Ariasa(ありあーさ) / 第5話

4話

4話  飲み会が終わり、仲間たちと別れたアルマはほろ酔いの頬を撫でる夜の空気に心地よさを感じながら満天の星空を見上げる。 (……父さんと母さんの顔、見に行こうかな)  両親の顔を思い浮かべ、アルマは実家の方へ自然と足が向く。王宮の高官や辺境伯の別荘が立ち並ぶ、閑静で美しい高級住宅街に建てた両親の為の家に到着すると「ただいま」とドアを開けた。  夜も更けた時間だというのに、リビングには灯りがまだついており、アルマの声を聴いて嬉しそうに笑いながら出てきてくれた両親の姿に、二人が確かに自分を待ってくれていたのだと思えた。両親の笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた気がした。 「アルマ、おかえり。こんな時間に帰ってくるなんて、珍しいな。帰ってくるなら明日かと思っていたんだが、母さんと待ってみて良かった」 「今日の凱旋も、カッコ良かったわ。お父さんと見に来てたの、気付いたかしら?」 「うん、ちゃんと気付いたよ。迎えてくれてありがとう」  言葉を交わしながら抱擁で挨拶をし、部屋の中に入る。 「あ、アルマ見て。これ、今王都で噂になってる化粧水なの。アルマのお陰でいいものが買えたのよ。おかげで肌の調子が良くてね。あとでアルマもつけてみると良いわ」 「あぁ、だから母さん、いつ見ても若々しいんだね。母さんのためになれているなら良かったよ」  部屋に入って早々、嬉しそうに化粧水を見せる母の姿に、アルマは笑顔で自分の働きが母の豊かさにつながっている事を喜ぶ。 「そういえば、今回の討伐遠征はどうだったんだ? 新しいメンバーで行ったらしいじゃないか」 「みんなとても優秀で、私は後衛を気にすることなく前衛で戦えたよ。ミノタウロスの討伐をしたんだ」 「そうか、さすがアルマだな。よくやった」 「ふふ、大物を狩ったのね。今月は少し余裕が出るかしら。アルマ、頑張ったわね」  アルマの存在を確かめるように頭を撫でる父の表情は満足そうで、アルマは表情から父の誇りを守れたと安堵する。両親の安心した笑顔を見るたびに、自分はちゃんと役に立てているのだと思えた。 (よかった、二人ともちゃんと喜んでくれた。これでまた、帰って来てもいい)  アルマは少し両親と話した後、穏やかな気持ちのままシャワーを浴びて自室の清潔で柔らかいベッドへ潜り込んだ。  翌朝、リビングの方からいい匂いが漂ってくることに気付いて起きると、軽く身支度を整えてリビングへ行く。 「おはよう、父さん、母さん……って、母さんすごいね。今日はどうしたの?」  テーブルの上には所狭しと料理が並び、せっせと大きな弁当箱に料理を詰めていた。 「おはよう、アルマ。きっとアルマの事だからすぐに王城に戻っちゃうと思って、お弁当を作っていたのよ。衛兵さん達の分もあるからね」 「こんなにたくさん、作るの大変だったでしょう? 母さん、ありがとう」  フッと笑ってそう言うアルマに、母も笑顔で「どういたしまして」と言葉を返す。 「王国の誇りであるアルマは、人気者でいて欲しいからね。衛兵さん達に配れば、またアルマの評価が上がるでしょう? お父さん、アルマの事を皆から聞くのが楽しみなのよ」 「人気者といえば」  コーヒーを飲みながらゆっくりとソファーで王都広報紙を読んでいた父が、広報紙をパタンと畳むと、アルマの方を見る。 「アルマが遠征に行っている間、昔馴染みの酒場にちょっと顔を出した時に衛兵に会ったんだが、その衛兵からアルマの事を聞いてな。衛兵に稽古をつけてあげているようじゃないか」 「そうだね。つい熱が入って厳しくしてしまうから、父さんに愚痴でも吐いたのかな?」  弁当を詰める手伝いをしながら軽く笑うアルマに、父も「確かに厳しいと言っていたな」と笑う。 「でも、逆だった。厳しいからこそ、自分の成長を感じられると感謝していた。アルマ、王国の誇りとして育成を頑張っているなんて、父さん鼻が高いよ。その調子で頑張りなさい」 「うん、頑張るね」  詰め終わった弁当の蓋を閉め、丁寧にバスケットに入れながら笑って父の言葉に頷いた。  全ての弁当が包まれると、母はアルマの好きなおかずを当然のように用意し、家族全員で朝食を囲む。  穏やかに朝食を食べたあと、アルマは母が作ってくれた弁当を手に実家を後にし、王城の訓練準備室へ向かった。そこで動きやすい訓練服へ着替え、刃を潰した模造剣を腰に差して表情を引き締める。  訓練場へ行くと、自主練をしている衛兵が少しいるだけで、アルマは彼らに軽く手を上げて挨拶をした後、準備運動をするように基礎の動きから始める。そして体が温まってくると、実家の娘という空気を切り裂くがごとく動きに鋭さが増していき、その剣筋に引き寄せられるように、訓練場には衛兵達が集まり始めた。  無心で剣を振り続け、自分の訓練が終わる頃には、訓練場の壁際が非番の衛兵達で埋め尽くされていた。ざっと見渡すだけで40人は下らないだろう。その全員が、アルマから少しでも技術を盗もうと一挙手一投足を熱心に見つめていた。 「さすが、我らが勇者、アルマ様ですね。もしよろしければ、稽古をつけていただきたいのですが。よろしいですか?」  動きを止め、構えを解いた瞬間に、タオルと水筒を持ってきた衛兵の班長にアルマはタオルで汗を拭き、水筒を受け取りながら「いいよ」と快諾した。 「ありがとうございます。お前ら! 訓練隊形で整列!」 「「はっ!」」  アルマが水分を取っている間に衛兵たちは間隔を空けて整列し、模造剣を構える。 「じゃあ、素振りから。始め」  淡々とした声でそう言い、衛兵達の間を歩きながら時折アドバイスをしていく。決して声を荒げる事は無いが、基礎ゆえに誤魔化せない粗が容赦なく指摘されていった。  アルマが二周ほど見て回ったあと「止め」と号令をかけ、ため息を吐く。 「……なんで素振りが満足に出来ていない人がいるの? 基礎なんだけどな。とりあえず訓練場外周5周、私のペースにちゃんとついてきてね。遅れたら、あとで後悔するほど絞るから」  アルマはそう言うとすぐに訓練場の外へ走って行き、衛兵たちは慌ててアルマの背を追いかける。アルマのスピードはギリギリ衛兵達がついていける速度だったが、5周が終わる頃には汗だくで地面に転がる者もいた。 「ねえ、寝ころんでいいなんて言ってないよ。言っておくけど、ここが戦場だったら死んでるよ。死にたくなかったら、今すぐ立って」  感情を乗せない無表情と淡々とした声は、恐ろしい。しかし、非番だからいつ帰ってもいいはずなのに、誰も離脱しようとはせず、転がっていた衛兵達も喘鳴を上げながら「申し訳、ございません」と言って立ち上がった。  アルマはちゃんと立ち上がった衛兵を見て、一瞬だけ表情を和らげるが、「じゃあ、もう一周ね」と容赦なく追加する。瞬間、悲鳴が上がった。  そしてアルマが休憩を言い渡す頃には、全員がその場に倒れ込んでいた。 「アルマ様、なんで、そんなに……ピンピンしてるんですか……」 「これくらいで倒れていたら、皆を守れないからね。私は心配しているんだ。万が一、私が遠征中に王都に魔物の群れが襲来したら、君達だけで守れるのかってね」 「不甲斐ない、です……」  苦笑交じりにそう言うアルマに、衛兵の班長がぜー、ぜー、と肩で息をしたまま、頭を下げる。 「いや、いいよ。その為に私がいるんだ。私が王都にいる限りは、君達を含めて誰一人として怪我を負わせるつもりは無いよ」  アルマがそう言った瞬間、衛兵たちはグッと言葉を失い、互いに顔を見合わせると立ち上がる。 「俺達だって、王都を守る兵です。アルマ様一人に背負わせたくありません」 「アルマ様、俺達全員でアルマ様の背中を預けてもらえる程度には強くなりたいので、指導をお願いします」  意気込む衛兵達に、アルマは頼もしげに目を細めて「分かった」と頷くと、模造剣を構える。 「じゃあ、全員で私を倒してみて。私に一太刀でも入れられたら、君達の勝ち。連携すればきっと一太刀くらいは入れられるんじゃないかな? いい? 必ず仲間と一緒に動くこと。作戦会議をした後、かかってくるといい。ただし、私は3分後には動き出す。始め」  そう言った瞬間、衛兵たちはすぐに班分けをし始め、各班の役割や連携方法を手短に話し合い始める。そして、アルマが動き出す直前で配置につき、アルマが動き出すと同時に衛兵達も作戦を開始した。  アルマを引き付ける班は、それなりに腕の立つ者が集まった班で、アルマの猛攻を紙一重で凌いでいた。 「君、まだ脇が甘い」  指摘された衛兵はアルマに蹴り飛ばされたが、その直後に「おおぉぉ!」と気合の入った声が背後から響き、アルマは振り向きざまに攻撃を受け止めると、左右からも同じように奇襲が仕掛けられた。剣は止めている。力も強い衛兵であるため、鍔迫り合いも出来ている。左右の衛兵が内心「取った」と思った瞬間だった。 「気を抜いたら、死ぬんだよ」  一瞬だけ力を緩めて均衡を崩し、体格のいい衛兵の腹に拳を叩きこむと、特に隙の大きかった右側の衛兵達の方へ突っ込んでいき、簡単に一班を戦闘不能にした。 「足を止めるな! アルマ様を囲め!」  動揺して足を止めそうになった衛兵達だったが、班長が声を張り上げ、アルマが次の班に狙いを定めようとした所で、少し息を整えた精鋭班が再びアルマの相手をし始める。  衛兵たちは再び配置を整えて先程と同じように突っ込んでいく。 「……同じ手は効かな——」 「失礼します!」  数人の衛兵がほぼ捨て身でアルマの体を拘束しようと、足元や腕などにしがみついて、アルマの動きを止めた。 「なっ……!」  四肢を拘束され、初めてアルマの顔に焦りが浮かんだ。屈強な男達に縫い付けられ、目の前からは自分を仕留めるための剣が迫っている。 ——アルマ、王国の誇りとして育成を頑張っているなんて、父さん鼻が高いよ。その調子で頑張りなさい。 ——お父さん、アルマの事を皆から聞くのが楽しみなのよ。  ふと両親の言葉が脳裏をよぎり、アルマはギリッと歯ぎしりをすると、火事場の馬鹿力と言わんばかりに、自分の肩を外す勢いで力を込めて腕を抜き、間一髪で刃を避けることが出来た。 (負けられない……。私は負けてはいけない)  この瞬間、アルマの空気が変わる。アルマを拘束していた衛兵達も、次の剣を振るおうとしていた衛兵も、その場にいた全員がゾワッと背筋が凍る思いがした。そこにあったアルマの目は、先程まで厳しいながらも真摯に指導していた勇者の目では無い。敵を屠り、王国を守護するためだけに存在する冷徹な兵器の眼差しだった。  アルマはそのコンマ数秒の隙をついて自由になった腕で拘束する残りの三人の顎やみぞおちといった急所を容赦なく殴り、その場で昏倒させる。拘束が無くなったアルマは今までの動きとは全く違う、勝つための動きになっており、衛兵たちは瞬時に訓練ではなくなったと直感した。  しかし、気付いた所で連携が崩れた状態から立て直す時間もなく、今までは手加減されていたのだと分かるほど、あっけなく全員が戦闘不能にさせられた。  ハァ、ハァと、アルマの上がった息と、衛兵達の息切れ、そしてうめき声が訓練場内に響き、場内は戦いの後の静寂に包まれた。 「……最後、ちょっと大人げなかったね。ごめん」  最初に口を開いたのはアルマで、握りしめた左手を見つめて苦い表情で謝ったあと姿勢を正してから微笑む。 「私は、拘束された時点で負けだった。普通はあそこで抵抗できる人はいないから、安心していいよ。君達の勝ちだ」  アルマの言葉に、衛兵たちは一瞬呆気に取られ、次に複雑な表情で喜び始める。 「負けを認めた所から、意地で我々をねじ伏せるとは……もはや流石としか言えませんね」 「拘束抜けたあとのアルマ様、本気の鬼気迫る空気だったよな。俺、アルマ様に殺される魔物の気持ちが分かった気がするよ」 「でも、本気のアルマ様もカッコよかったよな」 「俺達の連携でアルマ様を追い詰められたのも、結構嬉しかったな」  ざわざわと各々の感想を仲間と語り合い、アルマはその様子を静かに眺めつつ、かすかに痛む肩を無視して笑顔で「私に勝ったからと、慢心はしないようにね」と釘を刺した。 「でも、勝った君達に朗報だよ。実は今日、母がお弁当を作ってくれてね。皆と一緒に食べて欲しいとたくさん作ってくれたんだ。昼食時になったら私の所においでね。食堂にいるから。じゃあ、訓練終了。お疲れ様でした」 「「ありがとうございました!」」  雑談をしていた彼らだが、アルマが訓練場を立ち去ろうとすると立ち上がり、声をそろえて頭を下げて見送った。

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