Ariasa(ありあーさ) / 第16話

8話後編

8話 後編  三人の男が川辺で眠り始めたのを見て、アルマはアミュレットの方へ向く。 「じゃあ、私達はこっそりと水浴びでもしてこようか」 「確かに、男達が寝てる間じゃないと浴びることが出来ないですものね。それに、髪に獣の臭いがべっとり」  想像以上に穏やかな時間が流れ、日が傾き始める時刻になるまで大きな出来事もなく過ぎていった。 「おいコラル。起きろ」  爆睡していたコラルを、レーゲンが叩き起こすと「……へ? あ、レーゲンさん」と寝ぼけまなこを擦りながらバキバキに固まった体を伸ばす。 「揉み込みの作業をするぞ」 「揉み込み……?」 「ったく、さっさと起きろ。毛皮を柔らかくするための作業だ。伸ばしたり揉んだり叩いたりを繰り返して、放っておいたら固くなる毛皮を、柔らかい素材にするための作業だ」  あくびをしながら聞いていたコラルだが、その内容を聞いてぽつりと「風魔法で叩けばよくないですか?」と返す。 「あぁ、確かに風魔法なら乾燥させながら叩けるね。私とコラルでやってみようか」 「ちょっと待て。上手くいく保証なんてねぇだろ」 「んー、まあ確かに。でも、やってみる価値はあるんじゃないかな? もし失敗したら、角を売ればいい」 「えっ!?」 「まあ、それならいいか」 「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってください! 角は僕が欲しかった素材……!」  何気なく呟いた言葉がアルマによってとんとん拍子に進んで行き、失敗すれば角が売却されてしまう状況になり、コラルの眠気は一気に覚める。 「そうだったっけ。……でも、コラルは出来ると思ったから言ったんだろう? 大丈夫。出来ると思ったなら出来るよ」  アルマの屈託のない言葉に、コラルはグッと言い返す言葉を失った。確かにふと思い浮かんだ情景はある。一瞬でそれを現実にする為のスペルも思い浮かんだ。しかし、シルバーホーンの毛皮は高級素材だ。ぶっつけ本番で思い付きの案を試せるほど肝は据わっていない。 「失敗したら……」 「笑い話になるだけさ。私も一緒にやるんだから、一人の失敗じゃない。あ、心配ならデトラスも物理で殴る要員で一応控えてもらおうか?」 「発動中の魔法の中にツッコめと言っているのか……」 「勘弁してください……! わ、分かりました。頑張ります……!」  このままではどんどんと変な方向に話が進みそうになる気配がし、コラルは慌てて頷くと、アルマは「じゃあ、頑張ろう」とレーゲン以上に恐ろしい笑顔で背中をポンと叩いた。 「うぅ……じゃあ、アルマ様は浮遊魔法で位置の固定をお願いできますか? 四方八方から風の塊をぶつけるので、位置がずれると危ないですし、途中、引き延ばす動きも加えたいので位置の保定は重要なんですけど……」 「空中保定かぁ。結構緻密な魔力コントロールが必要っぽいね。あまり得意ではないけど、まあ出来ない事もないだろうから、やってみようか。あ、みんなは離れていた方がいいかもしれないね。アミュレット。万が一のために魔法攻撃を防ぐ加護をお願い」 「……お姉様、素直に殴る方をやった方がいいのではないですか?」 「俺もそう思う。無理をするな」  アルマの指示を聞いたアミュレットとデトラスは、半分くらい失敗を視野に入れているアルマに呆れた表情を向け、アルマはぱちくりと目を瞬かせた後、コラルを見る。 「どう思う?」  アルマに問われ、コラルはジッとアルマを見つめる。アルマの周囲には黒い魔力が何本もの大河が編まれているような規模であふれており、規格外な魔力の持ち主だよなと改めて思う。 (多分、浮かせるだけとかだったら簡単なんだろうけど、攻撃を受けてなお、その場に固定させ続けるために必要な細かいコントロールは、あの太すぎる魔力の糸じゃ難しいんだろうな) 「……僕が保定します」 「そう、分かった。じゃあ任せるよ。早速始めようか」 「アルマさん、破くなよ」 「ハハッ、善処するね」 「僕の角もかかってるんですからね!」  軽く笑うアルマと、緊張で口が渇くコラルは同時に詠唱を始める。さっきまで笑顔だったアルマも、力の加減を慎重に見極めているのだろう。詠唱を始めてからすぐに目つきが変わり、獲物である毛皮から一切目を離さず、なるべく弱く、弱くと、極限まで魔力を制限しながらスペルを紡ぐ。  そして、コラルが毛皮を浮かせた瞬間にアルマの闇属性交じりの風がこぶし大の塊になって毛皮を叩き始めるのだが……。 「ちょ、アルマ様! 強い、強い! もっと弱めて!」  爆音を上げながら毛皮に風の塊がぶつかり、小さな台風かと思うほどの風量は辺りの木々を激しく揺らし、川の水を波立たせた。 「……結構頑張って弱めたんだけど、まだ強かったみたいだね」 「アルマ様、もしかして……魔法を感覚で使ってますか?」 「うん。コラルみたいにちゃんと学校に行ったわけじゃないからね。一応教師はいたけど、なぜか途中から来なくなったし」 (あー、規格外すぎて教えられないって匙を投げたんだろうな……)  アルマの言葉に、妙な納得を覚えつつ、コラルは自分が今見えた事を話し始める。 「アルマ様の魔力って、ぶっちゃけ規格外すぎて一般人の100倍の魔力と攻撃性を持っていると考えていいんですけど、その流れは大体普通の人と一緒です。で、こんな事を言うのはちょっと気が引けるのですが、アルマ様は魔導師学校の一年生がやるミスをたくさんしています。だから、魔力コントロールが苦手なんだと思います」 「へぇ~、そうなんだ。ざっくりと教えて欲しいな」 「アルマ様のミスは主に三つあって、まず、魔力の総量全部を動かそうとしている事です。分かりやすく言うと、魔法に必要なのは鍋一杯分の魔力なのに、アルマ様は毎回、大河そのものを動かして、そこから目分量で鍋一杯分を汲もうとしています。そしてスペルも大雑把なので、鍋の大きさが毎回変わりますし、大河の流れに対して横向きに鍋を置いて無理やり魔力を流し込もうとするので、毎回力づくで流し込んで魔法を発動させているイメージです。」  コラルの説明を聞いたアルマは「ふむ。つまり、私は馬鹿力で魔法を使っていたのか」と新鮮な発見を得られたという表情で頷いた。  その説明を聞いていたレーゲンは「脳筋勇者だったのかよ……」とドン引き、アミュレットは「ようやく、あの高火力の攻撃魔法の正体が分かりましたね……」と遠い目をする。デトラスに至っては「俺は魔法を教えられなかったからな……」と、妙な責任を感じているようだった。 「それで? コントロールするには何をすればいいんだい?」  周囲がドン引きする中、アルマだけは面白い授業を聞くように積極的な姿勢を見せた。 「その前に、そもそもなんですけど、アルマ様って、魔力の流れって見えますか? 人から金色の糸が見えていればそれが魔力の流れなんですけど、アルマ様は黒い帯です」 「あぁ、一応見えているけど、そんなにはっきり見えるものでもないかな。見ようとすると、視界が暗くなるからね」 「全部垂れ流してますもんね……。じゃあ、その目の前の帯を細い黒い糸にしてみてください。それが出来ないと、アルマ様、ずっと目分量で魔力を使いそうなので」  コラルがそう言った瞬間、アルマは「えぇ……」と困惑するが、自身の魔力に集中し、無数に発生している帯状の魔力の一本をグッと力づくでねじ伏せようと絞る。 「ちょ、違います! ねじ伏せちゃ駄目なんですって! えっと……ごめんなさい。ちょっと触りますね。僕がアルマ様の魔力を細くするイメージを感覚で教えます」  コラルはそっとアルマの手を取ると、目を閉じて自身の魔力を流し込もうとした。しかし、アルマに眠る激しい濁流のような規格外の魔力質量と、底知れない闇の気配は首にナイフを当てられるような恐ろしさを感じ、手が震えそうになった。しかし、相手はアルマだと必死に思い出し、自身の魔力を流し込んで細く、細く、優しく帯の織り目を解くようにアルマの魔力をほどいていく。 「……あぁ、そうやるのか」  コラルの魔力を追うように、アルマも自身の魔力をゆっくりと解き始める。そして感覚をつかんだのか、一本、また一本とコラルが解いたものに比べればまだ太いが、15分後には全ての帯が無数の糸へ姿を変えていた。 「これは、新しい感覚だ。ちょっとムズムズするね」 「普段と違う形態になっていますからね。じゃあ、この状態を維持したまま、風魔法を使ってみてください。多分さっきよりは威力を抑えながら魔法が使えると思います。スペルの矯正と流れを正確に魔法へ昇華させる訓練はちょっと時間がかかるので、今日はこのまま行きましょう」 「分かった」  コラルはそう言って手を離すと、もう一度浮遊魔法の詠唱を始め、アルマも風魔法の詠唱を始めた。アルマの中で明らかな違いがさっそく分かり、今までは荒れ狂う魔力を必死に押さえつけるイメージで魔力を練っていたが、細い糸になった事で、魔力が暴れることはなくなり、圧倒的に使いやすくなっている事に感動して、先ほどよりも多くの風の塊を作り出す。  そしてコラルの魔法が完成して毛皮が浮き上がると同時に、アルマの魔法も放たれた。 「っ、まだ強いですけど、これくらいなら許容範囲内です。アルマ様、そのまま叩き続けてください」 「了解。じゃあ、速度を上げよう」  ドカドカと先程よりは小さいながらも、それなりの音量を森に響かせながら、一時間ぶっ通しで風の塊を放ち続けると、先に限界を迎えたのはコラルだった。 「アルマ様……もう、ちょっと休憩……」 「おっと、もう枯渇しそうだね。分かった、休もうか」  最後の一打が叩き込まれた瞬間、毛皮がドサッと地面に落ち、コラルもクラクラとする頭を押さえながら膝をついた。すぐにアミュレットが水を渡し、介抱しはじめるが毛皮の様子を見に行ったレーゲンは手で掴み上げた瞬間に驚く。 「……マジか」 「レーゲン、何かあったか?」 「あ、ちょっと出力強すぎてダメにしてた?」 「いや、逆だ。完璧な革になった。ベテランが仕上げたような出来になってやがる……。叩くだけじゃこうはならねぇぞ。……おいコラル、お前、浮遊魔法を使いながら少し引っ張ったりしてたな?」 「えへぇ……頑張っちゃいました」  ふにゃっと笑いながら頬を掻くコラルに、レーゲンは丁寧にシルバーホーンの毛皮を手に持つと、かける言葉を選ぶように少し黙ったあと「よくやった」と一言だけコラルに言葉をかけた。

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