Ariasa(ありあーさ) / 第6話

5話

5話  訓練場をあとにし、準備室に備え付けてある魔石温水式のシャワーで軽く汗を流したが、無理やり拘束から引き抜いた左肩は動かすたびに痛み、周囲に人がいない事を言い訳にして顔をしかめる。 (……少し、無茶をしてしまったな。でも、アミュレットの所に行ったら絶対に長くなる。そうなると、彼らと一緒に昼食を食べるという約束を守れなくなってしまう。……あとでにしようかな)  雑に体に付いた水滴を拭き、上がらない左肩をかばいながら、時間をかけて服を着ると、相棒の剣を右手だけで手に取る。 「……そういえば、そろそろ研ぎ直しを頼もうと思っていたんだった」  ポツリと独り言をこぼすと、なんとなしに鞘を撫でてから帯剣ベルトに剣を差し、いつも通りの光の勇者を演じながら王城を出て城下町へ赴いた。  城下町はとても良くにぎわい、あちこちから客寄せの声が響いている。そしてアルマの姿を見つけた店主たちや町の住民たちは、気さくに声をかける者もいれば、目を逸らしてあからさまに道を変える者もいて、各々が思うようにアルマへの態度を明らかにする。  表通りの歓声に手を軽く振って応えながら、路地に足を踏み入れると、表通りとはまた別の熱がたぎるエリアへ変わっていく。表通りが華やかな見栄も含まれた街だとしたら、路地の向こうにある下町は、人間が持つ熱が荒々しくぶつかり合うような、生を感じる荒い街。アルマはそんな下町にある、行きつけの武器屋へ入った。  カランッ、とドアベルが鳴ると、体躯のいいおじさんが「いらっしゃい」と声をかける。 「おぉ、嬢ちゃんじゃねぇか。遠征から帰って来たばっかりだってのに、もう俺の所に来るのかよ。少しは休めよ~」 「嬢ちゃんって。私はもう26歳だよ。嬢と呼ばれる年齢ではなくなってきていると思うけど? それに、いつ、次の命令が来るか分からないからね。早めに研ぎ直しを依頼したかったんだ」 「俺から見たら、いつまでも可愛い嬢ちゃんだよ。歳の差いくつあると思ってんだ。24だぞ。ったく、数えさせるな」 「大将が勝手に言ったんだろう?」  クスクスと笑いながら腰に差す愛剣を渡すアルマに、店主は一瞬だけアルマの肩に目が留まるが、すぐに鞘から剣を抜いて状態の確認をし始めた。 「ふむ、結構つぶれてるな。……いや、それだけじゃねぇな。変な温度の火にツッコんだような……なまくら目前の状態だ。嬢ちゃん、剣を揮いながら炎の魔法を使ったな? 魔力の熱が剣まで伝わってるぞ。まったく、結構大変な修理になりそうだな。あと嬢ちゃん、怪我してるならさっさと治療したほうがいいぞ~」  剣から目を逸らすことなく、サラッと言う店主の言葉に、アルマは苦笑いを隠せなかった。 「相変わらず、大将の目は鋭いね。町の人たちにはバレなかったのに」 「目利きには自信があるんだよ。そうだな、この剣は明日の夕方までには完璧にしておいてやる。明後日以降、取りに来な」  店主がそう言った直後、カランッとまたドアベルが鳴る。 「いらっしゃい。おぉ、今度はデトラスか。今日は賑やかな日だな」 「あぁ、アルマも来ていたのか」 「それじゃ、大将頼んだよ」  アルマは笑顔でそう言って店をあとにしようとするが、その前にデトラスに「待て」と左肩を掴まれる。その瞬間、思わず小さく顔をしかめてしまった。 「……やはりか。触れた感じだと亜脱臼ってところか。何をした?」 「いや、別に何も……。ただ、衛兵達に訓練をしてあげていただけだよ」  説教の予感がして、目を逸らしながら早く出て行こうとするアルマに、デトラスは逃がさないというように少しだけ手に力がこもり「大将、椅子と包帯を借りていいか」と声をかける。 「おう、ちょっと待ってろ」  店主はすぐに店の棚に置いてある応急セットとカウンターに雑に置いてある休憩用の椅子を持ってアルマの後ろに椅子を置いてくれる。 「二人とも、大げさだよ。あとでアミュレットの所に行くから」 「そう言って、何度かアルマはこういう傷を悪化させてるからな。信用は出来ない。とりあえず上着を脱がせるぞ」 「カーテン閉めるからちょっと待て」  アルマの言葉を無視してテキパキと行動する二人に、アルマは困ったように眉を下げつつも、諦めて大人しく自分で服を脱ぎ始める。 「嬢ちゃん、せめて俺が裏に引っ込んでから脱げって。一応女だろ? あと、デトラスも少しは気遣え。奥にいるから、終わったら声をかけろよ」  店主は羞恥心をどこかに置いてきてしまったアルマと、無頓着なデトラスにため息をついて注意をすると、アルマの剣を手に奥の工房へ引っ込んでいった。 「見られて困るものでもないのに」 「……いや、気を遣うべきだったな。悪い」  デトラスは店主の言葉に反省するように視線を落として謝るが、すぐにあらわになったアルマの左肩を見て眉をひそめる。古傷は体中に刻まれているものの、白い肌に、不自然なほど赤くなっている肩は見ていて痛々しかった。 「だいぶ腫れてるじゃないか。……触れるぞ」  そう言った直後、デトラスはアルマの肩に触れ、きちんと関節が正しい位置に来ているか確かめるためにグッと押し込むように確認していく。アルマはその強い力に思わず息が詰まり、痛みをこらえるようにギュッと目を閉じる。 「ッ……! ゥッ……」 「痛いよな……。アルマ、今は堪えなくてもいい。痛いなら、痛いと叫んでいい」 「……私はもう、子供じゃないんだから、叫んだりしないよ」  額に脂汗をかきながら、それでも気丈に笑おうとするアルマに、デトラスが辛そうな表情になる。脳裏に浮かぶのは幼い頃からすべてに対して我慢するアルマの姿。しかしデトラスは「そうか」としか言葉を返すことが出来ず、それならせめて手早く終わらせようと、集中して触診をしていく。  幸い、関節はすでにきちんとはまっており、固定をしておけば、とりあえずは問題なさそうだったので、アルマの肘を90度に曲げて手を右の鎖骨辺りに置いてもらうと、そのまま包帯で腕を胴体に固定するようにギュッと巻き付けていく。 「よし、これでいい」 「少しきついな。服もこれじゃ着られないし……。片腕が使えないなんて皆に心配をかけてしまうよ」  困ったように言うアルマだが、デトラスは「心配させておけ」と軽く一蹴してアルマに服を着させると、甲斐甲斐しくボタンを閉めて処置を完了させた。 「大将、終わった。店を貸してくれて感謝する」  デトラスが奥に向かって声を掛けると、「おう」と返事が返ってきて、少ししてから戻ってきた。 「おーおー、嬢ちゃんちょっと不機嫌そうだな」  アルマの顔を見るや、店主がそう言いながら笑う。  不機嫌? そんな事はない。片腕を固定された姿で食堂に行けば、きっと皆が心配して騒ぎ出すだろう。そんな姿を見たくはないだけだ。皆には笑っていて欲しい。  アルマはわずかに眉間にしわを寄せながら小さくため息を吐いた。 「そんな事ないよ。普通だよ」  その声と顔で不機嫌だなと店主もデトラスも思ったが、指摘してもどうせ否定すると分かっていたため、特に言及はせずにカーテンを開け終わったデトラスの方へ目を向ける。 「で、そう言えばデトラスは何の用だ?」 「愛剣のメンテナンスを頼みに来た。自分でも研いでいるが、たまには大将に頼もうと思ってな」  デトラスも背に背負っている大剣を店主に渡し、店主は受け取りながら剣を抜くと「ほう、デトラスは割と綺麗だな」と感想を漏らして受け取り、アルマと一緒に明後日来るよう言われて二人は武器屋をあとにした。  帰りは二人並んで王城の宿舎まで戻り、昼時に食堂へ行くと、案の定アルマの腕が固定されている様子を見て衛兵達が騒ぎ立てる。それを見てアルマは、デトラスに「ほら、心配かけちゃったじゃん」と自分の予想が当たってしまった事に不満を滲ませたのだが、アルマの代わりに食堂のテーブルに弁当を広げ始めるデトラスはどこ吹く風で「たまにはいいだろう」と受け流す。そして、衛兵達から訓練内容を聞いて、アルマが拘束を抜けるために無理やり腕を引き抜いた報告を聞くや「自業自得だな」と容赦なく断じてアルマを軽く小突いた。 「だって、体が動いたんだもん」 「だからって、あの状況で肩を外してまで拘束を解かないでくださいよ!」 「外してないよ。ちょっとズレかけただけ」 「あまり変わりません! 普通に激痛のはずですし、それで動くのって怖いですからね!」 「俺達、アルマ様を傷つけたくて訓練していたわけじゃないんですから! 未熟な俺達が怪我をするのは仕方ないですけど!」  やいのやいのとアルマを囲んで心配する衛兵達に、アルマは「ごめんって」と全く反省をしていない口調で謝る。  しかしそれでも、みんなで食べる母の手作り弁当は美味しく、片手でひょいっと口に入れたシャルドリの唐揚げは、味が濃く付けてあるので冷めても特に美味しい。  最終的には食堂にいるみんなが、笑いながら弁当を囲んでいた。

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