Ariasa(ありあーさ) / 第19話

11話

11話  『私』は、彼らが息苦しくならないように裏の森に出てきていた。  温かい陽光が木々の隙間から差し込み、『私』は目を細める。美しい光景だなと思った瞬間、ゆったりと下ろしていた手に柔らかいモノが触れる。 「おや、こんにちは」  小鹿だった。『私』の手に警戒することなく擦り寄り、奥にいる親も当然のように私の側で子を見守る。 (私を恐れないのか……)  森の中に作られている小さな東屋に着けば、そこには野兎もリスもそこで待っており、嬉しそうに『私』を歓迎する。  東屋の椅子に座り、報告書をゆっくりと読み始める。静かで、穏やかな時間だった。  『私』の膝の上に野兎が陣取り、リスは『私』の片手を占領したいと頻繁に手の中に潜ろうとする。風は温かく、気を抜けば眠ってしまいそうなほど心地がいい。 「くすぐったいな」  『私』はクスクスと笑いながらリスの要望に応え、東屋に入ってきた小鳥が『私』の肩へ舞い降りると、その小さな温もりに目を細めた。 ——バサバサッ  騒がしい羽音にアルマがハッと目を覚ますと、闇夜の向こうでカラスが驚いて木から飛び立ったところだった。手にはまだ、リスがじゃれていた柔らかい感触が残っている気がして、ジッと見つめるが、名残惜しい感情を潰すようにギュッと握りしめる。 「……あの子の安眠を妨害してしまったかな。ごめんね」  アルマが起き上ると、膝を折って休んでいたトビーが顔を上げて、眠そうな目をシパシパさせながらゆっくりと立ち上がると、アルマの元へ歩み寄る。そしてフスーッと鼻息をアルマにかけると、肩を唇でハムハムと軽く食んだ。 「トビー、私の肩は草じゃないよ。……でも、君だけは本当に私を恐れないね」  トビーの顔を撫で、静かに揺れる焚火を見つめる。火の番をしていたはずのコラルはどうやら途中で眠気に負けてしまったらしい。火の前で小さく丸まってスヤスヤと静かな寝息を立てていた。  アルマはトビーに人参をひと欠け与えたあと、焚火に薪を一本くべる。火の粉が舞い、パンッと静寂を切り裂く破裂音が響く。その音に反応するようにコラルが「んん……」と寝返りを打って火に背を向けた。それをアルマは特に叱るでもなく見つめたあと、トビーが追加の人参を催促するのを撫でて宥めながら、木々の隙間から見える夜空を見上げた。 (随分と、都合のいい夢を見ていた気がする……。あの男の夢か……) 「あ? なんだ、コラル寝てるじゃねぇか。で、なんでアルマさんが代わりに火の番をしてるんだよ。叩き起こすだろ」  焚火の火の光を嫌うように、木の影から体を伸ばして出てきたレーゲンが、あくび交じりにそう言う。 「たまたま起きちゃっただけだよ。それに、気持ちよさそうに眠るコラルを起こすのは可哀想だったからね」 「甘い奴だな。……さっさと寝ろ。俺の一人の時間を邪魔するんじゃねぇ」 「眠れないって言ったら?」 「寝かしつけは俺の仕事じゃねぇ。永眠を希望ならしてやるが?」  レーゲンの言葉にアルマは楽しそうに「物騒だね」と笑い、トビーに「寝るよ」と声をかけて膝を折らせたあと、アルマも再び横になった。 「レーゲン、都合のいい夢を見たら、君はどう思う?」 「……寝ろ」 「答えてくれたら、ちゃんと寝るよ」 「チッ……すぐに忘れて現実に戻る。夢は夢だ。浸ることはねぇよ」 「そう、ありがとう。おやすみ」  アルマはレーゲンらしい返答に満足すると、今度は夢も見ずに眠った。  翌朝、アルマはコラルの絶叫で起きる。 「うわあぁぁぁぁ! レーゲンさん、ごめんなさい! 待って、言い訳させてください!」 「どうしたんだい?」 「あっ! アルマ様もごめんなさい! 僕が火の番なのに、僕が寝たせいで代わってもらってしまったみたいで……!」  ギャーギャーと頭を下げるコラルに、レーゲンを見れば、彼はうるさそうに表情を引きつらせていた。どうやら、コラルが勝手に騒いでいたらしい。 「コラル、ちょっと黙れ。寝起きにそのうるせぇ声はマジでナイフ投げそうだわ」 「ふふ、コラル。そこまで必死に謝らなくても大丈夫だよ。火の番で寝てしまう事は、誰にでもあるよ。アミュレットだって前に……」 「お姉様!」  賑やかな一行を朝の木漏れ日が優しく包み、旅は続いて行く。  それから二日、大きな魔物の襲撃に遭う事もなく、一行は順調に街道を進んだ。レーゲンが毒蛇を捕まえて「これは暗器の毒にぴったりなんだよな。神経毒だから即効性だし」とコラルとアミュレットをビビらせたり、デトラスがアルマの鎧や剣の手入れを欠かさず行い、アルマに「自分で出来るのに」と苦笑されても「アルマに任せたらくすむ」と一言で黙らされたりと、平和な道中だった。  うっそうとした森を抜け、再び開けた街道へ移り変わると、すぐに少し大きめの街が見えてきた。 「みんな、街が見えてきたよ。今日の夕方には着くだろうから、今日はベッドで寝られるよ」 「やった~! もう体バキバキなのよねぇ」 「僕も、地面で寝る事ってあまり無かったから、全然疲れが取れなくて。嬉しいです!」 「ふふ、じゃああともう少し頑張ろう」  目的地が見えると足取りが軽くなるのか、まだ夕食の準備が始まる前の明るいタイミングで街に入ることが出来た。街は活気にあふれ、主婦たちが買い物かごを手に提げて街を歩き、あちらこちらで笑い声が響いていた。 「さて、じゃあまずは宿を探そうか」 「俺が選んでいいか? 下手な宿に泊まると荷物が消えるからな。こっちは高級素材のシルバーホーンを積んでる。治安が良さそうな街でも、警戒するに越したことはねぇ」 「分かった。レーゲンに任せるよ」  アルマがあっさりとレーゲンの提案を呑み、レーゲンは「相変わらず、俺を疑わねぇのかよ」と複雑そうな表情をしたが、すぐに雑踏に消えていった。 「じゃあ、私達は少し市場を見て回ろうか。本格的な買い出しは明日するけど、何がどこにあるか、観光がてら見に行こう」 「お姉様、甘味があったら買ってもいいですか? 夜、一緒に食べましょう?」 「いいよ」 「え、じゃあ、僕も甘い物を買うので参加してもいいですか?」 「コラル、やめておけ。多分居心地悪いぞ」  女子会に参加しようとするコラルに、デトラスが肩に手を置いて首を横に振って止め、アルマは「別にいいのに」と言って、市場の観光へ向かった。  市場には様々な食材や香辛料などが売られており、お菓子を専門に扱う店も多く並んでいた。パンの香ばしい小麦の香りや、香辛料をしっかりと振ってある出来合いの肉料理は、アルマ達の空腹を刺激していく。  アミュレットはアルマの腕に絡みながらキャッキャと楽しそうにお菓子を選び、アルマも穏やかに笑いながら、お菓子を買っていく。その様子を見てコラルもデトラスの言っていた意味を察し、少し肩を落としながら「確かに、あの空気に混ざるのは無理そうです……」と残念そうな顔をした。 「……だろう? 俺でよければ付き合うぞ」 「レーゲンさんも誘って、三人でお菓子パーティーしたいです」 「……レーゲン、頷いてくれるといいな」  即座に断るであろう未来を想像しつつ、コラルが「デトラスさんはどんなお菓子が好きなんですか?」と、無邪気に聞いてくるので「そうだな……」と目尻を下げて一緒にお菓子を選んだ。  レーゲンのお菓子まで買った所で、レーゲンが一行と合流するのだが、アルマもコラルもお菓子を抱えている姿を見て、あからさまに「うわぁ……」と表情を引きつらせた。 「あ、レーゲンさん。おかえりなさい! 今夜——」 「断る」 「えっ、まだ何も言ってないです!」 「どうせ、一緒に菓子を食うぞって誘いだろ? いらん」  ひらひらと手を振ってにべもなく断るレーゲンに、コラルは捨てられた子犬のような顔をする。 「そんなっ! レーゲンさんが好きそうなお菓子、僕選んだのに!」 「俺の好み、教えてねぇだろ」 「だから勘で選びました!」 「ふふ、一生懸命選んでいたから、少しでも付き合ってあげたら?」  アルマの助け舟に、コラルはぱぁっと表情を明るくし、レーゲンはさらに苦々しい表情に変わっていく。 「……一個だけだぞ」 「ありがとうございます!」 「うるせぇ。マズかったら今度一切付き合わねぇからな」  レーゲンの言葉に一行はクスクスと笑いながら、内心また付き合うんだろうと予想を立てていた。 「で、宿はどこを取ったの? 私、疲れたから早く休みたいのよね」 「チッ、案内してやるから、はぐれるんじゃねぇぞ」  レーゲンの案内で到着した宿は、年季が入っているものの、内装は綺麗に整えられており、冒険者たちでにぎわっている宿だった。 「ほら、アルマさん達の部屋の鍵。俺らが手前の部屋を使うから、何かあっても一応安心して寝られるだろ」  投げ渡された鍵を難なく受け取ったアルマは、その言葉に目を細める。 「そう、ありがとう。おかげでアミュレットもゆっくり出来そうだね」 「お姉様だってゆっくり休んでください! デトラス達が守ってくれるって言ってるんだから、素直に私とゆっくりしましょ?」 「はいはい。じゃあ、ここからは各自の自由時間という事にしようか」  アミュレットに手を引かれ、二人は部屋番号を見ながら去っていった。  それぞれが思い思いの時間を過ごす、束の間の休息が始まる。

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