曇りの夜空 / 第12話

第12話 真絹の過去

『拝啓 花染夢邦様  まず死ね。次に死ね。どうか死んでくれ。物理が許す限り最も苦しい死に方して、無様を演じそして生き返って、もう一回死ね。出来れば屈辱的な死に方で死ね。  まんまと生き残りやがったな。まぁそれはいい、あの程度のお遊びで死んでもらっても興ざめだ。  俺のことが気になるだろう、気になるよな。そんなお前にチャンスをやろう。俺は次の土曜日、葉船町最大の以下の場所で待つ。  18 19 27 48』 「はぁ。グーちゃんったら暗号作るならもう少し愉快なものを作って欲しいものよね。無骨すぎて解くのに面白みがないわ。  叔母さんの方があたしは好きなんだけど」  深いため息を吐いたあと、お姉ちゃんの安眠にナノ単位でも影響を与えないようにこっそりと、影のように部屋を出た。そうして叔母さん達の部屋に向かうとその途中で随分口惜しそうな叔母さんが壁にもたれかかっている。 「叔母さんどうしたのかしら?」 「うう、せっかく詠史さんと同衾できたのに。詠史さんったら私に手を出してくださらないんです。それどころか数分で眠りについてしまい……今夜こそは破瓜できるって信じてたんですが」  叔母さんの言葉からは生々しい温度と女らしい柔らかさが零れ出ていた。苦く笑ってしまう。 「あらあら、そいつは残念だったわね。ま、あの唐変木を好いた自分を恨むのね」 「夢邦ちゃん、私は詠史さんを好きになったことに誇りを持っています!! そんな自分を恨みなんてとんでもないです!!」 「あっそ。そいつは悪かったわね」 「気のない返事ですね。夢邦ちゃんも好きな人が出来たら私の気持ちがわかりますよ。その時を楽しみに待ってますね  それでこんな夜中に呼び出して何の用ですか? 正直早く戻って詠史さんの寝顔を近くで眺めたいのですが」  姪っ子との密談よりバカの寝顔を優先するのね……まぁ仕方ないか。 「悪いわね。ただお姉ちゃんが起きてるとちょっと都合が悪いお話があるのよ」 「何でしょう? お仕事の話ですか? あっ、それともこの前お願いしていた詠史さんの抱き枕が完成したんでしょうか!?」 「瞳キラキラさせてるところ悪いけど、あれはまだ作成中らしいわよ」 「そうですか……残念です。ではなんでしょうか?」  あたしは一息ついて背を壁にもたれかけた。 「銅鑼森事件について聞きたいのよ」  銅鑼森事件、あたしがそう口にした瞬間、ピンクのお惚けオーラが一気に引いていった。自身を守るように身体を手で覆う。 「……何でですか……??」 「実は今日あたし命を狙われてね。大したことは無かったんだけど、その時捕獲した男が銅鑼森事件の名前を零したのよ」 「つ、つまり、あの事件が夢邦ちゃんを狙った何者かと関係していると」 「そっ。まぁ断定はできないけれど可能性は高そうじゃない。だから念のために聞いておきたいなって思ったのよ」 「夢邦ちゃんならあの事件の報告書は読んでいるんじゃないですか?」 「もちろん。だけどあんな紙きれ数ページより、実際事件に当たったくノ一の生の発言の方が何倍も情報を手に入れられるわ」  叔母さんは本人が気づいているのかいないのか、少しずつあたしから距離を取っていた。まるで、忌むべき記憶を話させようとするあたし自身を忌んでいるように。  ったく、傷つきそうになるわねぇ。 「私は……あの事件で大きな失敗をいくつも犯しました……それこそ死んでもおかしくないような失敗を」 「ええ、知ってるわ。でもそれは当時6歳だった叔母さんに組織的誘拐事件の捜査なんて任せたうちの馬鹿どもが悪いのよ。叔母さんが気に病むことじゃないわ」 「気に病みますよ!!!」  ニトロが溜まった袋に火をつけたように一気に爆発した。木造りの壁が小さく悲鳴をあげている。 「私のせいで……私のせいで……詠史さんは消えることのない傷を負ってしまったんです……私がもっとしっかりしていれば……私がもっと……」  普段優しく、愛しく、真っすぐに光り輝いている叔母さんの瞳はドロリと濁っていた。まるで叔母さんの中にあった澱が顔を出してきたかのように。 ――――――――  10年前の銅鑼森事件……私は調子に乗っていました。初川家始まって以来の神童と持て囃され、6歳という若年にしてくノ一の任務に当たれていたことに誇りよりも自分ならば当然だという今思えば恥ずべき感情を多分に持っていたのです。  そんな浮ついた心で誘拐事件の捜査に当たっていた私は、自分自身の思い付きで犯人グループにわざと誘拐されました。犯人達の懐に入れば隙をついて犯人を無力化するなり、子供たちを逃がすなり出来ると根拠もなく信じていたのです。そして誘拐された子供たちが集められている場所にやってきた時、私は自らの浅慮を悔やみました。  そこには私の想定を優に超える30人程度の子供たちが集められていたのです。そしてそれを監視するのは10人程度の偉丈夫たち。ハッキリ言って私の手に負える状況ではなかったのです。しかしそれでも私は自分なら何とかなると、妄信的に、頭がおかしいと思うほどに自分を根拠なく思い込んだのです。  私は犯人グループの頭目と思しき人間に襲い掛かり、そして返り討ちになってしまいました……そして……そして…… ―――――――― 「はぁはぁはぁはぁはぁ」  一歩も動いていないのに叔母さんの息が不穏なまでに粗くなってきていた。自分の手を見ている。 「……分かった、思い出さなくていいわ。ごめんなさいね、無理をさせて」 「い、いえ……そんなことないですよ」  叔母として、人生の先輩として気丈に振舞おうとしているのがありありと見て取れる。こんな叔母さんを見るのはあたしの趣味じゃないわ。  ったく、同じ事件に遭遇した詠史はあんな呑気だってのにこの差はどういうことなんでしょうね。 「それでさ、話は変わるんだけどもう一つお願いをしていいかしら?」 「は、はい! 何でも言ってください」 「ありがとう。それでね、実は明日お姉ちゃんと、ついでに詠史と一緒に行って欲しい場所があるのよ」 「それってどこですか?」 「ふふふ」  色気のないラブレターに記されていた場所をあたしは叔母さんに告げた。

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