義井映日 / 第13話

第12話 近づく影

第12話 近づく影   鷹眼宮《ようがんきゅう》に戻ってから、数日が経った。  廊下に立つ衛兵の数が、明らかに増えていた。すれ違うたび、鋭い目が向けられる。  あの日の襲撃について、調査を命じていた。六騎士のキリアンに任せたのは、貴族の出でないからだ。どの家にも、借りがない。 「痕跡が、あまりに少なすぎます」  キリアンが、困惑した様子で告げた。墨の染みた指で、報告書の束を差し出す。中身は、既に細かく分類されていた。 「武器の型式も、賊の身元も、一切が不明のまま」 「爪の跡は」 「照合いたしました。悪魔のものでも、天使のものでもありません。焼け跡も、紫炎でも、天使の光でもございません」  キリアンが、報告書の一枚を抜いた。焼け跡を写した図だった。 「前例が、ないのです。まるで、最初から証拠を残さぬよう、計算されていたかのように」  机に広げられた報告書に、目を通す。  矛盾する証言。途切れた足取り。 「引き続き、探れ。団長のロノヴェにも伝えよ。宮内の巡回を、これまでの倍に増やせと」 「すでに、その手配は進めております」 「よし。副魔王の周りを、厳重にせよ」 「――クロエ様には、お伝えいたしますか」  筆を置いた。  伝えれば、また庇われていると思われる。伝えなければ、また黙って動いたことになる。 「伝えろ。理由も、そのまま」 「畏まりました」  間を置いて、続けた。 「それから、朝議に出入りする者たちの動きも、それとなく見ておくように」  数日後の夜、キリアンが執務室の扉を閉めてから、声を潜めた。 「一つ、気になる報告がございます。事件の起きる少し前、視察団の日程を、通常よりも詳しく問い合わせてきた者がいたそうです」 「日程を」 「はい。出発の刻限、経路、護衛の数まで」 「誰だ」 「そこまでは、まだ」  キリアンは言葉を選んだ。 「問い合わせを受けた文官も、相手の顔までは覚えていないと。ただ」  続きを促すと、キリアンは頷いた。 「宮廷の作法や書式に慣れた聞き方だったと申しております。宮廷の内部の者である可能性が、高いかと」  内部。  末席の顔が、浮かんだ。  根拠は、何もない。 「この件は、他言無用だ。お前と、私だけの話にしておけ」 「畏まりました」  キリアンが下がろうとして、足を止めた。 「もう一つ、よろしいでしょうか。昨夜、陛下の私室付近で、見慣れぬ影を見た、という証言がございます」  右目の奥が、疼いた。 「すぐに姿を消したため、確証はありませんが」 「警備を、厳にせよ。ただし、大事にはするな」  キリアンが深く一礼し、退室していった。 ◆  執務室を訪れたアークに、キリアンの報告を伝えた。  アークの手が止まった。 「前例が、ないのですか」 「そうだ」  アークは、書類の端を揃え直した。 「クロエの屋敷の茶葉が、妙に減っていると、侍女から聞きました」  話が、飛んだ。目を上げた。 「誰が使っているのかは、存じません」  アークは書類に目を戻し、顔を上げなかった。 ◆  執務の合間、クロエが顔を出すことが増えていた。  扉の鳴り方が、戻っていた。 「陛下、こちらの書類、確認をお願いします」  受け取る際、指先が触れた。  左腕の包帯は、取れていた。跡は、白いままだった。 「何か」  クロエが、不思議そうに首を傾げる。 「いや、何でもない」  書類に目を落とした。  昼餉《ひるげ》の折には、クロエが茶を淹れてくれることもあった。 「療養中、ゼンが淹れてくれた茶の作法を、見よう見まねで覚えました」  差し出された茶碗を受け取った。  少し前までは、こちらが包みを差し出していた。 「陛下にお淹れできるものが、何か一つくらいはあってもいいかと思いまして」  湯加減も茶葉の量も、揃っていない。それでも、口に含むと、悪くない味がした。 「上達したな」 「まだまだです。ゼンには、勝てません」  そう言って笑うクロエだったが、窓の外に目をやった拍子に、笑顔が一瞬強張った。すぐに、笑みが戻った。  窓の外を、見た。  庭に、衛兵が二名。私が増やした分だ。  その日の夕刻、廊下ですれ違った際、クロエが不意に足を止めた。 「今日は、随分と顔色がよろしいですね」 「そうか」 「はい。以前は、もっと張り詰めた顔をなさっていました」 「お前は」 「私ですか」  クロエは考えてから答えた。 「屋敷の門が、夜も閉まらなくなりました。衛兵が交代で立つので」  軽い口調だった。 「眠れているか」 「ええ、まあ」 ◆  ある夜、政務を終えたクロエを、庭まで送った。四隅には、普段は見ない衛兵の姿があった。  夜風が、木々を揺らしていた。 「陛下は、変わられましたね」  クロエが、足元の影に目を落とした。 「以前は、こんな風に、他愛のない時間を作ろうとはされませんでした」 「変わった、というより……戻った、が正しいかもしれない」  クロエが、驚いたように、こちらを見上げた。 「兄さま、みたいですね」  三ヶ月かけて、この呼び方は消えた。訂正しなかったのは、私だ。 「その呼び方、まだ許されるだろうか」  問いに、クロエは考える素振りを見せた。 「ほかに誰もいない時なら、構いません。ただし、こういう時間が続くなら、です」  月明かりの下で、クロエが笑った。幼い頃の笑い方ではなかった。 「約束する」  迷わず、そう答えた。  しばらく、どちらも動かなかった。虫の声だけがしていた。 「――兄さま」  試すように、その呼び方を口にする声が、揺れた。  門の外に、迎えの馬が待っていた。  その背が遠ざかるまで、そこに立っていた。  庭へ戻り、空を仰ぐ。巡回の松明の灯りが、遠くにいくつも揺れていた。  その灯りが、一つだけ動かない。  足を向けると、消えた。  近づいて、松明の跡を探した。焦げ跡も、油の匂いもない。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳