Ariasa(ありあーさ) / 第20話

12話

12話  部屋に入った二人は、とりあえず荷物を下ろして装備も外していく。 「アミュレット、先にシャワーを浴びてきなよ。私は鎧を脱がなきゃいけないから」 「じゃあ、お言葉に甘えて先に頂きますわ」  アミュレットはそう言うや、すぐに部屋に備え付けられている魔石温水式のシャワー室へ向かい、久方ぶりの温かい湯に「はぁ~」と気持ちよさそうな声が漏れていた。そんなアミュレットの声を聞きながら、アルマは手際よく鎧やガントレット、鎖帷子などを脱ぎ、汗を吸った薄手のチュニックも脱ぐ。胸元を覆う、簡素で動きやすさを優先したインナー姿になった時、コンコンとノックが響き、直後に「俺だ」とレーゲンの声が聞こえた。 「どうしたんだい?」  アルマはその姿のままガチャッとドアを開けた瞬間、レーゲンが一瞬フリーズし、無言のまま勢いよくドアを閉める。 「えっ、レーゲン?」 「毛皮を売ってくる! お前はもう少し考えてからドアを開けろ!」  苛立ちを隠さない声でそう言った後、廊下から「レーゲンさん、僕も一緒に……って、顔怖いですよ!」というコラルの声がかすかに聞こえてきた。 「……怒らせてしまったのかな?」  アルマは首をかしげて部屋に戻ると、まだ髪が濡れた状態でガウンを羽織っただけのアミュレットが「なんかレーゲンの声が聞こえた気がしたけど、何かありました?」とタオルで髪の毛を拭きながら出てきた。 「あぁ、毛皮を売りに行って来るって」 「……ねえ、お姉様。まさかとは思うけど、その格好で出たんですか?」 「うん」  悪びれることなく頷くアルマに、アミュレットはクラッと眩暈がし、頭を抱える。 「お姉様! お願いですから服を着てから出てください! あー、レーゲンが何か叫んでいた理由に合点がいきました。そりゃレーゲンも怒りますよ!」 「えっ? だって、胸は出してないよ? さすがに上半身裸で出ようとは思わないけど、インナーを着てるし……。それに、見られて減るものでもないし……」 「それはほぼ、上半身裸と変わりありません! なんでお姉様は自分の体に無頓着なんですか! 襲われてからじゃ遅いんですよ!」  アミュレットの言葉に、アルマはしばらく考えるように顎に手を当ててから、納得のいかない顔で呟く。 「襲う? ……え、私を?」 「あーもう! お姉様は女性として魅力的な事を自覚してください! お風呂どうぞ! 自分の顔と体をちゃんと鏡で見てきてくださいね!」  なぜか怒るアミュレットとレーゲンに納得がいかないまま、アルマはシャワーを済ませ、一応自分の姿を鏡で確認するが、全く理解が出来ずに首を傾げた。 ……やはり分からない。 無駄なく、戦うための筋肉はつけた。民を守る兵器として、両親が誇れる勇者として、これ以上の機能は必要ないだろう。そう思っていたが、アミュレットは私を女性として魅力的と言う。 (女性的な魅力とは、もっとふくよかで柔らかい身体つきの事ではないだろうか?)  備え付けのガウンを羽織り、シャワー室を出ると、アミュレットはゴロゴロとベッドの上でくつろいでおり、はだけたガウンの隙間から可愛らしい下着がチラリと見えていた。 「アミュレット。見えてる」  アルマが毛布を掛けて隠すが、アミュレットは「お姉様にだけは言われたくないです」と唇を尖らせる。 「怒らないで。マッサージをしてあげるからさ」  アルマは困ったように笑いながらアミュレットの頭を撫でると、アミュレットはちょっと機嫌を直すのをためらっていたが「お姉様のマッサージは気持ちいいのよね」と、柔らかい表情でうつぶせになった。アルマは素直にうつぶせになってくれたアミュレットに「それは光栄だね」と笑ってマッサージを開始した。  やはり、アミュレットのような柔らかい曲線が女性らしいというのではないだろうか。  30分ほどマッサージをして、アミュレットが満足すると、体が軽くなったアミュレットは上機嫌で「お姉様」と声をかける。 「ん?」 「ご飯を食べに行きませんか? この宿の食堂、結構にぎわっていましたよね」 「いいね。そろそろ夕食の時間になって来たし、食べに行こうか」  アミュレットの提案にアルマも頷いて荷物の中からシンプルなシャツと黒いパンツを取り出して、手早く着替える。アミュレットも可愛らしいワンピースに着替えて軽く紅を入れる程度の化粧をすると、アルマの腕にくっついた。  アルマのエスコートで食堂まで行き、食事を注文して待ちながら二人で談笑していると、二人の冒険者がアルマ達に声をかけた。 「おっ、二人とも可愛いねぇ。特にそっちの姉ちゃん、その涼しげな美しい顔立ち、俺の好みなんだよね」 「俺はこっちの可愛いお嬢が好みだな。なぁ、奢ってやるから一緒に飲まねぇか?」  すでに酒が入っているのだろう。座った目でテーブルに手を置いて二人を値踏みするような目で見つめる。アミュレットはその視線に不快感をあらわにしたが、アルマは特に何も思うことなくフッと微笑む。 「悪いね。私達は今、デート中なんだ」 「ふふ、お姉様ったら。堂々とデートだなんて」  アルマの言葉にアミュレットが頬に手を当てて嬉しそうに笑うが、男達はその言葉に「女同士でデート? 冗談だろ?」「俺達も混ぜろよ」と笑ってアルマの肩に腕を絡めた。その行動に、アルマは引いてくれないのかと小さくため息を吐いたあと「ところで」と言葉を続ける。 「純粋な疑問なんだけど、私のどこが良いんだい? 彼女が可愛いのは否定しないが、私に関してはいまいち分からないんだよね」  アルマの予想外の言葉に、冒険者の二人は一瞬だけキョトンとしたが、次にゲラゲラと笑って「マジか」と言う。 「姉ちゃん、めちゃくちゃ美人なのに自覚ねぇのかよ!」 「顔立ち、整ってるのになんで分からねぇんだ!?」 「へぇ、そうなんだ」 「もっと言ってください! お姉様、本当に自分の魅力に無頓着なんです! あ、でもその手は退けてください! 私のお姉様なので」  自分では冒険者の手を退けようとしないアルマに、アミュレットが抗議の声を上げると、もう一人の冒険者がアミュレットの肩に触れようとする。 「そんなこと言うなよ。俺達と——」 「彼女に触れたら私は怒る。怪我をしたくなければ、彼女に触れるのはよした方がいい」  鋭い視線と低い声で牽制をするアルマに、ギクッと思わず体を強張らせた冒険者は、本能でアルマが強い事を察して手を引いた。  するとにぎわう食堂にデトラスが大きなあくびをし、少し乱れた髪のまま入ってきた。そしてすぐにアルマとアミュレットが冒険者に絡まれているのを見つけると「アルマ」と声をかける。 「あぁ、丁度いいね。旦那が来たからそろそろ席を外してくれると助かるんだけど」 「旦那?」  冒険者が振り返ると、そこには屈強な肉体を持つデトラスがいる。それだけで引いてくれそうな気配があったが——。 「お姉様、旦那ってどういう事ですか? もしかして私の事は、遊びだったって事!? 愛してるって言ってくれたのは、嘘だったの!?」  突然アミュレットがわなわなと震えだし、ヒステリックに叫ぶと、その内容に二人の冒険者は「えっ?」と声をそろえて驚き、すぐに「これ、ガチ?」と、表情を引きつらせる。アルマの肩に腕を回していた冒険者もアルマから離れた。 「あっ……ち、違うんだ。これはその……」 「……最近、帰ってこない日があると思っていたが、彼女が理由か」 「デトラス……! 待ってくれ!」  茶番を開始したタイミングで、他のテーブルでバンバンとテーブルを叩きながら笑い転げるレーゲンの姿を見つけ、その隣にはあわあわと混乱するコラルもいた。  修羅場を見せつけられた冒険者は、酔いも醒めてしまったらしく「やべぇ美女に声をかけちまった……!」と、逃げ出していた。そして、冒険者が食堂から出たタイミングで、ぴたっと茶番が止まり、アミュレットが楽しそうに声を上げて笑った。 「アハハッ! あの冒険者たちの顔見た? あの人たち、絶対にお姉様の事、節操なしのヤバい美女って思ってるわよ」 「ハハッ、別にそれは構わないかな。どうせもう会わないしね。それにしても、アミュレットの演技、すごかったね。思わずたじろいじゃったよ。あ、デトラスもありがとう。まさか乗ってくれるとは思わなかったよ」 「……たまには、遊びに乗るのも悪くないと思ってな」  かすかな動揺を隠すように視線を一瞬だけ泳がせたのち、苦笑をしながらデトラスが席に着くと、ヒイヒイと腹を抱えながらレーゲンがテーブルに金袋を置く。 「お前ら、本当に最高だな。旦那って、ハハハッ、デトラスさん、完全にとばっちり食らってやがる!」 「あ、あの、本当に二人は結婚してないんですよね!? レーゲンさんがしてる訳ないって爆笑しながら言ってましたけど、本当ですよね!?」 「してないよ。既婚者のフリをするのが一番楽だから言っただけだよ」 「くくっ……! 不倫中の奥様役、割と似合ってたぜ。だが、坊ちゃんには刺激が強すぎるから、ほどほどにしとけよ」  目尻に浮かぶ涙を拭きながら、混乱するコラルを見てそう言い、アルマも「気を付けるよ」とクスクスと笑う。 「それで、レーゲン。この金袋を見るに、毛皮が売れたんだね」 「あー、久し振りに腹抱えて笑ったわ。……あぁ、シルバーホーンの毛皮な、結構いい価格で買い取ってくれたぜ。これでしばらくは旅費に困らねぇはずだ」 「ほう、相場よりもだいぶ高く買い取ってもらえたんだな。この様子だと、王国軍の新兵一人分の装備が丸ごと揃うくらいの金額になったんじゃないか? まあ状態は良かったから、妥当と言えば妥当だが」  デトラスが軽く金袋の中を見て、すぐにそう判断すると、コラルが「えっ、なんで分かったんですか!」と目を丸くしたあと、興奮気味に目を輝かせた。 「レーゲンさんってすごいんですよ! いくつか素材を扱う店を回っていたんですけど、突然、ここだな、って中に入って、店主にシルバーホーンの毛皮を見せたんです。で、最初、店主は銀貨50枚って言っていたんですけど、それを聞いた瞬間レーゲンさん、話にならねぇな、って帰ろうとして、店主の方が待ってくれ! って慌てたんです!」  コラルはレーゲンの真似をしながら熱弁し始め、デトラスは微笑ましく頷き、レーゲンは「俺の真似か?」とまたジワジワと頬が緩み始め、アミュレットはすでに笑いをこらえていた。 「それで、どうなったんだい?」  アルマもまた、可愛いなと思いながら話を促すと、コラルは「えっと」とその様子を思い出そうと少し考える。 「店主とレーゲンさんがなんか色々と話をしている内に、どんどん金額の掛け合いが始まって、最終的に銀貨90枚まで増えたんです! もう本当に、あの真剣な掛け合いはすごかったんですよ!」 「アッハッハッハッ! なんかって、コラル、全然説明になってないわよ! でも、さすがレーゲンね」 「あの店主が足元見やがったからな」  フンッと笑うレーゲンに、アルマも笑いながら「でもすごいね」と素直に称賛し、そのタイミングで届いた料理の数々を、みんなで取り分けて食べ始めた。  賑やかな食堂の空気に混ざるように、アルマ達のテーブルも終始笑い声が絶えず、ゆっくりと時間が過ぎていった。

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