Ariasa(ありあーさ) / 第18話

10話

10話  翌朝、固まった石鹸を型から外し、朝食後に早速その石鹸を使って食器を洗ったコラルが感動するという微笑ましい光景から始まった。野営跡を片付けてトビーに荷物を載せる。レーゲンの言った通り、白銀草の効果で短時間かつ綺麗に仕上がった革は、昨日よりも格段に軽くなっており、トビーは嫌がることなく歩き出してくれた。 「トビー、今日は嫌がらないですね。やっぱりなめす前の生皮の状態がキツかったんですね」 「そうだな。あの生皮一枚だけで相当な重量だったからな。角も、そのうち加工するなり売るなり決めろよ」  コラルの言葉に、デトラスが釘を刺すようにそう言うと「うっ、分かりました……」と肩を落とす。 「デトラス、せっかくコラルが初めて捌いたシルバーホーンなんだ。そんなにすぐに現実を突きつけては可哀想だよ」  肩を落とすコラルを見て、アルマが微笑みながらそう言うとデトラスは困ったように「しかしだな」と言葉を続けようとする。 「そうよ、デトラス! 注意するならお姉様にお願いします! もう二度と無茶な戦い方をしないように、しっかりと釘を刺しておいてください!」 「アミュレット……さすがにもうあんな無茶はしないよ」  アルマは苦笑をし、少しだけ目を逸らして「……多分」と付け足す。 「ほらぁ!」  アミュレットは勢いよくデトラスの袖を引き、アルマを指さす。 「デトラス聞いた!? 多分って言ったわよ!」  その勢いとアルマの態度に、デトラスは「はぁ……」とため息を吐いてバツの悪そうなアルマの方を向く。 「アルマ」 「ん、なに」 「訓練で怪我はするな。負けだと思ったなら、その時点で引け」 「……善処するよ」 「約束だ。じゃないとお前が衛兵達を殺しかねん」 「失礼だね。そこまでしないよ」  すねたような表情でちょっとだけ唇を尖らせるアルマに、コラルは珍しい表情が見られたと、内心が騒がしくなり、レーゲンは「怖っ」と自分の体を抱く格好をして言った。  賑やかに街道を歩く一行だが、レーゲンはふと違和感を覚えて「ちょっと黙れ」と言えば、レーゲンのまとう鋭い空気に全員が口を閉ざす。風が木々を揺らす音しか聞こえない。  森が、何かを恐れるように静まり返っていた。 「……鳥の鳴き声が一切しないね」 「動物の気配もない。ちょっと油断し過ぎたんじゃねぇか?」 「僕、探知魔法で警戒しておきます」  コラルがスペルを紡ごうとしたが、即座にアルマが止める。 「いや、必要ないかな。もう来そうだ。対物理防御魔法をよろしく。私が攻撃魔法を紡ごう」  奥の茂みが揺れ、魔物の唸り声が遠くから響く。そして荒い息遣いが確実に近づいてくる音を聞き取れば、アルマとコラル、アミュレットが即座に魔法を発動させるために詠唱と讃美歌を紡ぎ始めた。そんな三人を守るようにデトラスとレーゲンが武器を構える。  そしてコラルの対物理防御魔法が完成すると同時にアルマの攻撃魔法も完成する。 ——ドゴーンッ!  激しい地鳴りとともに地面が隆起し、隠れながら襲おうとしていた、ハイエナよりも二回り以上大きな体躯を持つハイアードが、街道脇の木々や土塊ごと宙へ放り出される。 「アルマさんの魔法から身を守るための防御魔法かよっ!」  揺れで体勢を崩しながらも、レーゲンは宙に舞って身動きの取れないハイアードを、あらかじめ発動していた身体能力向上の魔導具の力を借りて跳躍し、一匹、また一匹と喉を搔き切って仕留めていく。  地面に叩きつけられたハイアードは、立ち上がる前にデトラスが容赦なく大剣で斬り伏せていき、その場はすぐに混戦となる。  アルマも剣を抜いてすぐに参戦し、コラルやアミュレットへ飛び掛かろうとしたハイアードを迎え撃った。  しかしアルマと目が合った瞬間、ハイアードの動きが止まると「グルル……」と、牙を剥き、低く喉を鳴らしたまま、その赤い瞳が困惑するように揺れた気がした。まるで理解が出来ない物を見た様な反応だった。 「……魔物でも、たまに君みたいな子がいるんだよね。そんなに私が怖いのかい?」  アルマはダンッと勢いよく踏み込み、独り言を言いながら黒い返り血を浴びる。そしてさらに左右の茂みから、新たな群れがアルマ達一行に向かって飛び出してきた。  コラルはアルマ達の背を狙うハイアードを目がけ、あちらこちらに転がっている土塊を刃のように鋭く加工して仕留めていき、アミュレットは足場の悪い場所でもスムーズに動けるように身体能力の底上げの加護を歌ってサポートした。 「グルアアアアアッ!!」  ある程度のハイアードを倒すと、群れの奥からひときわ大きな咆哮が森にこだまする。 「この群れのボスのお出ましってか」 「こいつを仕留めれば終わるな」  デトラスとレーゲンが真っ先に対峙し、ボスはデトラスに向かって爪を振り下ろす。デトラスはそれを剣で受け止めると、レーゲンが横からその腕を斬り落とそうとしたが、それよりも早く退いて威嚇の唸り声をあげる。 「私もいるよ」  アルマもまた、ボスの死角に潜り込んでおり、攻撃をしようとしたが、敏感に気配を察知したのか、その攻撃をかわす。しかしアルマの姿を見た瞬間、ボスはアルマに攻撃をしようとした動きを止め、唸りながらじりじりと後ずさっていた。 「隙だらけだ」  デトラスが大きく跳躍して大剣で頭を突き刺そうとする。しかし、その瞬間にボスは苛立ちをあらわにするように再び大きく咆哮して身を捻って攻撃をかわした。そしてデトラスが着地をして態勢を整えようとした瞬間、ボスの前足がデトラスの胴を捉えた。  ドガッと大木に叩きつけられ、その力強さに一瞬だけクラッと来たデトラスだったが、追撃の前に地面を蹴ってかわし、すぐにアルマの隣に戻る。 アルマはその光景を見て静かにボスを見据える。アルマの綺麗な紫の瞳が、一瞬だけ深淵を覗くような暗さを帯びた気がした。 「私の仲間に手を出したね」 ——ドンッ アルマが一つまばたきをした瞬間、ボスが頭を地面に押し付けられた。四肢は地面に埋まるほど沈み込み、まるでアルマに服従するような姿勢になる。 「相変わらず、おっかねぇな」  レーゲンが苦く嗤いながら、身動きの取れないハイアードのボスに止めを刺すと、巨躯はドサッと全身から力が抜けて倒れ込んだ。ボスを失ったハイアードは、尻尾を巻いてすぐに撤退をしていき、辺りは再び静かになった。 混戦状態だったためか、ほぼ全員が黒い返り血を浴びていた。 「あーあ、私の法衣まで返り血で汚れちゃった」 「結構入り乱れていたからね。ハイアードの攻撃からアミュレットとコラルとトビーを守るので精一杯だった。ごめんね」 「謝らないで、お姉様。でも相変わらず、お姉様とデトラスは真っ黒ね。浄化しますけど……どうせお姉様は真っ黒のままなので、返り血を拭いていてください」  布を手渡すアミュレットに、アルマは笑いながら「了解」と受け取って鎧を外して自身にべったりと付く返り血を拭き始めた。その間にアミュレットも浄化を願う讃美歌を歌い、アルマ以外の全員の返り血は天に還り、土地の浄化も同時に終わらせる。 「……アルマ様、最後の重力の魔法なんですけど……」  浄化が終わると、コラルが少し怖いものを見たような顔でおずおずと声をかけた。アルマは「ん?」と返り血を拭く作業を止めずにコラルの方へ顔を向ける。 「何かあったかい?」 「その……えっと、見間違いかもしれないんですけど……発動する瞬間に、黒い……騎士のような姿が見えた気がして……」  ごにょごにょと、自身の見たものが信じられないという様子で言うと、アミュレットが「返り血を浴びたデトラスじゃないの?」と怪訝そうな顔で問うが、コラルは「いえ、それは無いと思います……多分」と、あいまいに答えた。 「騎士……? 私は重力魔法を使っただけなんだけど……。でも、コラルがもし視えたのだとしたら、もしかしたら私ですら知らない何かがあるのかもしれないね。コラルは魔力を視る才能があるから」 「……なんで自分の力すら把握出来てねぇんだよ」 「それはごめんね。でも、王家が所有している古い文献によれば、歴代の勇者は光属性の魔力を持っていたらしくてね。光だったら使い方の指南書はあったんだけど、私は例外なんだ」  アルマがサラッとそういった瞬間、レーゲンが目を見開く。 「ちょっと待った。光属性の魔力? なんだそれ。そんな情報、今まで聞いた事ねぇぞ。アルマさんにだけ闇属性があるってだけでも驚きだったのに、過去の勇者たちは光属性だったって……なんだよ」 「……だから、アルマ様は光の勇者って言われていたんですね」  レーゲンとコラルの戸惑った表情を見て、アルマは首を傾げる。 「あれ、これって秘密だったっけ?」 「……普通に口外禁止の情報だな。魔力に属性があるという例外はまあ、アルマの戦いを見た者は知っているが、民の多くは知らない。イレギュラーなモノを人は恐れるから、箝口令は敷かれていた」  デトラスの言葉にアルマは「あー、ごめん」と苦笑をする。 「でも、二人がこの事を知っても大丈夫だと思うよ」 「随分と信用してくれるじゃねぇか。俺がその情報を売るかもしれねぇぞ?」 「誰に? 知られた所で、私の使命は変わらない。私個人の秘密なんて、果たすべき使命に比べたら、些事な事なんだよ」 「お姉様にとっては些事でも、国家にとっては重要な秘密なのよ。レーゲン、喋ったらあなたのお仲間に声がかかるかもしれないわね。口封じって言葉、知ってるでしょう?」  レーゲンの言葉に、アミュレットがため息を吐いて牽制をかけるが、レーゲンは鼻で笑って「へいへい」と肩を竦めた。逆にコラルは「ひっ」と息を呑んでいたが。 「アミュレット、可愛い口からそんな物騒な言葉を出さなくても、レーゲンは理解しているさ。それよりも、いつものように私の髪を綺麗にしてくれないかい?」  返り血を拭きながら穏やかに微笑むアルマに、アミュレットは「誰のせいよ」と言いながら、それでも丁寧にアルマの髪を、水魔法を使って綺麗にしていく。 「デトラスさん……僕、殺されるんですか……?」 「勇者の属性について話さなければ、殺されん」 「ま、うっかり話しちまったなら、俺に言え。喋った相手を消す依頼、受けてやるよ。もちろん金は取るけどな」 「物騒すぎます……!」  半泣きで悲鳴を上げるコラルに、レーゲンが笑いながら「お互いに気を付けような」と背中を叩いた。

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