Ariasa(ありあーさ) / 第4話

3話

3話  謁見が終わり王城を出た瞬間だった。レーゲンがすました顔を一気に崩して面倒くさそうな顔をする。 「あの王様、富って言ってたけど、具体的な金額の話は一切なかったな……」  レーゲンは、はぁ~、と露骨なため息を吐き、元凶であるアルマを睨む。 「……チッ。アルマさんよぉ、俺を高く評価されたらマジで困るんだわ。俺の予定では今回だけのつもりだったんだが?」 「ごめんね。でも、レーゲンの働きは本当に素晴らしかったから正直に話してしまったよ。詫びと言っては何だけど、今日はこれからみんなで一緒に飲みに行かないかい? 私が奢ろう」  本気で迷惑そうな顔をするレーゲンだが、アルマは穏やかに微笑みながらレーゲンを飲みに誘った。アルマの誘いに、アミュレットは「やったー!」とアルマの腕にくっつき、コラルは声こそ上げていないが、まるで尻尾をブンブンと振っているかのように目を輝かせて喜ぶ。 「……チッ、めんどくせぇが、タダ飯なら行ってやるよ。だが、ほだされたわけじゃねぇから、そこは勘違いするんじゃねぇぞ」 「分かってるよ。じゃあ、着替えたらまた城門に集合しよう。30分あればいいかな?」 「お姉様、私はお姉様を綺麗にしたいので一時間後にしましょう? コーディネートからさせて欲しいんです」 「ふふ、お手柔らかに。という事らしいから、一時間後にここに集合でいいかい?」  アミュレットのおねだりにアルマは苦笑をしながらも拒否する事はなく、三人に目を向けると、三人とも問題ないと言葉が返ってきた。 「遅れるなよ。お前が奢るって言ったんだから、ちゃんと奢ってもらうからな」  ただ、レーゲンだけは去り際にそんな言葉を付け足し、アルマは可笑しそうに笑いながら「分かっているさ」とアミュレットに手を引かれて王城内の自室へ戻った。  アミュレットは衣裳部屋の中に入ると、すぐにアルマに似合う服をいくつか見繕い、アルマの体に当てながらコーディネートを組んでいく。そして、「私も支度を整えてきますから、着替えておいてくださいね!」と、決まったコーディネートをアルマに渡して走るアミュレットに、アルマは微笑ましく思いながら渡された服に袖を通して、すぐに着替えを終わらせる。姿見に映るのは、胸元に控えめのフリルが付いた白いブラウスに、黒のベストと、それに合わせた黒い細身のパンツを履く、王子様な麗人のアルマだった。 「うん、動きやすいね」  動きやすさを確かめるように蹴り上げる仕草をしてみたり、体を大きくひねったりしながら模擬的な体術の動きをして、万が一暴漢に遭ったらというシミュレーションをしていく。そうしているうちにアミュレットが可愛らしいフリフリのワンピースに身を包み、メイクも完璧に整えて戻ってきた。 「キャー♪ お姉様カッコいい! さすがお姉様です!」 「アミュレットも可愛いよ。初めて見るワンピースだね。もしかして新品?」 「えへへ、やっぱりお姉様、ちゃんと気付いてくれた。嬉しいです。ね、お姉様。仕上げをさせてください」  自分一人では一切使わないドレッサーの前にアミュレットが導き、椅子に座らせられると、アミュレットは楽しそうにアクセサリーを選び、アルマに月をモチーフにしたピアスと意匠の凝らされたブローチを付けていく。  さらに薄く化粧をし始めるが、女性らしさを上げるためというよりは、アルマの美しさをただ際立たせるためだけの、ポイントメイクという感じだった。  全ての支度が終わると、アミュレットはうっとりと目を細め、完成度の高さに満足そうだった。そんなアミュレットの様子を見てフッと微笑む。 「私の可愛いレディ、お手をどうぞ?」 「お姉様完璧すぎます~!」  茶目っ気たっぷりにウィンクをしながら手を差し伸べるアルマに、アミュレットは嬉しそうに笑いながら手を取り、アルマの完璧なエスコートで城門へ向かった。  城門に着くと、すでに三人は準備を整えて待っており、二人の姿を見て三者三様の反応をする。  見慣れているデトラスは柔らかく目を細めるだけだが、コラルとレーゲンは目を見開き、コラルはそのまま顔を真っ赤にして「わあ……美しくてカッコいいなんて……」と見惚れ、レーゲンは「一応、まだ人なんだな」と失礼なことを呟いていた。 「お待たせ。じゃあ、行こうか」  すでに日は山の向こうへ沈んでおり、辺りは薄暗くなっている町の中、にぎやかな酒場に入ると、店員がアルマ達に気付いて「あっ!」と声を上げる。 「勇者様、おかえりなさい! 今日は来ると思ったので、いつもの席は空けていますから、そちらへどうぞ。飲み物は、勇者様はいつもの赤ワイン、でいいですか? あ、アミュレット様、今月の季節の果実酒はイチゴですよ」 「やった! 楽しみにしていたのよね~。それをお願いするわ」 「俺はいつものエール」  店員がポケットからメモ帳を取り出し、席番号を書いてからアミュレットとデトラスの注文をサラサラとすさまじい速度で書き込んでいく。 「俺はジンのロック」 「え、僕もお酒飲んでいいんですか? わ、あまりお酒飲まないからな、どうしよう……」  コラルはざわざわとする酒場の雰囲気と、仲間達や他の客が迷うことなく注文している姿を見て少し慌てると、チラッとアルマを見る。 「僕も、アルマ様のと、同じのを頼んでもいいですか?」  恥ずかしそうに言うコラルに、アルマは「もちろん」と微笑み、店員に「じゃあ、今日はロゼにしようかな」と注文を変えた。 「かしこまりましたー! じゃあ、用意したらすぐに持って行きますね!」  店員が明るく笑いながら他の客の注文へ走り始め、アルマ達はにぎわう酒場で一つだけ空いているいつもの席に着く。 「さすが、勇者様ってか。混雑している酒場で席を空けておいてくれるなんてな」 「本当にありがたいよね」  どこか棘のある言い方をするレーゲンだが、アルマはサラッと受け流してメニュー表をレーゲンに渡す。 「お姉様、ご飯はどうしますか? 私、今日は鳥を頼もうかなって。お姉様にも一口あげますね」 「そう? じゃあ私はアミュレットも好きな魚にしようかな。私のも一口あげるよ」  アミュレットは「きゃー! お姉様大好き!」と抱き着き、アルマも笑いながら「私も大好きだよ」と頭を撫でた。 (うわ、アルマ様の『大好き』を生で聞けるなんて……! あぁ、耳が幸せ……。もし僕がアルマ様に大好きって言われるとしたら——) 「おい、ガキンチョ。顔が気色悪い。お前もさっさと料理を選んだ方がいいんじゃないか?」  レーゲンがはぁ、とため息を吐いてメニュー表でコラルの頭を軽く叩きながらメニュー表を渡し、コラルは慌てて表情を引き締めるが、メニュー表を見ながらもチラチラとアルマの事が気になって集中できていない様子だった。 「お待たせ致しましたー! 注文のお酒でーす! 料理はもう決まりましたか?」 「あぁ、私達はミンギョの煮つけとシャルドリのホロホロ煮を」 「俺はブーク丼と温野菜の盛り合わせ」 「あー、俺とこのガキンチョはハーブ漬けのギーウステーキだ。あと、サルモの燻製も頼む」 「えっ!」 「どうせまだ決まってねぇんだろ。他のを食いたかったら次頼め」  驚くコラルに、レーゲンはシレっと図星を指し、テーブルに置かれたジンを取る。コラルは自分だけちゃんと決められなかった事を恥じらいながら、ロゼワインを受け取り、シュンとうつむく。 「さて、じゃあ今回の魔物討伐遠征、お疲れ様。そして、これから始まる新しい旅に、乾杯」  アルマがグラスを掲げると、各々も「乾杯」と酒を掲げ、酒を一口飲む。酒が喉を通れば、張り詰めた空気は緩やかにほどけていき、ぽつぽつと会話も自然に湧いてくるようになる。  料理も届き、料理をつまみながらどんどんと酒が進んで行くと、いつの間にか空のグラスがテーブルに並び、空になった料理の皿が重なっていく。そして、空のグラスが増えるほどにアミュレットの顔が赤く染まっていった。 「お・ね・え・さ・ま~♡ はい、あーん」 「ん、ありがとう。でも、もうお腹いっぱいかな」 「……アルマ、口が汚れたぞ」 「ちょ、デトラス……子供じゃないんだから、自分で拭けるよ」  デトラスもまた、いつもより表情が柔らかく、小さな子供を見るような目でアルマを見ては世話を焼いていく。そんな三人の様子を見て、ワイングラス一杯ですでに酔いが回ってしまったコラルは熱くなった頬を膨らませて拗ねる。 「アミュレットさん達、いいなー。僕だって、アルマ様にくっついてみたいのに~」 「ぶはっ、お前、たった一杯で酔っぱらったのか! マジの子供の顔してるじゃねぇか」  ゲラゲラとレーゲンが笑いながら、コラルのグラスに水を注いでやり、アルマもコラルの素直過ぎる言葉に笑いながら「コラル……可愛いね」と、目を細める。 「そんなに私に触れてみたいなら……少しだけ、いいよ?」  アルマはテーブルに頬杖をつき、可愛い弟でも見ているような顔でもう片方の手を伸ばすと、コラルの膨れた頬をツンとつついた。コラルはボッと顔を真っ赤にすると、ガタガタと椅子から転げ落ちて「あああああ、アルマ様!」と、後ずさりしてしまった。それを見たレーゲンは「本当に初心な奴だな」と腹を抱えて笑いつつ「手本を見せてやるよ」とアルマへ向き直る。 「なあ、その手……俺の所には来ないのか?」 「おや、レーゲンも私に触れたかったのかい?」  レーゲンの言動は明らかに冗談だと分かり切っていたが、アルマはこういう風に乗ってくる人もあまりいないと、少し遊び心がうずいて冗談に乗るように目を細める。 「そうだな、俺はあんたが誰にも見せねぇとこに、触れてみたいね」  ずいっと身を乗り出し、至近距離でアルマと見つめ合うレーゲン。その言葉は確かに冗談の響きを帯びていたが、その目の奥にはアルマの本質を見定めるような鋭い光が宿っているように見えた。  それを敏感に感じ取ったアルマは、一瞬だけ返す言葉を探すように黙ったが、すぐに「それは君次第かな」とレーゲンに負けない色気をまとって笑った。 「……だめ」  しかし、次の瞬間にグイッとアルマの体が引っ張られ、突然の事にバランスを崩したアルマはアミュレットの腕の中に納まる。さらにデトラスもテーブルに手を置き、レーゲンを牽制するようにジッと見つめた。 「……チッ。冗談だっての。本気にすんなよ」  レーゲンはパッと身を引いて、興が殺がれたと言わんばかりにジンを飲み干し、アルマはアミュレットの強い抱擁を感じながら「私もちゃんと冗談だよ」と苦笑をしてアミュレットの腕をさすってなだめた。 「アルマ、冗談でも言っていい事と悪い事はある。万が一レーゲンが本気にしたらどうするんだ」 「ごめん」 「……自分を、大切にしてくれ」  切なる願いだと言うように、どこか懇願が混ざった表情でそう言うデトラスに、アルマは苦い笑顔のまま頷くが、その期待には応えられないとほんの一瞬だけ目を伏せた。 ——自分を大切にしたら、民を守れないじゃないか。

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