれば、動きません。ただ、大戦時代、共に諜報に当たっていた相手だと」  程なくして、キリアンが姿を見せた。左腕に、包帯が巻かれている。 「その腕は」 「大事はありません。情報の対価として、多少の無理を通しただけです」  守るために隠すのは、こちらの仕事だと言った男だ。  半日で塞がるはずの傷が、まだ滲んでいる。  差し出された紙には、デルフィン卿の屋敷から侯爵本家への送金記録が記されていた。逃亡の費用は、こちらから出ていた。 「証拠としては」 「十分だと思われます。ただ」  今度は、待てるか。 「ただ、何だ」 「デルフィン卿自身は、末端に過ぎないかと。もっと上に、指示を出している者がいる可能性があります」 「侯爵がいなくとも、陰謀そのものは、独り歩きを始めているということか」 「その通りかと」  それでも、末端を一名捕らえるだけだ。 「キリアン」  名を呼ぶと、キリアンが手を止めた。 「無理はするな。次からは、他の手を考える」 「お気遣い、痛み入ります」  外は既に暗く、遠くの街並みに、まだ幾つもの灯りが点っていた。ロノヴェたちを下がらせた後、しばらく執務室に独り残った。 ◆  頭の中を整理してから、クロエの居室へと足を向けた。 「デルフィン卿、ですか」  聞き終えたクロエは、黙り込んだ。 「知っているのか」 「面識はありません。ただ、縁者だということは、朝議で何度か耳にしたことがあります」  クロエの目が、窓の外へ移った。蝋燭の火に、左頬の文様が青く沈んで見える。 「終わっていなかったんですね。あの一件は」 「まだ、道半ばだ」 「詰所に、呼ばれませんでした」  返す言葉が、なかった。 「自分は」  両手が、膝の上で軽く握りしめられていた。 「オルテガ卿の一件で、少し安心していました。あれで、一区切りついたのだと。でも、根はまだ、深いところに残っていたんですね。陛下が排除しても、次から次へと、名前を変えて出てくる。自分という存在そのものが、火種のようです」  クロエが小さく笑った。 「怖くは、ないのか」  クロエが、こちらを向いた。 「怖くない、とは言えません。特に――」  言葉を切り、少し俯いた。 「自分を狙う理由が、いつも同じだからです。出自。血筋。生まれ。変えようのないものばかりを、繰り返し突かれる」 「それでも」  クロエが、顔を上げた。 「陛下が、隣にいてくださる限り、大丈夫な気がします」 「隣にいる、だけではない。私が、隣にいたい」  クロエが、目を見開いた。それから、小さく頷く。  窓辺に並んで立ち、しばらく、どちらも何も言わなかった。  その時、扉が控えめに叩かれた。 「陛下、少し気になることが」  声の主は、キリアンだった。腕の包帯が、さっきより滲んでいる。 「デルフィン卿の屋敷が、何者かに火を放たれました。屋敷の者たちの姿も、デルフィン卿も、どこにも見当たりません」  クロエと、目が合った。 「逃げたか、それとも」 「それとも?」 「消されたか、だ」

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳