Ariasa(ありあーさ) / 第7話

6話

6話  母の手作り弁当を食べ終えたあと、衛兵達に半ば無理やりアミュレットの元へ連れて行かれたアルマだったのだが、アミュレットはアルマの姿を見るなり「お姉様!? な、なんで怪我をしているんですかぁぁぁぁ!!」と絶叫し、アルマは案の定の反応に困ったように笑う。隠したら後々面倒なことになるのは分かっていたので、正直に経緯を説明し、小言を聞き流しながら、アミュレットの治癒魔法を受け始める。  しかし治癒魔法も万能ではないため、一週間の絶対安静が言いつけられてしまい、その日からアミュレットによるお世話が始まる。アルマの包帯を交換するところから、着替えまで甲斐甲斐しく世話をし、毎夜、治癒魔法による治療が行われた。  王の側近から任命式とパレードの日程が伝達されたのは、肩を痛めた翌日だった。  任命式とパレードは一週間後に予定されており、街も仲間も目まぐるしく動く中、絶対安静を言い渡されているアルマは、宮廷の記録官や情報屋の取材を毎日のように受けていた。アルマは民衆に余計な心配をさせないために、そして余計な事を書かれないように固定を外して対応を続け、当初一週間で治るはずだった亜脱臼は、任命式とパレードが行われる日になってもわずかに痛みが残ってしまった。  固定を外し続けたアルマのせいで治療は長引き、アミュレットはとても不服そうだった。その不服をぶつけるように「力仕事は禁止ですからね! 全部男どもにやらせてください!」とお怒り気味の念を押される始末だった。  厳かに執り行われた任命式も、熱狂的な民たちが見送る出発パレードも、全て滞りなく終わり、勇者一行は王都の城門を出て行った。 ——ゴウン……ッ  重厚な音を立てて背後で門が閉まると、即座にアミュレットが動き出す。 「お姉様、ここからは最低でもあと二日、絶対安静にしていただきますからね。魔物が来ようと、誰かがバカをやろうと、お姉様の左腕は絶対に動かしちゃ駄目なので、完全に固定させていただきます」 「大げさだね。もう痛みもほとんどないし大丈夫だよ。アミュレットが毎日治癒魔法をかけてくれたおかげで良くなった」 「良くなってません! 私が! 頑張っていたから! この程度で済んでいるんです! 相手がお姉様であろうと、異論は認めません!」  そう言うや否や、アミュレットは小さく息を吸い、治癒魔法の讃美歌を詠唱し始める。 「あれ? アミュレットさんの歌、前に戦闘時に使っていた加護の歌と一緒?」 「メロディーは同じだが、内容は違うだろうな。神官は数種類のメロディーから選び、そこに望む加護のスペルを乗せる。神官の数が魔導師に比べて少ないのは、詠唱の難易度の高さ、医療の知識、神との相性の全てを満たさなければ就くことが出来ない職だからだな」  デトラスがコラルに説明している間も、アミュレットは気にすることなく歌い続けながら、懐に忍ばせていた包帯を引っ張り出し、容赦なくアルマの肩を固定していった。 「Oh La La~……。これで良し」  ギュッと包帯を結んで讃美歌を締めくくり、満足げに微笑むが、アルマは少し困ったような表情でアミュレットに窺いを立てる。 「アミュレット……だいぶきつくないかい? ちょっと苦しいんだけど……」 「それくらいガッチリ固定しないとお姉様、動かそうとしますよね?」  これはどうお願いをしても、きっと聞き届けてくれないなと察したアルマは、苦笑をこぼして「手間をかけてごめんね。ありがとう」と引き下がった。 「おう、終わったか? もう馬も引き取って来たぞ」  レーゲンが手綱を引き、カッポカッポと小気味のいい蹄の音を響かせて一頭の馬を連れて来る。すかさずアミュレットが「デトラス、用意していてくれていたのね!」と、嬉しそうにパッと振り返った。 「えっ」  そこにいたのは、スラッと足の長い美しい白馬……ではなく、ずんぐりとした芦毛の駄馬だった。馬の背には既に荷物がくくられて、準備は万端だ。 「おや、可愛い子が来たね。たくさん荷物を持ってくれてありがとう」  アルマは挨拶をするようにレーゲンが引く駄馬に慎重に手を差し出して様子を見た。 「デトラス! 私、お姉様が乗ったらカッコイイ馬がいいって言ったわよね! 私が乗っても足がつきそうなくらい小さいじゃない!」 「馬鹿を言うな。軍馬は繊細な奴が多いんだ。長旅にはあまり向かない。それに比べてこいつは力も強いし、図太い性格の子らしいから、多少の環境の変化には動じない。俺達の荷物を運ぶ重要な役目だから、見た目は気にしてられん。あと一応言っておくが、乗っても足はつかんから、安心しろ」  ブーブーと文句を言うアミュレットとは逆に、アルマは怖がらせないように気を付けながら手を伸ばす。しかし、おずおずとした緩慢な動作がじれったいのか、馬の方から顔を寄せ、さっさとなでろと言うようにフンッと鼻息をアルマにかける。 「……キミ、私の魔力が怖くないのかい? 大抵の子は怖がるんだけど……ふふ、そうか。可愛い子、ありがとう。……デトラス、この子の名前を教えてよ」  肝の据わった馬の行動に、アルマは一瞬胸が詰まり、そのあと嬉しそうに……本当に嬉しそうに笑うと、馬の顔や首を撫でる。  その顔を見て、デトラスは思わず目を見開いた。何年も見せることはなかった、少女のように柔らかく綻ぶ笑顔だった。  あぁ、そんなに嬉しかったのか。動物に怖がられなかったことが。  そんな事を思いながら、穏やかな声で「トビーだ」と答える。 「トビー、よろしくね」  アルマの柔らかい声に反応するようにトビーは、ブルル……と鼻を鳴らし、手綱を持っていたレーゲンは驚いたように目を見開いた。 「……驚いた。そんな顔も出来るんだな」 「そんな顔?」 「いや、なんでもない」  レーゲンはそう言ったが、同じようにアルマの柔らかい表情を見て、こぼれそうなほど目を真ん丸にしたコラルが、みるみる耳まで赤くなっていくのを見てニヤッと笑う。 「ただ、年下の男をたぶらかすなよ。おいコラル。そう言えばお前、都会育ちの坊ちゃんのクセにちゃんと荷物を選別出来てるじゃねぇか。誰の入れ知恵だ?」  アルマに手綱を渡し、コラルの肩に腕を乗せるレーゲンに、コラルは慌ててアルマから目を逸らして、真っ赤になった顔をごまかそうと視線を泳がせたり、パンッと自分の頬を叩いたりしたあと、深呼吸をしてようやくニコニコと胸を張る。 「これはデトラスさんのお陰です! 本当は予備の着替えとか、暇つぶしの魔導書とか、両親から貰ったお守りの宝剣とか持って来たかったんですけど、全部却下されてしまって。代わりに長旅の必需品が書かれたリストを僕にくれたんです。おかげで何とかなりました!」 「ふはっ、そりゃ俺でも却下するラインナップだ。それにしても、デトラスさんよぉ。俺にはそんな親切な紙、届かなかったぜ?」  ニヤニヤと、次はデトラスに声をかけると、デトラスは心底不思議そうな顔で「いらないだろう?」と言葉を返した。それに対し、レーゲンもまた「まあな」と気にした様子もなく頷き、コラルから離れた。 「よし。みんな、忘れ物はないかい? 出発しよう」  アルマの言葉に全員が頷き、一行は魔王城を目指して西の方角へ歩き始めた。 「アルマ、引手が地面を擦ってる。俺が持とう」 「確かに、危ないと思うんだけど……少しだけ、引かせてくれないかい? 危ないと思ったらすぐに変わってくれていいから」  さりげなく、地面を引きずっていた引手をまとめながらデトラスが声をかけるが、アルマは首を横に振って少しだけためらった後、わがままを言った。  滅多にないアルマのわがままには、デトラスはめっぽう弱い。一瞬だけ考えたものの「分かった」と、引きずっていた引手の先端は、トビーの背に乗せてある荷物に引っ掛けて引きずらないようにしてから、すぐにアルマの意志を通した。  しかし、そんなデトラスの心配は杞憂だと言うように、トビーは驚くほど大人しくアルマの歩調に合わせてゆっくりと歩く。 「おいおい……こいつ、絶対に人を見てやがるぞ。俺が引いた時より大人しいじゃねぇか」 「おや、それは嬉しいね。もしかして、私の怪我を気遣ってくれているのかな? トビーはいい子だね」  レーゲンの言葉に、アルマはニコニコとトビーに声をかけ、トビーはアルマに褒められて嬉しかったのか、耳を横に倒してフスーと鼻を鳴らした。  のどかな穀倉地帯沿いの街道をゆっくりと進む。麦が生き生きと青く生い茂り、そよそよと風に吹かれると、葉がこすれる心地の良い音が響きわたる。  アルマが無意識に左肩を庇って歩く姿を見るたびに、主にアミュレットが率先して「休憩しましょう」と声をかけ、賑やかなパレードがあった事など忘れそうなほど、のんびりとしていた。 「アルマ様。その……もし良ければ、次は僕がトビーを引いてもいいですか? 僕、あまり経験が無いんですけど、トビーなら大人しそうだから大丈夫かなって……」 「ふふ、そうだね。私一人でトビーを占領したらダメだね。いいよ」  休憩中におずおずと声をかけてきたコラルに、アルマは穏やかに笑いながら意外とあっさり快諾し、休憩が終わるとコラルは意気込んでトビーの引手を握った。 「じゃあ、進もう」  アルマがそう言った瞬間だった。トビーはグイッとコラルを引きずるように数歩進んだかと思うと、今度は道端の草に顔を突っ込む。コラルが「えっ、えっ!? ちょ、トビー! 待って……って、力、強っ!」と、グイグイと引手を引いても、全く顔を上げる気配がなかった。 「トビー、お願いだから動いて~!」 「ブッ……! はっはっはっ! お前、トビーにめちゃくちゃ舐められてるじゃねぇか!」 「ちょっとコラル、出発早々それは舐められすぎよ」 「ハハッ、本当にトビーは人を見ているのかもしれないね」  三者三様、誰もコラルを助ける気配はなく、デトラスがため息を吐いて、コッコッと|舌鼓《ぜっこ》を鳴らすと、トビーがその音に反応して耳を後ろに向けたものの、まだ草を食んでいる。 「コラル、ちょっと借りるぞ」  半泣きで引っ張っていたコラルから引手を受け取り、デトラスは再びコッコッと|舌鼓《ぜっこ》で注意をしながらグイッと顔を上げさせるように引手を引っ張る。 「トビー、休憩は終わりだ。歩け」  強い力と低い声でトビーはようやく地面から顔を上げ、不服そうにブルルッと鼻を鳴らすが、「ダメだ」と言いながら構うことなく歩き始め、足並みをそろえて歩けるようになるとようやく「いい子だ」と首をポンポンと叩いて褒めた。 「アルマ様、馬を引くのって、難しいんですね……」 「ふふ、そこまで落ち込まなくても大丈夫だよ。徐々に慣れていけばいいさ」  肩を落とすコラルに、アルマは穏やかに笑いながらポンと肩を叩き、一行は傾き始めた日の方向に向かってまた歩く。  少し先に境界の森が見え始めており、あそこが最初の野営をするための目的地だった。

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